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 翌日の授業後、アンリはまた騎士科学園の訓練室で、オーティスとの合同演舞の練習に臨んでいた。


 練習を数回重ねると、アンリにもオーティスの動きの癖が掴めるようになってきた。もっとも癖といっても、癖がないことが癖というような具合ではあるが。


 お手本通りの動きなので次が読みやすい。戦闘において次を読まれやすい動きというのは不利になるが、演舞では気にする必要がない。むしろ共に演舞に臨むアンリにとっては魔法を合わせやすいし、観客も、次の動きが予想できるので安心して観ていられるだろう。


「オーティスは本当に動きが綺麗だよな。型が正確で、ぶれも少ない」


 休憩中にアンリが褒めると、例のごとく体力切れで床にぐったりと倒れ込んでいたオーティスは、何とか顔を上げて「それはどうも」と応じた。


「これまで型を重視して訓練してきたからね。その成果が出ているんだとしたら、嬉しいよ」


 訓練の成果としては十分だろう、とアンリは思った。それだけに残念なのは、彼が全く戦闘に興味を持っていないということだ。型を十分に身につけ、これだけぶれのない動きができる彼ならば、少しコツを学ぶだけで戦闘力も飛躍的に伸びるだろう。そうなれば騎士でも戦闘職員でも、きっと活躍できるに違いない。


 しかし、戦闘への興味以前に、そもそもオーティスは将来の道が決まっているという話だったはずだ。

 父親が亡くなっており、その仕事を継ぐ必要があるのだと、彼を紹介してくれたサニアが言っていた。それなら騎士も戦闘職員も、彼の選択肢には元から入っていないだろう。


 それでも、説得もせずに諦めるのは、あまりにも惜しいーーアンリはそう思った。


「オーティスは、卒業後はどうする予定なの?」


 そうしてアンリは何も知らないふうを装って、オーティスに尋ねた。彼は体を起こしながら「言っていなかったっけ」と、不思議そうに首を捻る。


「卒業したら、家を継ぐんだ。早くに父が他界してね。今は母が叔父の助けを得ながら領地経営をしているんだけれど、やはりちゃんとした当主がいないと家はうまく回らないからね。母からも、早く帰ってきてほしいとよく言われている」


 オーティスの表情に暗いところはなく、彼自身は、家を継ぐという選択を辛く思ってはいないようだった。それでもアンリは、彼がその才能を十分に生かせない道を選ぼうとしていることを、惜しく思う。


「それだけの剣の技術があるんだから、何かに生かしたいとは思わないの?」


「そこまで言ってもらえるなんて、ありがたいね」


 未練がましいアンリの言葉に、オーティスは笑いながら「大丈夫だよ」と応えた。


「家を継いだからといって、これまで身に付けた技術が無駄になるわけじゃない。むしろ俺にとっては、家を継いでこそ、これまでの努力をいよいよ生かせる場に立てるということなんだ」


 自信に満ちたオーティスの言葉。アンリはその意味を捉えきれずに、首を傾げた。貴族としての領地経営の仕事のどこに、彼の素晴らしい剣技を生かす場があるのだろうか。


 アンリが眉をひそめて首を傾げていると、オーティスが「そもそも」と言葉を続けた。


「俺が騎士科に入学したのは、三つの中等科学園の中で、貴族としての立ち居振舞いを一番よく学べる学園だと思ったからだ」


 中等科学園には騎士科、魔法士科、研究科の三種類がある。そのうち騎士科は、今でこそ力自慢の入る学園という印象が強いが、元々は騎士を養成することを専門とした学園だ。剣術や体術のみならず、騎士として恥ずかしくないだけの礼儀作法も学べるようになっている。


「卒業すれば成人とはいえ、成人したばかりの若造が当主だなんて、家自体がなめられかねない。だから、せめて礼儀作法はしっかり身に付けておきたいと思ったんだ」


 積極的に剣技を学んだのもその一環だという。ある程度剣を扱えることは、貴族として必要な嗜みだ。貴族の義務として参加が求められるような儀礼的な場面でも、美しい剣技は役に立つ。


 オーティスの言うことはよく理解できた。彼は、彼自身の将来のために必要なことを学んだ。その結果が、今の彼の剣だということなのだろう。彼にとっては予定していた道に進むことこそが、今の自分の力を生かす選択なのだ。ほかの道など、考える必要が無い。


 しかしそれでも、アンリにはもったいないと思えてしまった。彼の剣を、もっと生かす道があるのではないか、と。


「家を継いだからって、他の道を全く選べなくなるわけじゃないだろ。傭兵は無理だろうけど……防衛局に勤めるとか、騎士になるとか、兼ねられる仕事は色々とあると思うんだけど。考えたことはない?」


「たしかに、そうしている人は多いね」


 アンリの言葉に、オーティスは間髪入れずに答えた。きっと以前に考えたことがあって、彼の中ですでに答えが出ている問題なのだろう。


 案の定、彼の口からはするすると答えが出てくる。


「でもそういう人はだいたい、若い頃から防衛局なり騎士団なりで働いていて、後から当主の座が降ってくるんだよ。慣れた仕事との両立なら、きっとできるだろうさ。俺の場合、同じことをしようと思うとどちらも初めてのことになる。とてもじゃないけれど、上手くできる気はしないよ」


 そういうものか、とアンリは頷くしかなかった。たしかにそもそも当主としての仕事が初めてという中で、さらに別の慣れない仕事をというのは難しいかもしれない。


 それでもアンリは諦めきれずに、苦し紛れに続けた。


「じゃあさ、卒業後すぐじゃなければ、何か考える? 当主としての仕事に慣れてきたら、新しく何かを始めるとか」


 そう問うと、オーティスは初めて、意外なことを聞かれたという様子で目を丸くした。


「……そんなことを言われたのは、初めてだな。慣れてきたら、か」


 オーティスはアンリの言葉を繰り返すと、「うーん」と唸って目を閉じ、悩むような間を置いた。ややあって目を開け、困ったような苦笑をアンリに向ける。


「まあ、今考えることではないかな。ほかのことに目を向ける余裕ができたら、そのときに考えるよ。……でもたぶん、騎士団とか防衛局とかを目指すことはないだろうな」


「え、なんで」


「だって俺、戦闘が好きではないから。もちろん騎士団も防衛局も、荒事ばかりやっているわけではないことは知っているよ。でも、少なからずそういった仕事もあるだろう? よほどの事情があってやらなければならないというなら別だけど、そんな場面、そうそう思いつかないよ」


 ああ、そうだった、とアンリは肩を落とす。そういえばオーティスは、戦う剣をあまり好ましく思わないというようなことを言っていた。いくら才能があっても、選択肢があっても、本人にその気がないのに無理強いはできない。


「……じゃあ、剣舞は? そんなに上手いんだし、好きなんだろ? それを仕事にしようとか、何か考えないの?」


 苦し紛れのアンリの問いに、オーティスは肩をすくめて「できるわけないだろ」と、考える様子もなくずばりと答えた。


「たいしたことのない小さな家とはいえ、一応は貴族の家なんだ。剣舞なんて生業にしたら、馬鹿にされる」


 それはそうだ、とまたもアンリは頷くしかなかった。剣舞は芸術ではあるが、見せ物だ。趣味として嗜むのなら良いが、貴族が表立って仕事にするようなものではない。


 どのみち、とオーティスは続けた。


「前にも言ったけれど、俺の剣舞は趣味の域を出ないよ。仕事にできるほどのものじゃない」


 そんなことはないと思うけれど、とアンリは否定する。しかしその声は、どうしても弱くなった。アンリから見てオーティスの動きは素晴らしいのだが、アンリは芸術に対する自分の感性に自信がない。自分が良いと思うものが、本当に世間一般的に良いものなのか、わからないのだ。


 アンリがまごついていると、オーティスは「でもまあ」と鷹揚に笑った。


「アンリ君の言うように、余裕が出てきたら何か自分のやりたいことを考えてみるというのは、良いかもしれないね。特に剣舞は好きだから、時間が出来たらぜひ趣味として改めてやりたいな……そのときに困らないように、少しずつでも、練習だけは続けるようにしよう」


 アンリはオーティスの剣の腕を何かしらの仕事に生かしてほしかったのであって、趣味として続けるよう促したつもりはない。けれどもオーティスはすでに自分の考えを固めてしまったようで「うん、良いことを聞いた。ありがとう」などと、大きく頷いている。


 礼を言われる筋合いなどないのだが、今さら否定する気にもなれず、アンリはただ肩をすくめた。その仕草をどう捉えたかわからないが、オーティスはにっこりと笑うと、立ち上がって伸びをする。


「さて、話もひと段落したし、そろそろ練習を再開しようか」


 どうやら練習を続けられる程度には体力が回復したらしい。

 アンリも仕方なく、それまでの話を忘れることにして立ち上がった。

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