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一日の授業が終わり、アンリがオーティスとの訓練に向かおうと席を立ったところで、四年生のサニアが教室に顔を出した。これから騎士科学園に行くのだと言うと、ちょうど良かった、と彼女は微笑んだ。
「私もこのあと騎士科でダリオと会う約束があるの。よかったら、歩きながら話さない?」
そうして並んで騎士科学園に向かいながら、サニアはまず「ごめんね」と言った。何のことだろう、とアンリが首を傾げて続きを促すと、サニアは困ったような顔をして「交流大会のこと」と言う。
「特別試合のことが思った以上に話題になっちゃっているみたいで。大丈夫? 問題にはなっていない?」
まさかサニアからそんなことを言われるとは思わず、アンリは目を丸くした。サニアは模擬戦闘大会を盛り上げようと宣伝に力を入れているはずだ。話題になっていることは、サニアにとっては都合の良い状況だろうに。
「そんなに困ってはいません。ちょっと驚きはしましたけど。サニアさんの計画通りなのかと思っていたんですけど、違うんですか」
「計画というか、思った以上に話題になっているっていう感じかしら」
サニアは「困っていないのならいいのだけれど」と苦笑する。
「わかっていたつもりだけれど、やっぱり騎士科と魔法士科のトップ同士が戦うなんて、誰だって気になるわよね」
「……そのトップっていう表現、やめてくれませんか。俺は三年ですよ。四年生の先輩を差し置いてトップなんて言われると困ります」
アンリの言葉にサニアは口を尖らせて「そうは言っても」と反論した。
「私は四年生だけど、アンリ君より強い四年生なんてうちの学園にはいないって、断言できるわ」
サニアはアンリが上級戦闘職員であることを知っている。今のサニアの言葉がそれを元にしたものなのか、あるいは中等科学園生として振る舞うアンリのことを言っているのかは、判然としなかった。
いずれにしても、アンリとしては否定するしかない。
「……たとえ四年生がそうであったとしても、三年生の中でだって俺よりアイラのほうが、魔法ができるんですから。俺がトップなんて、誤解ですよ」
「あら、でもこのあいだ、魔法戦闘の授業でアイラさんを圧倒したって聞いたけど」
うっ、とアンリは言葉を詰まらせた。たしかに先日、魔法戦闘の授業においてアンリがアイラに圧勝したのは事実だ。クラスの中では既に過ぎ去った話題だが、まさかここでサニアの口から聞くことになるとは。この話はどこまで広まってしまっているのだろう。
「たしかに勝ちましたけど、その前に完敗してるってこともちゃんと知っておいてくださいね」
あまり極端な噂が流れても困るので、アンリはしっかりと事実を伝えることにした。反応を窺うと、どうやらサニアはその件も知っている様子だ。それでいてアンリがアイラに勝ったことだけを話題にするのだから、性格が悪い。
アンリは話を逸らすために、咳払いをして「それで」と彼女に別の話題を振った。
「歩きながら話そうっていうのは、こんな話で良かったんですか?」
騎士科までの道程も半分は過ぎた。本題の話があるのなら、そろそろ始めてもらったほうが良い。そんな考えもあって促すと、サニアもにっこりと微笑んで「そうね、そろそろ本題に入りましょう」と、おどけたように言った。
「特別試合のことで、いくつかルールとかを伝えておこうと思って。今日はダリオにも同じことを伝えるつもりで騎士科に行くの」
「あれ? じゃあ、一緒に聞いたほうがいいですか」
アンリとダリオと、同じことを二人に別々に説明するのはサニアにとって手間だろう。オーティスとは授業後すぐにと約束しているが、説明を聞く間くらいは待ってもらえるはずだ。
ところがサニアは「だめだめ」と、笑いながら首を振った。
「思った以上に話題になっちゃったから。一緒に打ち合わせなんてしたら、ズルをしているんじゃないかって疑われちゃう。アンリ君も、交流大会まではあまりダリオと一対一で話さないようにして」
代わりに交流大会が終わったら皆で食事でもできるように手配するから、とサニアは言った。アンリは「はあ」と曖昧に返す。元々ダリオとは付き合いがないので、話をしようと思ったこともなければ、終わってからの食事にもそれほど魅力的は感じない。ただ、そこまでサニアが気にしているのであれば、騎士科学園の中で偶然ダリオと顔を合わせることがあっても挨拶以上の話はしないようにしようとだけ思った。
「わかりました。それで、ルールとかって何のことですか」
「たいしたことじゃないの。ええとね、今回も魔法器具の使用は無しということになったから。特別試合でも、魔法器具は使わないように」
サニアの言葉にアンリは頷く。元々昨年と同じと考えていたので、魔法器具は使えないものと認識していた。使う予定がないので困ることはない。
「それから、もちろん武器の持ち込みは構わないけれど、刃物は刃引きしてあるやつにすること。そのほかも、あんまり危険なものは駄目」
これにもアンリはもちろん頷く。ダリオは騎士科の学園生だ。剣の持ち込みができなければ試合にならないので、武器の持ち込みはできるだろう。学園生同士の模擬戦闘として、危険な武器を禁止するのも当然だ。
「一応、伝えておくべきルールはその程度かしら。あとは基本的には今までの模擬戦闘大会と同じ。アンリ君のほうで何か気になっていることはある?」
「そうですね……魔法は、どのくらいの規模のものなら使っていい、とかってありますか?」
アンリの問いに、サニアは「特には……」と言いかけてから、苦笑して言い直した。
「そうね、特に決まりはないけど、会場の形が変わるようなのは困るかしら」
言葉を選ぶような曖昧なサニアの言いように、アンリは申し訳なくなって身を縮めた。サニアは昨年のことを思い出しているのだろう。昨年の模擬戦闘大会では、アンリとロブの対戦により会場が大きく壊れ、その後の試合ができなくなったという事故があった。
今回は模擬戦闘大会後の特別試合なので、後に別の試合が予定されているわけではないはずだが、後ろに試合がなければ良いという問題ではないだろう。
「すみません」
「謝らないでよ。あれは、アンリ君のせいというわけではなかったんでしょう?」
「そう理解してもらえているなら、嬉しいんですけど」
会場全体を水魔法による霧で覆って、観客からは何も見えないようにした中で行われた試合だった。その中で繰り広げられた魔法によって会場が滅茶苦茶になったわけだが、そういう無茶な魔法を使ったのは対戦相手のロブであって、アンリではない。
しかし、霧で見えない中でのことだ。アンリがロブの魔法だと主張し、ロブ自身がそれを認めてさえ、アンリに対して疑いの目を向ける者は多かった。
そんな中でサニアは、アンリのせいではないとはっきり言い切ってくれている。それでも半信半疑なのか、曖昧に苦笑を浮かべたままで続けた。
「まあ、昨年のあれが誰のせいだったかはともかく、あれほどの魔法を使われるとちょっと困るから、加減はしてね。あと、もし何かあったら原状復帰は手伝ってもらえる?」
「それはもちろん」
もし何かあったら、ということがそもそも無いようにはしたい。それでも万が一何かが起こった場合には、たとえ自分の魔法が原因でなかろうと、復旧の手伝いくらいは当然だ。
それなら大丈夫、とサニアはようやくにっこりと明るい笑顔を見せた。
オーティスとの練習は、いつもよりも早い時間に終わりとなった。
交流大会を間近に控え、演技の完成度も上がった。無理をして長時間の練習を行うよりも、練習は細かい調整程度に留めて、体を休め魔力を蓄え、体調を万全に整えることのほうが大切だろうとオーティスが言ったのだ。
魔力量に自信のあるアンリからすれば要らない気遣いではあったが、普通はそういうものなのだろうと思って素直に受け入れた。
そんなアンリの顔を見て、オーティスが小さく苦笑する。ちょっとした物足りなさが、顔に出ていたのかもしれない。
「アンリ君は本当にすごいね。そういえば、本番の前の日にダリオ先輩と模擬戦闘をするんだったよね。今さら言ってもしようがないかもしれないけれど、本番に支障が出ないようにしてくれよ」
「うん、それは平気。俺、魔力量には自信があるんだ」
どんなに頑張ったところで、学園での模擬戦闘程度でアンリが魔力切れを起こすことなどあり得ない。驕りや油断ではなく、単なる事実だ。
自信満々なアンリに対してオーティスは呆れたように目を見開き、それから首を振って、やや咎めるような口調で言い直した。
「魔法のことだけじゃないよ。怪我をして公式行事に出られない、なんてこともあり得るだろう。そうならないように、十分に気をつけて」
「あー……なるほど」
そういう心配をされることに慣れていなかったアンリは咄嗟に言葉を返すことができずに、ただ口ごもってしまった。それがオーティスからすると不安な反応に見えたのだろう。「大丈夫?」と、もはや心配するというよりも責めるように言われて、アンリはようやく「だ、大丈夫だって」と早口になって答えた。
「模擬戦闘くらいで次の日に響くような怪我はしないよ。それに万が一怪我があっても、魔法で治せるから大丈夫」
「え、魔法で?」
オーティスがぎょっとした様子で眉を寄せた。アンリは「うん」と、誤魔化すことなく素直に頷く。どれだけ高度な魔法を使うことができるか、普段の学園生活では隠すことの多いアンリだが、もはやオーティスに対して隠す必要性は感じられなかった。
「俺、結構どんな魔法でも使えるんだよ」
「……アンリ君が言うと、本当っぽく聞こえるな」
本当だからね、という言葉を飲み込んで、アンリはただ曖昧に笑うに留めた。隠す必要はないが、殊更に事実だと主張する理由もない。代わりにアンリは軽口に聞こえるよう意識して明るい声を出し、「いずれにしても」と付け足した。
「怪我をすると痛いことには違いないから。怪我せずに済むなら、それに越したことはないよ。お互い、無事に本番を迎えられるように怪我には気をつけよう」
アンリが明るく話を締めようとしていることを察したのだろう。オーティスも笑いながら「アンリ君にそんなことを言われてもなあ」と軽い口調で応じてくれた。




