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 轟音とともに崩れ落ちた扉から、男が六人、なだれるように走り込んできた。思ったより早かったな、とアンリは再び舌打ちする。できればアイラとの模擬戦闘を終わらせて、落ち着いてから迎え撃ちたかった。


「なんだお前ら!」


 入口から離れた壁際に立っていたトウリが、さすがに教師らしく前へ出た。移動魔法でアンリやアイラも含めた生徒全員の前に立ち、入ってきた男たちに向かい合う。


「あんたに用はない。邪魔をするな」


 先頭の男がふわりと手を肩の高さへあげる。その手から炎と雷の重魔法が放たれた。左から右へと滑るように動く男の手に合わせて、雷を纏った炎が訓練室全体を舐めようとする。用は無いと言ったわりに、最初から全員を攻撃の範囲に入れていた。


 さすがに結界魔法を張ろうとしたアンリだったが、途中でおや、とあることに気付いて魔法の発動を止めた。アンリが動くまでもなく、既に結界がそこにあった。


 アンリの結界魔法に代わって敵の魔法を防いだのは、トウリの展開した結界魔法だ。トウリと生徒の全員を守れるだけの広い範囲に、重魔法を防ぐことができるだけの強力な結界が張られていた。


 重魔法を完全に遮断したトウリは、厳しい目で敵を睨む。


「いきなりご挨拶だな。俺に用は無いと言うが、いったい誰に何の用だ?」


 話しながら、トウリは手首の腕輪に触れた。防犯機構を通じて、どこかしらに通報したのだろう。話は時間稼ぎだ。


「用があるのはそこの子供だ。やられっぱなしは性に合わないもんでな」


 敵の先頭に立つ男が、アンリを指差した。アンリは男の顔を見て「おっ」と思わず声をあげる。そうして、自らの幸運に感謝した。指名手配されている犯罪組織の首領、その当人だった。ちなみに後ろに立つその他五人の男のうち三人は、アンリとウィルが森で会った男たちだ。ウィルもそのことには気付いたようで、あっと声をあげていた。


 それにしても、まさか敵のトップが攻めてきてくれるとは。先日捕らえそこねた失態を、これで挽回することができる。アンリは思わず、笑みを浮かべた。


 アンリの表情に、男は気分を害したようだ。感情を見せなかった顔に、怒りの色が表れる。


「俺の仲間がずいぶん世話になったな。お前を人質にすりゃあ返してもらえるか? だが、人質になるようなタマじゃねえよな。せめて仇をとってやる」


「……何の話だか知らんが、ここは学園で、あいつらは生徒だ。乱暴なことはよせ」


 トウリの手に魔力が集まった。瞬時に発生した大きな竜巻が、男たちを包む。しかしそれも数秒で、すぐに風がまとまりを失った。


 その様子を観察していたアンリは、男の左手親指に嵌まっている指輪に注目した。魔法を無効化する魔法器具だ。ずいぶんと高価なものを使っている。


「今度はこっちの番だな!? おらあっ」


 男は再び右手を振り回した。風、雷、炎の三種の重魔法。風の勢いが加わったことで、雷をまとった炎の球が、訓練室内を暴れるように跳び回った。


 先ほどのような平面的な結界魔法では防げないと悟ったのだろう。トウリは魔法を切り替えて、生徒一人一人と自分の周りに、小さな結界を作った。


「全員動かずに頭を下げてろ!」


 トウリの言葉が聞こえる前に、既に見学していた魔法研究部の面々は頭を抱えて床に座り込んでしまっている。動けそうもないので、結界に守られている限りは逆に安全だろう。


 一方でアンリはトウリの言葉に逆らって、アイラのもとへ駆け寄った。彼女が敵を睨みつけ、今にも魔法を放とうとしていたからだ。地面に押し倒し、頭を押さえつける。すぐ上を、敵の魔法が通っていった。


「何するのよ!」


「やめとけって。まだお前のかなう相手じゃない」


「そんなのやってみないとわからないでしょう!」


 わかるよと言ってアンリは岩石魔法を発動し、石の鎖でアイラの手足を床につなぎ止めた。これなら燃やされることもないだろう。もはや生活魔法しか使えないフリをしている場合でもない。


「ちょっと、何よこれっ」


「大人しくしていなよ。大丈夫、結界が張ってあるから、魔法が当たっても痛くはない」


 動いたことで弱まったトウリの結界を補強してから、アンリはトウリの近くへ寄った。トウリの呆れ顔を無視して、アンリは敵を見据えた。


「すみません。俺が目的らしいので、ちゃんと俺が相手しますよ」


「……お前なあ」


 トウリの文句を聞かずに、アンリは左手の人差し指と中指を、先頭の男に向けた。相手の魔法を真似して、雷と炎の重魔法を放つ。狙いは男の指に嵌まった指輪。当然、魔法無効化の魔法器具に対抗できるだけの大きい魔力を込める。無効化といっても、限界はあるのだ。限界を超える強い魔法を受ければ、器具は壊れる。


 しかしアンリの予想は外れ、魔法器具を壊すことができなかった。その手前で、なにかに弾かれたように魔法が取り消されてしまった。


「ああ、もうできちゃったのか。対俺用の魔法無効化装置」


 記録したアンリの魔力の波長を利用して、アンリの魔法に特化した魔法無効化装置を作ったのだろう。汎用的な魔法無効化の魔法器具に対し、魔力量の限界値も高いはずだ。アンリの魔法で破壊するのは難しい。


「ははっ! 上級だからって、魔法が使えなきゃただのガキだろ!」


 男は笑いながら、再度同じ、風と炎と雷の重魔法を放つ。おそらく、これ以外の重魔法が使えないのだろう。しかしそれでも有効で、前に放たれた魔法が未だに室内を駆け巡っている中に、さらに跳び回る炎の球が増えるのだ。


 後ろで小さくなった魔法研究部の面々や、石で押さえつけられたアイラにも、たまに炎が当たっているようだった。結界魔法があるのでダメージはないはずだが、その都度「ひぃっ」とこの世の終わりを思わせる悲鳴が響く。


「……鬱陶しいな」


 アンリはバチンと胸の前で手を打った。それを合図に、訓練室内に大量の水が降る。ちょうどアイラの魔法実演の際に水が降ったのと同じ様子になった。跳び回っていた炎の球が二つとも、水に押しつぶされるようにして消える。室内は水浸しだが、実演の日と違って結界魔法で守られている分、誰の服も濡れてはいない。


 びしょ濡れを避けたのは、敵も同じだった。後ろの方に立つ一人の男を中心に、円を描くように床が乾いている。ふむ、とアンリは頷いた。これで、対アンリ用の魔法無効化装置の位置が知れた。


 男たちもそれに気付いたのだろう。余裕の笑いは最早見られず、怯えの混ざった目でアンリを睨む。ひとりひとりの表情を眺めて、アンリは口元だけで微笑んだ。


「さて、どうしてやろうかな」

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