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 交流大会の日が近づき、学園内ではいよいよイベントに向けて、明るく浮き足立つような空気が流れ始めている。


 アンリが主導している朝の訓練も同じで、集まった皆の話題は交流大会のことが中心になっていた。


「アンリさんの特別試合、楽しみですっ!」


 サンディが水魔法の水球を胸の前に浮かべたまま、とびきりの笑顔で言う。隣でウィリーが少し控えめに「僕も楽しみ」と、これはアンリに向かってというよりもサンディに同意するように、横目で彼女を見遣って大きく頷きつつ言った。さらに横ではコルヴォがそわそわと落ち着かない様子で足を踏み鳴らす。


「俺も楽しみだけどさ。それより、アンリさんは特別試合にしか出ないんだろ? ってことは、俺たちにだって十分、優勝のチャンスがあるってことじゃねえか?」


 コルヴォのやる気に満ちた言葉に、サンディやウィリーも「そっか」とか「そうだね」とか、興奮した様子で頷きあう。


 横では一学年先輩のテイルが苦笑しながら三人の様子を見守り、さらにその横では一年生のエルネストとクリスがうらやましげに先輩たちを眺めていた。


 六人とも、訓練のために浮かべた水球に乱れはない。お喋りに気を取られても安定して水魔法を維持できるようになってきたのは、訓練の成果だろう。


 もっともコルヴォたち三人とテイルの魔法力は、すでに以前からその域にある。感心すべきは一年生の二人が、先輩たちの話に耳を傾けつつも水魔法を継続するだけの力をつけてきたことだ。一年前のコルヴォたちよりも、成長は早いのではないだろうか。


(……それは良いけれど、さすがに、もうちょっと集中してやったほうがいいよな)


 止めずにいるといつまででも話し続けるのではないかというコルヴォたちの勢いに、アンリはため息をついた。話しながらでも水魔法が維持できるようにと言ったのはアンリだが、お喋りのほうが主体になってしまっては、訓練として好ましくない。


「三人とも、話はその辺にして。次は何か形を作ってみて。できるだけ、自分の苦手な形に挑戦するように」


 アンリの指示でコルヴォたち三人はようやく話すのをやめ、各々で水魔法を操り始めた。最近ではこれもずいぶん慣れてきていて、サンディなど、右手と左手でそれぞれ水を操って、右手に花を、左手に蝶をつくり出すという器用なことをやってのけている。


 隣では、テイルはもちろん、一年生二人も同じように水球から別の形をつくり出す訓練を始めた。テイルは既に安定して様々な形をつくり出せるようになっていて、まだまだ不安定なところの多い一年生二人に対して、あれやこれやと助言している。


(エルネストとクリスはもう少しじっくり練習したほうが良さそうだけど、他の四人は、そろそろ別の訓練を始めようかな)


 コルヴォたちの集中力が欠けてしまうのは、今の訓練が彼らにとって簡単すぎるからだろう。簡単な内容ではあっても毎回継続することに意味があるとアンリは思っているが、たしかに毎回同じことの繰り返しだけでは、飽きてしまうのも無理はない。


 今のまま集中力を欠いた訓練を続けるよりは、別に彼らにとって面白いと思えそうな訓練を取り入れたほうが、良い効果が出るかもしれない。


(模擬戦闘大会を想定した戦闘訓練をすれば、三人とも集中してできるかな。そんな訓練をして良いかどうかは、レイナ先生に確認しないといけないけれど……)


 戦闘訓練となれば、多少なりとも危険が伴う。それを生徒だけで行うことを、果たしてレイナは許してくれるだろうか。


 交流大会の日は近づいている。訓練内容を変えるなら早いほうが良いだろう。


 どう言えばレイナを説得できるかと、アンリは考えはじめた。

 




 

 交流大会が近づいて、魔法工芸部の活動も活発になってきている。


 実のところアンリにとっては、これこそが交流大会に向けていちばんの悩みの種だった。


「…………ふむ」


 場所はランメルトの営む魔法工芸品店。ランメルトには例年同様、交流大会で魔法工芸部の作品を展示販売してもらうよう依頼している。簡単な試験はあったものの、彼は今年も快く展示販売を引き受けてくれた。


 アンリを含めた魔法工芸部の部員たちが持ち込んだ数々の作品を前にして、ランメルトはあごに手を当て、難しい顔をして唸った。


 今日は、今の段階で出来上がっている作品を持って来ていた。ランメルトの眼鏡に適った作品はそのまま引き取ってもらい、交流大会の日に店に置いてもらうが、不合格のものは助言をもらって直すかつくり変えるかして、また次回、改めて持ってくることになっている。


 自身ではいったん仕上がったと思っている作品に対して、どんな酷評がつけられるのか。何をどう直せと言われるか。ランメルトの表情や目の動きを、アンリたちは固唾を呑んで見守る。


 やがて、ランメルトが顔を上げた。


「……嬢ちゃんのは、なかなか良い。出来上がったのは引き取るが、次ができたらまた持って来い」


 言いたいことは山ほどあるがまずは褒めるところから、とでも言うように、ランメルトは渋い顔をしたまま、まずサンディのつくった置物を褒めた。サンディは安堵したようで「はい、今もいくつかつくっているところなんです」と、表情を緩ませてにこやかに言った。


 次いでランメルトはほかの作品に目を移し、ひとつずつ的確に助言を加えていった。色をもっと丁寧に塗れ、形をもっと滑らかに整えろ、個性を出せ、もっと丹念に土を捏ねろ……どれも鋭く的を射た言葉で、言われた部員たちは肩を落としつつも納得し、突き返された自身の作品を受け取った。


 そしてランメルトの目が、アンリの作品に向く。


「こいつをつくったのは、お前だな」


「そうです。すみません、結局、去年と同じものにしちゃったんです」


 口をへの字に曲げたままのランメルトに対して、アンリは言い訳するように言った。


 アンリが持って来たのは、魔力を込めることによって形の変わるアクセサリーだ。昨年の交流大会で展示販売してもらったのと同じもの。昨年と同じものでも良いというランメルトの言葉に、完全に甘えてしまった形になっている。


 本当はアンリも、新しいものを考えてつくりたいと思っていた。ところが何も思い付かなかったのだ。昨年このアクセサリーのことを思い付くことができたのが奇跡とさえ思えた。同じ奇跡が起こらないかと祈るような気持ちで作業台に向かっていたのだが、結局は何も思い付かず、それでも今日に向けて何かしら用意しなければならないという義務感から、仕方なく昨年と同じものを用意したのだった。


 不機嫌そうなランメルトの顔を見て、アンリは恥じ入って俯いた。こんなものを持ってくるくらいなら、今回は何も持ってこないほうが良かっただろうか。そんなふうに後悔しはじめた頃になってようやく、ランメルトが口を開いた。


「……去年と同じので良いと言ったのは、俺のほうだ。まさか本当に同じのをつくってくるとは思わなかったが」


「すみません」


「謝ることはない。これはこれで良い物だ。去年だって、ちゃんと売れた。これなら今年も、そのまま店に並べられる」


 認めるようなことを言いながらも、ランメルトは難しい顔を崩さなかった。何事かを考えるように顎に手をあて、しばらく落ち着きなく首を傾げたりぶつぶつと何やら呟いたりとしていたが、ややあって諦めたように大きくため息をついた。


「……本来なら、これとは別に新しいものもつくってこいと言うところなんだが。だが、お前さんが相手だとそれを言うのも酷だろう。天は二物を与えずとも言うし、お前さんに工芸の才を期待しても仕方ないんだろうさ」


 奇妙な言われように、アンリは首を傾げた。嫌味を言われているのかとも思ったが、ランメルトはそういう意地の悪いことを言う性格ではない。


「二物って。俺に、何の才能ならあるっていうんですか」


「そりゃあ、魔法だろう。……チラシを見た。あそこにも貼ってある」


 ランメルトが指さした先、店の壁の一角に、交流大会に関するチラシが何枚か貼られていた。学園行事に協力的なランメルトは交流大会に関するチラシを店に掲示し、宣伝に協力してくれているらしい。


 そのチラシのうちの一枚が、模擬戦闘大会に関するものだった。


「俺は魔法戦闘には詳しくないが、特別試合なんてするくらいだから、そっちの腕は確かなんだろう? あれもこれもと欲張らずに、自分のできることに注力すべきだろうさ」


 特別試合のことが学園内で話題になっていることは知っていたが、まさかこうして街中で、学園の外の人にまで知られているとは。思いもよらない事態にアンリは愕然とし、返す言葉を思いつくことさえできなかった。






 ランメルトの店からの帰り道、アンリは通りがかった魔法器具販売店の前で、懐かしい声に呼び止められた。


「アンリ君じゃないか。久しぶりだね」


 振り向けば、この魔法器具店の販売部門責任者であるイヴァン・ラナースが立っていた。アンリがこの店で職業体験をした際に世話になった相手だが、普段はこの店の前を通ってもなかなか見かけない。こうして外で顔を合わせるのは、職業体験以来かもしれない。


「お久しぶりです。お元気ですか」


「ああ、おかげさまで。君も元気そうだね。模擬戦闘大会のチラシを見たよ」


 うっ、とアンリは言葉に詰まる。こんなところにまで、交流大会での特別試合のことが伝わってしまっているとは。しかし模擬戦闘大会は交流大会の有志団体行事の中でも人気のあるイベントだ。特別試合に出るとなったときから、こうなることは覚悟しておくべきだったのかもしれない。


 アンリの苦い顔を見て、イヴァンは遠慮なく「ははっ」と声を立てて笑った。


「そんなに嫌そうな顔をしなくても良いじゃないか。君は強いんだから、宣伝負けするような、無様な試合にはならないだろう?」


「それは、まあ。そうならないようにしたいとは思いますけど」


 アンリの控えめな答えにも、イヴァンは満足した様子で「君なら大丈夫だ」と深く頷いた。それからにっこりと微笑んで「ところで」と言葉を継ぐ。


「今回の試合では、魔法器具の使用はできることになっているのかな? もしも使えるなら、ぜひうちの商品を宣伝してほしいのだけれど」


 なるほどとアンリは心の中で頷いた。いつもは外に姿を現さないイヴァンが、なぜ店の外にいたのか。きっとアンリが通るのを見て、この話をするために、あえて出てきたのだろう。


 しかし残念なことに、彼の望むようには答えられない。


「すみません。今回は、魔法器具の使用は禁止と聞いています」


 一昨年の模擬戦闘大会では運営側にいたサニアの工夫により、魔法器具の使用が許されていた。けれどもどうやらそのときに、アンリやアイラが模擬戦闘で派手なことをやりすぎたらしい。翌年、つまり昨年の模擬戦闘大会では従来どおり魔法器具の使用が禁止され、それは今年も同じだと聞いている。


「……特別試合だから特別に、ということは?」


「そういう特別扱いがあるとは聞いてませんね」


 アンリが正直に答えると、イヴァンは「そうかい」と、やや残念そうに肩をすくめた。


「まあ、仕方がないね。いずれにしても、アンリ君。君は今後もきっと有名になるだろう。ぜひうちの店を贔屓に頼むよ。君が使っているというだけでも、良い宣伝になりそうだ」


 本気なのか社交辞令なのか。今ひとつ判然としない明るい調子で言いながら、イヴァンはアンリの肩を叩く。


 アンリは苦笑しながら「そうなればいいんですけど」などと、心にもない相槌を打ってその場を誤魔化した。

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