(14)
ダリオとアリシアの試合はとても美しく、アンリも思わず見入ったほどだった。
剣の型の応酬のような試合だった。決まった型で打ち込み、それに合わせて返すことの繰り返し。だからといって、決してつまらないものではない。二人とも乱れることなく一つ一つの技を完璧にこなすので、その所作がそもそも美しい。
それでいてダリオが主導して技に緩急をつけるので、アリシアが必死になってついていくという場面も見受けられた。勝負として見ても、面白い試合だ。
(……こういう試合も、案外面白いな)
アンリが普段やっている模擬戦闘では、型などほとんど意識しない。ルールさえ守ればどんな手を使おうと、勝てればそれで良いのだ。観る者からすると迫力はあるだろうが、乱暴な戦いに見えるだろう。
一方でダリオとアリシアの戦いは、迫力こそアンリの模擬戦闘には劣るだろうが、観る者を惹きつける魅力と気品がある。
見映えがするように、観る者を意識しろーーかつて騎士から言われた文句は、こんな試合を実現するための指導だったのだということに、アンリは初めて気がついた。
(あのときは一方的に反発して、悪いことしちゃったな。観客のいる試合なら、こういうのも悪くない)
ダリオとアリシアは剣での応酬を続けているが、アンリがやるならここに魔法が加わるだろう。魔法を使って同じような試合をするとしたら、どうすれば良いだろう。
(威力が強いだけの魔法じゃ駄目だよな。相手の技を弾くんじゃなくて、受け流して、綺麗に攻められるような魔法。アイラの使う氷魔法なんかは、上手く見せれば良い試合ができそうな……あっ)
色々と考え込んでいるうちに、パンッと小気味良い音が響いて、アリシアの持っていた剣が宙を舞った。速さに追いつけなくなったアリシアの剣を、ダリオが弾いて飛ばしたのだ。
試合は三本行うと聞いている。そのうち最初の一本が、これで決した。
「あんまり乗り気じゃなかった様子だったのに、ずいぶん熱心だね」
ふと隣からオーティスが、アンリの顔を覗き込むようにして言った。いつの間にかアンリは身を乗り出すようにして、試合に夢中になっていた。気まずくなって体勢を戻したアンリは、小さく咳払いして「別に」とつぶやくように応じる。
「思ったより面白いなと思って。ダリオ先輩はすごいね。アリシアだって弱くはないのに、本当に、全然相手になっていない」
「でも、良い勝負に見えただろ」
オーティスの言葉に、アンリは深く頷いた。
やろうと思えばダリオは開始早々にアリシアに勝つこともできただろう。それでいて試合が長く続いたのは、ダリオが勝ちにこだわらず、アリシアを指導するという目的のもと、彼女に合わせて剣を振るっていたからにほかならない。
それでも試合は一見して互角に繰り広げられているかのように見えた。だからこそ、勝負として面白く見えたのだ。
「アンリ君ならどう? ダリオ先輩とこうやって面白い勝負ができるかな」
「どうだろう。さすがに剣だけだと勝負にならないだろうから、魔法をうまく使わないと。でも、あの剣を相手にするなら、あまり乱暴な魔法は使いたくないね。とはいえ簡単な魔法じゃ、あの先輩には勝てない気がするし……」
ここまで言ってアンリは、横で話を聞いているオーティスがにやにやと人の悪い笑みを浮かべていることに気が付いた。
「……何、その顔」
「いやいや。やっぱり、ダリオ先輩と戦いたいんじゃないかと思って。しかも、勝ちにいこうとしている。今からでも遅くはないから、試合の申出を受けるって言ってきなよ」
「嫌だよ。ここが俺にとって敵地であることに変わりはないから」
「敵地って、大袈裟な」
オーティスは呆れた顔をしているが、アンリにとっては大事なことだ。試合中に使う魔法のことは気を付ければなんとかなるかもしれないが、試合前後の作法にうといことに変わりはない。
ダリオ自身がうるさく言わずとも、周りの騎士科生たちからは何を言われるかわからない。そんな場に自ら身をさらすなど、ごめんだ。
「とにかく、ここではやらないよ。ほかで模擬戦闘でもやる機会があれば考えるけれど。でも、そんな機会はそうそうないだろうね」
騎士科と魔法士科とで対戦する機会など、交流大会くらいしかないだろう。しかしアンリはすでに公式行事で模擬戦闘を選ばないことを決めているし、有志団体の模擬戦闘大会には、三年生以上は出ないものと聞いている。ダリオと模擬戦闘をする機会が今後あるとは思えない。
「ふうん、つまらないな。……でも、騎士科じゃない場所であれば、考えるんだね?」
「何か、変なことを考えてる?」
「何も。それよりほら、二戦目が始まるよ」
目を向けた先では、息を整えたダリオとアリシアが、再び向かい合っているところだった。
二戦目も同じようにダリオが主導するのだろうか。それとも何か別の戦い方が見られるのだろうか。
口を閉じたオーティスに倣って、アンリも会話を一旦置いて、目の前の試合に集中することにした。
二戦目、三戦目も、アンリは面白く見ることができた。というのも、二戦目は一戦目と趣が異なり、更に三戦目はそれまでの二戦と一線を画す試合になったので、見ていて飽きることがなかったのだ。
二戦目は、アリシアが主導することになった。
どうやら事前にそういう打ち合わせをしていたらしい。ダリオはアリシアの攻撃を受け流し、ときに反撃するものの、基本的には自ら試合を動かそうという態度は見せなかった。一戦目のように技に緩急をつけることもなく、ただ淡々と、アリシアの技を受け続けた。
一方でアリシアはそんなダリオの隙を突こうと、あれやこれやと多彩な技を繰り出した。一戦目のダリオほど自然にとはいかないが、技に緩急をつけて、相手を翻弄しようともしていた。それで翻弄できるほど甘い相手ではなかったのが残念なところではあるが。
長い試合になった。ダリオが隙を見せないうちに、アリシアの体力の限界が見え始めた。息が上がり、汗が飛び、精彩を欠いた動きが増える。動きに隙が目立つようになって間もなく、ダリオがその隙の一つを突いて、試合を終わらせた。
アリシアがへたり込むほどに消耗しているのに対して、ダリオはほとんど息を乱してすらいなかった。もちろん技の精度が高く最小限の動きで試合をこなしているからということもあるだろうが、根本的な体力も凄まじいのだろう。アンリですら、同じような試合運びをしたとして、彼のように全く平気な顔をしている自信はない。
そしてアリシアが落ち着くのを待ってから行われた三戦目は、打って変わって、あっという間に終わってしまった。
おそらくダリオは最後の試合だけ、本気でアリシアを倒しにかかったのだ。一、二戦目とは異なり、試合を長く続けて指導をしようという優しい空気は一切感じられなかった。力強い剣にアリシアは圧倒され、二、三度剣を打ち合わせただけで、彼女は剣を取り落としてしまった。
本気といっても全力ではなかったのだろう。ダリオは涼しい様子で剣を収めると、アリシアと握手を交わし、それから観客に対してにこやかに手を振った。その様子は試合前と変わらず穏やかで、余力を残していたのであろうことがうかがえた。
アリシアは少しのあいだ悔しそうな顔をしていたが、ダリオに促されると、観客に対して頭を下げた。
そんな二人に、観客からは大きな拍手が上がった。
「見てよかっただろう」
公開稽古を見終えて元の訓練室に戻る道すがら、オーティスが興奮気味に言った。
「ダリオ先輩の剣技の美しさと強さ。それと比べてしまうと見劣りするけれども、アリシアだって十分すごいんだよ。なにせ、あのダリオ先輩の剣をあれだけ受けられるんだから。とくに最後の一戦なんて、アリシアでなければ一撃で勝負が決まっていたんじゃないかな」
そうかもしれないね、とアンリはうわの空で相槌を打ちながら、自分なら、と考える。
最後の一戦のダリオの剣。自分ならあれを受け流し、さらに彼の底力を引き出し、その上で勝つことができるだろうか。
(……剣だけじゃ、無理だな)
防衛局の戦闘部で訓練していた経験から、アンリも人並み以上に剣を扱うことはできる。特に得意の短剣二本で戦うことが許されるなら、本職の騎士にさえそう簡単には負けないという自信もある。
しかしダリオを相手にするのなら。剣だけで彼に勝つ道筋が、アンリには想像すらできなかった。
騎士との試合であることを忘れてなりふり構わず剣を振るったとしても、ダリオが本気を出せば、きっとものの数秒でアンリは負けることになるだろう。
(魔法を使うにしても、うまく使わないとな)
魔法を使えば、さすがに負けることはない。
しかし勝ちだけを求めて思いのままに魔法を使えば、勝負は一瞬で決まってしまうだろう。先ほどの三戦目でアリシアはダリオの攻撃を数回耐えたが、アンリが本気で魔法を使えば、ダリオは一度とて耐えることはできないはずだ。
勝つことはできる。しかし、それではつまらない。
騎士との試合として、見栄えのする戦いをしなければならないという前提もある。しかしそれ以上に、アンリはダリオの全力というものを見てみたいと思っていた。アリシアとの試合では見せなかった彼の底力を引き出し、その上で勝ちたいのだ。
(でも、だからって手を抜くと、逆にこっちが負けそうだな。勝負を決めない程度の強さと速さの魔法で攻めて、相手が本気になってきたところで、負けないうちに片をつける)
なんとも大雑把な作戦ではあるが、模擬戦闘では、この程度の考えで臨んでその場合わせで動いたほうが、案外うまくいくものだ。特に相手がある程度強くて大きな手加減が不要な場合、身体が動くに任せれば、だいたいうまい具合に事が運ぶ。
(でも、あんまり考えなしにやると、また騎士の人たちに怒られるかな。そういうのを気にせずに試合のできる場があればいいんだけど)
「アンリ君?」
突然横から呼びかけられて、アンリははっと我に返った。
「どうしたの、ぼうっとして。ほら、着いたよ。この後はどうしようか。まだ時間はあるけど、練習を再開する?」
「え、ああ、うん。どうしよっか」
気付けば元の訓練室だ。隣でオーティスがアンリに目を向けて首を傾げている。
思い返せば、合同演舞の練習の休憩中にダリオとアリシアの公開稽古を観に行っただけなのだ。充実した試合を見ることができたので長い時間が経ったように感じるが、まだ外も明るい時間帯。練習を再開すれば、それなりにできることもあるはずだ。
「練習できる日も限られてるから、もう少しやって行こうか。オーティスは、疲れは取れた?」
「俺は大丈夫だけど、ええと、アンリ君はさ……」
オーティスが苦笑を浮かべて目を逸らす。
何だろう、何か言いづらいことでもあるのだろうかと考えてから、アンリも気が付いた。
アンリは先ほどダリオからの試合の申出を断る際に、今日はもう魔法を使いたくないと言って魔力切れを示唆したのだった。オーティスはそれが嘘であることに気付いているようだから良いが、この訓練室であまり派手に魔法を使って、外からダリオに気付かれるなどということがあっては問題だろう。
「あー、えっと……」
アンリは気まずい思いで言葉を探した。
「……今日はやっぱり、もう魔法を使うのはやめておきたいな。さっきの練習を踏まえて、演技計画を二人で考える時間にするっていうのはどうかな」
それがいいね、とオーティスも苦笑混じりに頷いた。




