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魔法戦闘の授業を受けているアンリの同級生たちの大半は、公式行事で模擬戦闘を選んだらしい。「魔法戦闘」という授業をあえて選択している者ばかりなのだから、当然と言えば当然だ。
だからこそ、その多数派と異なる選択をしたアンリは、皆から奇妙なものを見るような目を向けられることになった。
「アンリは合同演舞だっけ? もったいない。交流大会は防衛局の人も見に来るんだよ、アピールしようとは思わないの?」
実践授業のために集まった訓練室で、普段はたいして話もしない同級生からそんなことを言われ、アンリはやや鬱陶しく思いながらも「そんなに強くもないから、出たってアピールできないよ」と曖昧にごまかした。彼は「何を言っているんだか」と冗談を聞いたように笑ってアンリの肩を叩く。
その程度の反応で済んだことに、アンリはほっと安堵の息をついた。
アンリにこんなことを言ってくるのは彼だけではなかった。誰がどの公式行事に出るかが発表されて以来、アンリに好奇の目を向ける同級生が増えたのだ。そうして皆、同じようなことを聞いてくる。なぜ模擬戦闘を選ばなかったのか、と。
その都度アンリは今回のように返すのだが、相手からは怪訝な顔をされたり「余裕があるな」と舌打ちをされたりする。あるいは今日のように笑って流してくれる者もいるが、いずれにしても、アンリの返事を言葉どおりに信じてくれる者はいない。
(やっぱり、結構目立っちゃってるんだな)
今さらアンリがどんなに強い魔法を使おうと、驚かれることはないだろうーー少し前にいつもの面々からそんなことを言われたのを思い出す。きっと、彼らが言いたかったのはこういうことだ。アンリはこれまでの授業で目立ちすぎたのだ。
魔法戦闘の授業なので、授業中に模擬戦闘をすることも多い。模擬戦闘の中ではアンリも戦闘魔法を使うことが多く、特にアイラとの対戦となると、威力のある魔法を使ったり、いくつもの魔法を組み合わせて相手の虚を突いたりと、それなりに高い水準の戦い方を選んでしまっている。
きっと、それが目立っているのだろう。皆、アンリのことを「アイラ並みに戦える」と思っているに違いない。だからこそ、アンリがいくら「自分は強くない」と主張しても、信じてもらえないのだ。
(相手がアイラだとしても、ちゃんと抑えて戦わないと。それができれば、模擬戦闘大会でダリオ先輩を相手にしても、きっとうまく戦える)
模擬戦闘大会で目立たず騒がれない戦いをするために、どうしたらよいか。アイラを相手に練習すれば、うまくやれるようになるのではないかーーそんなことを考えていると、ちょうど「アンリ・ベルゲン、アイラ・マグネシオン」と名前を呼ばれた。
最近の魔法戦闘の授業では、交流大会を見据えた二対二の模擬戦闘を行うことも多い。しかし今日はアンリにとっては都合良く、一対一の通常の模擬戦闘を行うようだ。ここで力を抑えて不自然でない戦い方ができれば。これまで授業で目立ってしまった分も、うまくごまかすことができれば。
アンリは期待を持って立ち上がり、訓練室の中央へと向かった。
「…………勝者、アイラ・マグネシオン」
審判を務めたレイナの苦々しい声が響く。
自分を睨むレイナとアイラの鋭い視線を受け、アンリはいたたまれなくなって俯いた。何がいけなかったのだろうかと反省する暇もなく、レイナから「真面目にやりなさい、アンリ・ベルゲン」と厳しい声がかかる。
「どういうつもりだ、今の模擬戦闘は」
「……普通にやったつもりですが」
これでは言い訳にしても下手すぎる、とアンリは思った。問いただされても致し方ないと思えるほどに、今の模擬戦闘はひどいものだったのだ。
周囲で観戦していた同級生たちが、ひそひそと何事かを言い合うざわめきが聞こえる。きっと彼らも今の模擬戦闘の不自然さを気にしているのだろう。
目立たないようにと思ったのに、いっそう目立っている。
「君が普通にやったら、今のような試合にはならないはずだが」
怒りを抑え込んだような静かな口調でレイナが言った。アンリは気持ちを落ち着けるために深呼吸して、今終わった試合を思い返す。
内容としては単純だ。アイラの完全勝利。試合開始と同時に飛んできた氷魔法の礫を、アンリは土魔法の壁で受けた。しかしアイラの氷魔法に対して土魔法が弱すぎたために、土壁はすぐに倒壊してしまった。
いつもなら、アンリはここで次の手を繰り出す。たとえば土壁が壊れたときの土埃を利用して身を隠し、攻撃を仕掛ける。あるいは土魔法と風魔法で土埃をまとめあげ、そのまま防御や攻撃に利用する。いずれにしても、ただ土壁を壊されて終わりということはなかった。
けれども、もしかすると、そういう戦い方が玄人じみて見えるのではないか。もっと単純に、防御を突破された際に慌てふためけば、普通の学園生の模擬戦闘らしくなるのではないかーーそんなことを考えて、アンリはあえて「次の手を打たない」という手を選んだ。
土壁を壊した氷の礫が、そのままアンリに降り注いだ。
アンリは避けも防ぎもせずに、ただ顔だけ守るように腕をかざして、その氷の礫を甘んじて受けた。鋭さこそないものの、勢いのある氷の塊だ。相応に痛い。後であざになるかもしれない、などとのんびり考えながら、アンリは攻撃の勢いと痛みに押されるようにして、じりじりと後ろに下がった。
(あれ、でも、これじゃあ勝てないな。別に負けたいわけじゃないんだけど……)
途中でそう思ったがすでに遅く、アンリはそのまま区切られた戦闘範囲の外に出た。レイナから「止め」の声がかかり、攻撃が止まり、周囲では呆気に取られたような静寂が生まれた。
そうして、今。アイラの勝利が宣言されると周りも思い出したように騒がしくなり、アンリは同級生たちの好奇心に溢れた視線に晒された。そしてアイラやレイナからは、冷たく睨まれることになったのだ。
「ちょっと、試したいことがあって。それを考えながらやったんです。失敗だったみたいですけど」
アンリが正直に言うと、レイナはその言葉の真偽をはかるようにしばらく黙ってアンリを見つめた。やがて気まずくなったアンリがさらに言葉を重ねようとしたところで、それを遮るように、レイナがため息混じりに「いずれにしても」と言った。
「何かしら考えがあったのかもしれないが、いつもの君に比べてひどく雑だった。そういう戦い方は危険なうえ、相手にも失礼だ。気をつけなさい」
レイナの言葉はもっともだ。アンリは反発する気持ちさえ起こせずに、ただ消沈して俯き「はい」と答えるしかなかった。そんなアンリを見たレイナはひとつ息をつくと、次の模擬戦闘の対象者を探すように周りを見渡した。どうやら説教はこれで終わりらしい。
「では、次は……」
「お待ちください、先生」
授業を進めようとしたレイナを、アイラが遮った。
「今の試合、私は納得しておりません。再試合を望みます」
見ればアイラは、まだ怒りのこもった鋭い目つきでアンリを睨んでいる。
アンリは「相手にも失礼だ」という先ほどのレイナの言葉を心の中で反芻した。たしかに、礼を失した戦い方だった。アイラが怒るのも無理はない。
アイラの申し出を受けて、レイナは「ふむ」と小さく唸って考える様子を見せた。
「……授業時間が限られていることを考えると、同じ組み合わせで二度の模擬戦闘を行うことは避けたい。しかし、今の試合では二人とも悔いが残るだろう。あまり長い試合にならないように心がけて臨むなら、再試合を許す」
どうだ、と問いかけるようなレイナに対し、アンリは慌てて「今度こそ、ちゃんとやります」と上擦った声で宣誓した。隣ではアイラが「ありがとうございます」と落ち着いた様子でレイナに頭を下げている。
それで魔法戦闘の授業としては異例の再試合が決まり、アンリは再び訓練室の中央で、アイラと向かいあった。
「…………勝者、アンリ・ベルゲン」
レイナの苦々しい声が響く。
一瞬の静寂ののち、あたりに再びざわめきが生まれた。先ほどの模擬戦闘の後とは比べ物にならないほどに、ざわめきは大きい。
「なんだ、今の。アイラの攻撃が消えたぞ」
「俺、見たことあるよ。結界魔法だ」
「すごいとは思ってたけど、ここまでとは」
「最後にアイラを吹き飛ばした魔法は何だ?」
「もしかして、重魔法じゃないか?」
周りで皆が騒ぐのを無視して、アンリは場外に出て尻餅をついたアイラに手を差し伸べた。意外にもアイラは素直にアンリの手を取って立ち上がる。
「完敗ね。でも、あなたにここまでの魔法を使わせることができて良かった」
「言っておくけど、重魔法は使ってないからね。最後のは、ただの威力の強い風魔法」
「わかっているわよ。私を何だと思っているの」
アイラは不機嫌そうに唇を歪めたが、その表情に先ほどのような恨めしげな怒りは見当たらない。きっと、アンリが相応の魔法力を発揮したことで満足したのだろう。
今回も試合は単純だった。最初に攻めたのはやはりアイラで、今度の攻撃は炎魔法と風魔法の組み合わせだった。重魔法ではないものの、触れれば火傷をしそうなほどの熱風。アンリは結界魔法を使ってそれを防ぐと、すぐに自分も風魔法を使って、アイラの身体を場外へと吹き飛ばすほどの風を吹かせた。
最初こそアイラも攻撃の手を止めて抵抗しようとしたようだが、アンリが風魔法に込める魔力を増やし続ければ、抵抗しきれるはずもない。それほど時間はかからずに、アイラの足は地を離れ、身体は宙を舞った。
ちなみにアンリはアイラが怪我なく着地できるようにと別の風魔法も用意していたのだが、その心配は無用だった。アンリが心底感心したことに、アイラは吹き飛ばされながらも器用に自ら風魔法を発動し、着地については自分でどうにかしてみせたのだ。とはいえ怪我をせずに地面にたどり着くのが精一杯で、尻餅をつくのは避けられなかったようだが。
「……君はどうして、そう極端な試合しかできないんだ」
レイナが呆れた様子でアンリに言った。アンリは肩をすくめて「すみません」と謝ったが、どうして、という彼女の問いには答えられなかった。アンリ自身、意図してやっているわけではない。
まあ良い、とレイナはすぐに口調を切り替えた。
「二人とも、良い魔法の使い方だった。授業中の模擬戦闘として、それぞれ安全に配慮していたのも評価できる」
レイナの講評に、周囲が再びざわつく。皆、安全に配慮という言葉に引っかかったようで「どこが?」「あれで?」「まさか」と仲間内で言い合うのが聞こえた。私語は慎みなさい、というレイナの一喝で、すぐに静まる。
「まずアイラ・マグネシオン。君は風魔法と炎魔法を使ったが、重魔法の使用は控えた。それはこの訓練室の強度を意識してのことだろう。良い判断だった」
ありがとうございます、とアイラが頭を下げる。
「次にアンリ・ベルゲン。君は結界魔法でアイラの攻撃を防ぐ際、弾くことはせずに魔法を吸収し、無効化することを選んだ。周囲で観ている者たちの安全への配慮だろう。素晴らしかった」
思いもかけないレイナの褒め言葉に、アンリはこそばゆく思って俯いた。強力な魔法攻撃を受けたときに弾かず吸収することは、アンリにとって常識だ。ほとんど無意識のうちに行った当たり前の対応をことさらに褒められるのは、むずがゆい。
しかし周囲ではレイナの講評を聞いて、またいっそうのざわめきが起こっていた。「なるほど」とか「そこまで考えていたのか」とか「さすが」とか。中には「こういう奴が防衛局に行くんだろうな」などと、ひがむように言う者までいる。
(……今くらいのでも、そんなふうに思われるのか)
アンリとしてはもちろん、全力を出したわけではない。試合を早く終わらせるために、いつもより少しだけ強い魔法を使ったが、それだけだ。それがここまで騒がれるとなると、騒ぎを起こさないためには、本当に限られた魔法しか使えないということになってしまう。
(いや、それも結局だめなんだよな)
アンリは今日の最初の試合を思い出して、ため息をついた。今さらアンリが魔法力を制限したとしても、それはそれで騒がれるだけだということが、よくわかった。結局、何をしたところで同じなのだ。
(それなら、いっそ……)
模擬戦闘大会におけるダリオとの試合に、どう臨むか。
アンリはようやく心を決めた。




