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 朝の訓練について、さすがに最初の話だけでは不十分だと思ったのか、レイナは後からいくつかの条件を追加した。


「必ず訓練室を使うこと。それから、当たり前だが危険がないように。君を含めて誰かが怪我をした時点で訓練は中止。それから、攻撃でも防御でも、戦闘魔法は使わないこと。あと、当然だが部屋を壊さないこと。もちろん、防護壁もだ」


 全ての条件にアンリは素直に頷いた。学園生だけで行う訓練の条件としては妥当なものだ。


 むしろ最初に言われていた「アンリが攻撃行為を行ってはならない」という条件のほうが厳しいくらいである。模擬戦闘形式の訓練を行うにあたって攻撃ができないとなると、防御の練習はどのように行わせるべきだろうか。そんなことを悩みながらも、アンリはさっそく翌朝の訓練から、皆に戦闘訓練をさせることにした。


「先生の許可が出たから、今日から交流大会まで、魔法戦闘の訓練をしてみようと思う」


 アンリのこの宣言に嬉しそうに目を輝かせたのはコルヴォ、サンディ、ウィリーの三人だった。テイルはやや困った様子で苦笑し、エルネストとクリスは困惑の表情を浮かべている。


 そして意外なことに、いつもは一人で黙々と別の訓練をしているウィルが、興味深そうに「僕もいいのかな」と口を出してきた。


「もちろんウィルもやりたいならいいよ。エルネストとクリスにはまだ魔法戦闘は早いと思うから、いつもの訓練にしよう。テイルはどうする?」


 あまり乗り気でなさそうなテイルに問うと、案の定、「俺はいいや」という答えが返ってきた。


「俺は模擬戦闘はやらないから、別に魔法戦闘はやらなくていいんだ。皆の訓練を見てるだけでも面白そうだし。自分の訓練は、クリスたちと同じことをするよ」


「わかった。じゃあ三人はここで、いつもと同じように水球を浮かべて。これからあっちで戦闘訓練をするけど、それを見ながらでも自分の水球をちゃんと維持できるように」


 アンリの指示に、エルネストとクリスの二人は目を輝かせた。自分で魔法戦闘を行うほどの自信はないものの、先輩たちの魔法戦闘は見学してみたいのだろう。そんな一年生らしい初々しさをみせる二人を、テイルが先輩らしく温かく見守る。


「じゃあ魔法戦闘をやる四人は、あっちで始めようか」


 見学するエルネストたちに万が一にも怪我をさせないように。アンリは十分に距離をとったところに試合場を示す大きな円を描き、そこで魔法戦闘の訓練を始めることにした。






 意外なことに、コルヴォたちの魔法戦闘の動きはなかなかのものだった。


 試しに一人ずつ、模擬戦闘のような形の戦闘訓練を行ってみた。アンリを相手に攻撃の魔法を五回使い、一回でも当てるかアンリを場外へ追い出すかすれば、彼らの勝ち。


 アンリから攻撃ができないのでそんなルールにしてみたのだが、魔法の回数を五回としたのは甘すぎたかもしれない。正面から迫る木魔法、横から飛んでくる火魔法、足元をすくう土魔法、上から降り注ぐ水魔法、全てを防いだと思ったところに地面を突き破って現れる木魔法による蔦。間髪入れずに繰り出される攻撃の全てを生活魔法だけで防ぐのは、アンリにとっても容易いことではなかった。


 これが単純に、単発の魔法が五回使われただけだったなら、それを凌ぐことなどアンリには簡単だったに違いない。


 ところがコルヴォたちの攻め方は、単純な魔法の繰り返しではなかった。最初の魔法の裏に次の魔法を隠したり、アンリの視線を誘導するような魔法の使い方をしたうえで死角から攻めたり、緩急をつけて攻撃のタイミングをわかりづらくしたり。


 魔法戦闘の初心者に見られるような魔法を乱発するだけの戦い方ではない。限られた魔法と攻撃回数という条件の中でいかに相手を攻めるか、しっかりと考えられている。


(……そういえばコルヴォたちは去年、ロブさんの指導を受けたんだったっけ)


 木魔法に火魔法をぶつけて燃やし、水魔法で消火しつつ、飛んできた土の塊を木魔法で生み出した蔦を使って払い落とす。ひとつひとつの魔法を確実に潰しながら、アンリは考える。


(魔法戦闘の基礎はできているわけだ。教えるというよりは、覚えたことをちゃんと使えるように、慣れるための訓練が必要か。あるいは……)


「ちょっと! なんで誰の魔法も当たらないんですかっ!?」


 三人目として魔法攻撃を仕掛けていたサンディが、ちょうど五回目の魔法をアンリに弾かれたところで、苛々した調子で叫ぶように言った。アンリはびっくりしてサンディを見返す。気の強いところがあっても普段から冷静なサンディだ。こうして叫ぶなんて、珍しい。


「え、ええと……サンディ?」


「だって、私たちの誰の魔法も全然当たらないじゃないですかっ。去年、ロブさんから色々教えてもらって、魔法戦闘にはわりと自信があったのに」


「ええと、落ち着いて、サンディ。俺は魔法が当たったら負けっていうルールなんだから。そりゃ俺だって負けたくないから、当たらないように動くよ」


「それにしたって!」


 サンディが言葉にならない感情を発散させるように地団駄を踏む。勝ちにこだわる姿勢は良いが、訓練でそこまで熱くなられても……とアンリが呆れていると、サンディの横からウィルが「まあまあ」と、彼女をなだめるように肩を叩いた。


「アンリは僕たちの学年でもトップクラスで魔法戦闘が上手いから、二年生が敵わなくても仕方がないよ。仇は僕がとるから、心配しないで」


 仇って、とアンリが反論する前にウィルが試合場の円に入る。二年生三人が終わったのだから、最後にウィルが来るのは当然だ。


 当然ではあるのだが、それでもアンリは顔をしかめた。


「ウィルはさ、やっぱり五回じゃなくて、三回くらいに……っ」


 言葉を途中で切って、アンリはその場で飛び上がった。喋っている最中にもかかわらず、足元の地面がぐずぐずと崩れ始めたからだ。


 ウィルの土魔法ーーと意識すると同時に、アンリは木魔法を発動し、試合場内に木を生やして枝を張らせる。飛び上がった勢いのままに太い枝の一本に飛びつき、ぶら下がった。


 迂闊に地面に足をつけていられない。かといって戦闘魔法を禁じられている状態では、風魔法などで体を浮かせておくわけにもいかない。そんな悪条件の下で、妥協した結果が木魔法だ。枝からぶら下がっておけば、ひとまず地面に足をつかずにいられる。


 生やした木の根元をウィルが土魔法で掘り返そうとしてくるので、同じ土魔法で弾き返した。さすがに同じ魔法なら、アンリが競り負けることはない。ウィルはしばらく土魔法で試行錯誤して木を倒そうとしていたが、やがて諦めたのか、魔法を解いた。


 ウィルの攻撃が止んだので、アンリはくるりと逆上がりの要領で枝の上にのぼる。


「……あのさあ、ウィル。開始の合図もしていないんだけど」


「合図で始めようなんて話、していないだろ? このくらい卑怯なことをやらないとアンリには勝てないし」


 ウィルの答えが終わらないうちに、アンリの頭上からさらさらと霧雨が降ってきた。アンリは慌てて自分の上に、水魔法で平らな水盤をつくる。霧雨は水盤に吸収されて、アンリには届かない。


 普通の模擬戦闘であれば、霧雨程度の水魔法など防ぐまでもない。しかし今は「魔法を当てれば勝ち」というルールを敷いている。雨の一雫でも、当たってしまえばアンリの負けだ。


 アンリが難なく防いだことで、ウィルはややつまらなそうな顔をして舌打ちした。油断も隙もない、などと感心している暇さえなかった。ふと気づけば、アンリの生やした木の表面を、別の植物の蔦が這って伸びてきている。


 アンリは迷わず枝から飛び降りて、地面より少し高いところに土魔法で新しい地面を作って着地した。それから空間魔法で自身の生やした木ごとウィルの木魔法による蔦を呑み込んで、別の空間に送る。場外で見学するコルヴォたちから「おお」とどよめく声が上がったのは、アンリの使った空間魔法の規模が大きかったからだろう。


 その声に惑わされずに、アンリはしっかりとウィルを見据える。


「これで三回防いだんだから……」


 俺の勝ち、という言葉は続けられなかった。その前にウィルが木魔法で作り出した木刀を手に、アンリが土魔法で作った地面に飛び乗って斬りかかってきたのだ。身をひねってかわしたアンリは土魔法を解除して、自分ごとウィルを下の地面に落とす。


 そうしてから、今のように相手を落とすのはもしかして攻撃行為に当たってしまうだろうか、などと思い至ったが、そのことを深く考える余裕はすぐになくなった。落ちた先、着地した地面がぬかるんでいる。最初の土魔法でぐちゃぐちゃに崩された地面。しかし、水気を含んだぬかるみはなかったはずだ。


「はい、僕の勝ち」


 綺麗に着地できずに尻餅をついたウィルが、そんな体勢のまま、にっこりと笑ってアンリを見上げた。


「さっきの雨を降らせた水魔法を、地面にそのまま残しておいたんだ。今アンリはその上に立っているんだから、魔法が当たったということでいいよね」


「……俺は、靴で踏んでいるだけなんだけど。あと、ウィルの魔法は三回までにしようって言おうとしたのに」


「靴だろうが服だろうが、試合中はアンリの一部だ。三回までっていうのは、言い切る前に試合を始めたんだから無効でしょ」


 ウィルが立ち上がって服についた泥を払い落としながら、機嫌良く言った。


 アンリとしては納得できないが、訓練中の試合であれこれ言い合っても仕方がない。肩をすくめて水魔法を使い、ウィルの服についた泥汚れを洗い流してやった。


「まあ、いいけどさ。そんな卑怯な手で勝って嬉しい?」


「そりゃあ、卑怯な手でも使わないと、アンリには勝てないからね」


 全くもって悪びれないウィルに、アンリはやれやれと首を振った。ウィルの訓練として有効な試合だったとは思えない。


 しかし、見学者たちには見習ってほしい部分もある。


「みんな、今の試合は見ていた?」


 場外で見ていたコルヴォたちを振り返ると、彼らは一様に目を丸くしてアンリとウィルを見つめていた。離れて水球を浮かべる訓練をしていたエルネストたちまで、訓練の手を止めて唖然とした顔でアンリたちを見ている。


「ええと、エルネストとクリスとテイルは、ちゃんと訓練を続けて。コルヴォたちは……今のウィルのやり方を見て、どう思った?」


 全てを教えるのではなく、たまには本人たちに気づきを促しても良いのではないか。そう思ってアンリが問うと、コルヴォとサンディとウィリーの三人は、互いに顔を見合わせて首をひねった。


「どうって……アンリさんの魔法がすごかった、よな?」


「でも、それに勝ったんだから、ウィルさんもすごいでしょ」


「だからって、ウィルさんは特別なことをしたわけじゃないよね。使った魔法は僕たちと大して変わらないよ」


「じゃあ、なんで俺たちは負けて、ウィルさんだけ勝てたんだ?」


 ああだこうだと三人で言い合いながら首を傾げている。観点は良いのだが、なかなか三人とも、アンリが気づいてほしいと思っている点には行きつかない。


 このままでは話が進まないので、アンリは「つまり」と三人の話を遮って答えを示した。


「ウィルは魔法だけじゃなくて、言葉とか表情とか視線とか、そういうのも含めて全部で俺の動きを誘導したんだ。そうやってできた隙を突いて、魔法を使った。……君たちは、いかに魔法で魔法を隠すかとか、できるだけ魔法を隠して使おうとか、そういうことにばかり力を入れているけれど、模擬戦闘の場になったら、魔法以外のことも全部利用してやるっていうつもりで臨むといいよ。わかった?」


 三人はアンリの話を呆然と聞いていた。その顔を見てアンリは苦笑する。今日が最初なのだから、今すぐにわかってもらえなくても仕方がないだろう。これからの訓練の中で少しずつでもわかってもらえれば、それで良い。


「これからは魔法だけじゃなくて、周囲の環境も利用することを意識して訓練してみよう。こればかりは教えるというより、意識してやりながら覚えていくしかないけれど」


 困惑気味だった三人の顔に、徐々に理解の色が浮かんでいく。アンリはほっと安堵の息をつきつつ、横のウィルに目をやった。ウィルもアンリに同意するように頷き返してくれる。


 そこでアンリは、はたと気づいて言葉を足した。


「あ、ウィルはもう、戦闘形式の訓練はやめよう。今言ったことはちゃんとできているから必要ないし、ウィルを相手にすると俺、攻撃しないっていう条件を守れる自信がない」


 そう言われることを予想していたかのように、ウィルは軽く肩をすくめただけで、反論もせずに頷いた。

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