表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
446/467

(29)

 翌日の昼過ぎになって、アンリは模擬戦闘大会の会場に向かった。


 模擬戦闘大会そのものは朝から開催されている。一般の部なので、午前中にも面白い試合はたくさんあっただろう。それを見たい気持ちは山々だったが、行けば騒がれるとわかっているところに敢えて顔を出そうとは思えなかった。


 ウィルもいないので午前中は寮の部屋で独り寂しく過ごし、昼食も寮の食堂の隅で目立たないようにこそこそと食べ、そうしてようやく外へ出てきたというわけだ。


 帽子を目深にかぶり、できるだけ顔を見られないように俯きがちに会場に近づく。本当は隠蔽魔法で隠れたいくらいだったが、下手に魔法を使ってしまうと逆に自分の存在がバレてしまうこともある。特に一番隊の仲間たちは、アンリの魔法に敏感だ。一番隊の誰が来ているとも知れないのだから、慎重になるに越したことはない。


 誰かに見つかって騒がれたら、急いで控室に駆け込もう。そんな覚悟で、アンリは隠蔽魔法を使わずに、観客席はさっさと通り過ぎるつもりで足早に会場に向かった。


 ところが会場に着き、ふと目を向けた対戦表に並んだ名前に気づいたところで、そのまま通り過ぎようという気持ちは綺麗さっぱり失った。


 どうやら会場ではすでに決勝戦が行われているらしい。


 そこには「エイクス・ラウンドリ対ロブ・ロバート」という文字が、大きくはっきりと書かれていた。


(エイクスさんはわかる……)


 エイクス・ラウンドリは元傭兵で、今は貴族の家で家庭教師をやっている男だ。魔法も剣もなかなかの腕で、例年この模擬戦闘大会に出場して会場を盛り上げている。今年はアンリやアイラが出場しないので、順当にいけば彼が優勝するだろうと思っていた。決勝戦に残っているのも頷ける。


 問題は、もう一人のほうだ。


(……誰だよ、ロブ・ロバートって)


 アンリは思わず顔をしかめた。


 ロブ・ロバート。もちろん、名前には大いに聞き覚えがある。一昨年、昨年と、この模擬戦闘大会に出場し、エイクスと同様に会場を沸かせた名前だ。二年連続で活躍した名前なので、観客の中にも覚えのある人は多いだろう。


 しかし当のロブ・ロバート本人は仮面を付けていて、この二年間、大会中に素顔は一切見せていない。だからごく普通に模擬戦闘大会を見て楽しんでいるだけの観客は皆、一昨年と昨年とでその仮面の下が全くの別人であることを知らないはずだ。


 しかし、アンリは知っている。仮面の下は、一昨年は防衛局一番隊の隊長で、去年は副隊長のロバート・ダールだった。ふざけたことをしたものだ、と当時は憤慨したものだ。


 しかし今年は。隊長は、今年の交流大会は公式行事にしか顔を出さないと言っていた。ロバート・ダールは国外任務中のはずで、帰ってきたとは聞いていない。


 つまり、これまでの二年間とはまた別の誰かが「ロブ・ロバート」などというふざけた偽名を使って、この模擬戦闘大会に出場しているということだ。


(どうせ一番隊の誰かだろうけど……)


 アンリは興味本位で、観客たちの頭越しに会場を覗く。幸いにも観客は試合に夢中になっていて、わざわざ振り向いてまでアンリに視線を向ける者はいなかった。


 観客がわっと沸く。どうやら面白い試合になっているらしいが、観客たちの頭が邪魔してなかなか試合の様子を見ることができない。


 しかし大きな魔法の気配がほとんどないことや、剣を打ち合う鋭く重い音が聞こえてくることから、どうやら魔法よりも剣技の応酬が中心の戦いになっているらしいことだけは、アンリにも理解できた。


(とすると、やっぱりロブさんじゃないな。隊長でもない気がする)


 ロバート・ダール副隊長は、魔法こそ高い実力を誇るものの、剣の腕は並みかそれ以下だ。隊長の剣の師でもあったというエイクス・ラウンドリと、剣によるまともな試合ができるとは思えない。


 一方で、隊長はかなり高度な剣術を扱うが、一撃が重いというよりも、軽いが速く細かい動きで、巧みに技を繰り出すことが多い。もちろんそれだけとは限らないが、どことなく、隊長の試合と考えるには聞こえてくる音が不自然のように思えた。


(というか、この音はむしろ……)


 まさか、と信じられない気持ちを抱きながら、アンリは背伸びをして前に並ぶ観客たちの頭と頭の間から試合を覗く。ときどきちらりと、試合をしている二人の姿が見えた。うち一人はエイクスだ。そしてもう一人はやはり仮面を付けていて、容貌を窺い知ることができない。しかしその体つきは昨年の「ロブ・ロバート」に比べてがっしりしていて、仮面こそ同じものだが、別人であることは明らかだった。


 そして、アンリにはその人物に心当たりがある。顔を見なくても、体格と剣技だけで、アンリにとっては十分に判別が可能だった。


(……何やってるんですか、副隊長…………)


 一番隊には副隊長が二人いる。


 今回、仮面を付けて「ロブ・ロバート」を名乗り模擬戦闘大会に出場しているのは、防衛局戦闘部一番隊の副隊長のうち、ロバート・ダールではないほうの人だった。






「おう、アンリ。見たか、俺の試合。魔法が使えないなりに頑張っただろう」


「……なんでここにいるんですか」


 会場横に設置されたアンリのための控室用テントの中で、副隊長は仮面を外し、用意された椅子に堂々と腰掛けていた。額に浮かんだ汗を拭いつつ、清々しさを感じさせる笑顔を浮かべている。


「いやあ、ちょうど休みが取れたんでな。アンリの様子でも見に行こうかと思っていたら、隊長からこの仮面を渡されたんだ。好きにやって良いということだと思って、やらせてもらった。いや、市井にも強い奴はいるものだな」


 副隊長は嬉しそうに笑う。


 先ほどの試合は、最終的にエイクス・ラウンドリの勝利に終わった。副隊長としては、負けることなど久々だっただろう。それでも悔しさより、強い相手と戦うことのできた喜びのほうが勝っているらしい。


 そもそも、副隊長が負けるのも無理はないのだ。


 なんと言ってもエイクス・ラウンドリは、あの隊長の剣の師だ。隊長は防衛局内で、一、二を争う剣の腕を持つ。そしてエイクスは魔法もできる。隊長やアンリほどではないにしても、家庭教師として中等科学園生に教えられるほどの力は持っている。


 それに対して副隊長は、実のところ上級戦闘職員にしては珍しいことに、魔法に対する適性がない。魔法が一切使えないのだ。


 むしろそれだけのハンデを負いながら、よく決勝戦まで勝ち残り、あれだけ観客を沸かせる試合を繰り広げてみせたものだ。いつものことながら、アンリは副隊長の無茶な戦い方に呆れていた。


 剣と魔法で戦うエイクスに対し、魔法に適性のない副隊長は剣だけで応戦するしかない。


 どうやって戦うかといえば、単純に力任せである。副隊長は相手の魔法を、剣の勢いだけで弾き飛ばすのだ。たまに隊長も似たようなことをやるが、副隊長のやり方はその比ではない。ときには重魔法さえ霧散させてしまうことがある。


 副隊長はその剣技でもって、今日もエイクスの魔法に見事に対応してみせた。想定外の相手にエイクスも攻めあぐねたようで、魔法と剣とを巧みに操りながら、なかなか勝負を決することができずにいた。


 なにせ、どんな魔法も剣で振り払われてしまうのだ。それでいて剣で攻めてもしっかり防がれてしまう。エイクスにとっては、やりづらい試合だったことだろう。


 しかし、試合の終わりは唐突にやってきた。


 副隊長の剣が、折れてしまったのだ。


「いつもの剣ならもう少し良い試合ができたと思うんだが、残念だなあ」


「……貸出用の剣であそこまでできたっていうほうが、不思議ですけど」


 休日を利用して遊びに来ていた副隊長は、自分の剣を持っていなかった。それで、模擬戦闘大会の受付で、貸出用の刃引きされた剣を借りて参加したのだという。


 それ一本で副隊長は予選から決勝までを戦い抜いた。そしてついに決勝戦の最後の最後、エイクスの強力な魔法を正面から斬り落とそうとした際に、剣が折れてしまったのだ。


「剣っていうのは使い方だからな。脆い剣だから力を発揮できないっていうんじゃ、一人前とは言えない」


「はあ」


「そういう意味では、俺もまだまだだな」


 上機嫌に笑う副隊長を前に、アンリは頭を抱えたくなった。副隊長が「まだまだ」なら、「一人前」と呼べる人など、果たしてこの世に存在するのだろうか。


 アンリが黙っていると、副隊長は「さて」と立ち上がった。


「試合前に邪魔をして悪かったな。お前の本番はこれからだろう。楽しませてもらうぞ」


「見ていくんですか?」


「当たり前だ、何のために来たと思っている」


 副隊長が呆れたように言う。これが模擬戦闘大会に「出る」ためであって、アンリを「見る」ためでなかったとしたら、どれだけマシだったか。アンリはそう思いながらも「まあ、俺の試合のためですよね」と諦め混じりに答えた。


 その通り、と副隊長は得意げに胸を反らせる。


「今日の休暇は激戦でな。くじ引きだったんだが、なんとか休みが取れた。譲ってくれた隊の皆のためにも、ちゃんと土産話を持ち帰らないといけないからな」


「そうですか」


「まあなんだ、そう緊張するな。お前なら普通にやるだけで、土産話にできる試合になるさ」


 はあ、とアンリは曖昧に頷いた。別に、副隊長の土産話になるかどうかなど、アンリは気にしてはいないのだが。


「相手も可哀想に。アンリが相手じゃ、万に一つも勝ち目はあるまい。……だが、そういえば対戦相手は騎士科の四年生だったな。たしか防衛局を蹴って、王宮騎士団への入団を決めたとかいう」


 アンリは顔をしかめる。以前、隊長からも同じことを聞いた。防衛局の人たちは皆、ダリオが防衛局のスカウトを断ったということを気にしているのだろうか。


 アンリの表情を見て、副隊長はにやりと笑った。


「心配するな。俺は別に、そいつについて思うところなど何もない。騎士科の学園生なんだ、騎士になるのが普通だろう。……ただ、隊長は気にしていたと思ってな。お前なら負けるということはないだろうが、油断して下手な試合をすれば、隊長に何を言われるかわからないぞ。気をつけろ」


 アンリはますます顔を渋くする。副隊長が気にせずとも、隊長が気にしているなら同じことだ。そもそも休暇で来たのなら隊長への報告など不要だろうに。それをわざわざ報告すると言っているのだ。性格が悪い。


 副隊長は満足した様子でひとつ頷くと、「じゃあ、頑張れよ」と言い置いてテントを出て行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ