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 公開稽古の会場とされた訓練室は、アンリたちの使っていた訓練室の倍以上の広さのある大きな部屋だった。部屋の中央でアリシアと何やら話し込んでいる背の高い男子が、ダリオ・ソルヴィーノだろう。


 部屋の壁ぎわには簡易椅子がたくさん並んでいて、どうやらそれが見学者用らしい。椅子にはまだ誰も座っていない。オーティスの話しぶりからして、人気がないわけではないだろう。公開稽古を始めるまでに、まだ時間があるのかもしれない。


 アンリたちが訓練室に足を踏み入れると、すぐにダリオが振り向いた。アンリを見て、にこりと微笑む。


「やあ、アンリ君だね。君のことは知っているよ。去年の交流大会では大活躍だっただろう。君とも手合わせしたいと思っていたんだよ。どうだい、今日、アリシア君との稽古の後、君も一戦やっていかないか」


 突然そんな誘いを受けて、アンリは顔をしかめた。そんなアンリの反応を気にすることなく、ダリオは笑顔のままアンリたちに歩み寄る。


「自己紹介がまだだったね。ダリオ・ソルヴィーノだ」


「……アンリ・ベルゲンです」


「お、俺は、三年のオーティスといいます。オーティス・ティンダー」


「ああ、君のことも知っているよ。このあいだの学内大会の剣舞は見事だった」


 学内大会なんてものがあるのか、とアンリは興味深く思ってオーティスに尋ねようとしたが、彼はそれどころではないようだった。ダリオの言葉に感激した様子で目を潤ませている。くだらない質問で彼の感動を邪魔してはいけないと思い、アンリは口をつぐんだ。


 オーティスのような大袈裟な反応にも慣れているのか、ダリオは動揺することなくにっこりと微笑むと、改めてアンリに向き直った。


「それで、アンリ君。どうだい、やってみないか」


「お断りします」


 再度の誘いに、アンリは気を引き締め直して即答した。観客のいる前で騎士科の四年生、しかも王宮騎士団への入団が決まっているような人と試合なんて。絶対にごめんだ。


 このアンリの答えには、ダリオは少なからず驚いたようだった。断られるなど思ってもいなかったという様子で目を見開く。

 ダリオの後ろからやって来たアリシアも、不思議そうに首を傾げていた。


「どうしてよ、アンリくん。私とはやってくれたじゃないの」


「そうだよ、アンリ君。ダリオ先輩と試合ができる機会なんて滅多にないんだから、もったいないよ」


 横からも、オーティスが諭すように言う。


 誘いを断っただけなのに、なぜだか責められているようだ。アンリは三人の視線を避けるように顔を逸らした。


「俺、騎士の作法には疎いんです。王宮騎士団に入ることが決まっているような人と、人前で試合なんかできません」


「……そんな理由で断られたのは初めてだよ。僕の将来がどうであれ、今は学園生だ。作法なんて、気にする必要はないのに」


「ここは騎士科の学園です。しかも、観客がいる。全然気にしないというわけにはいかないですよね。先輩たちが作法と思っていない程度の習慣みたいなものだって、俺はわかっていないんですから。そんなことで恥をかきたくはありません」


「だが……」


 ダリオは反論をしかけたが、言葉が見つからなかったようで、そのまま曖昧に口を開いたまま黙ってしまった。アリシアもオーティスも何も言えないようで、広い訓練室がしんと静まりかえる。


 その間にアンリは深呼吸して気持ちを落ち着けた。別に、言い争いをしたいわけではない。ダリオやオーティスたちを困らせたいわけでもないのだ。

 ただ、試合の申し出を受けないということに納得してもらえれば、それで良い。


「……それに今日は、さっきまで合同演舞に向けての練習をしていたところなんです。これ以上、魔法は使いたくありません」


 魔力切れをほのめかすと、ダリオもようやく理解が及んだような顔をして、開いたままだった口から「ああ」と声を漏らした。最初から嘘でもそういう理由をつけて断っておけばよかったのかと思いながら、アンリは言葉を続ける。


「せっかく誘ってもらったのに申し訳ないですけど、今日は見学だけにさせてください」


「……そういうことなら、仕方ないね。でも、ぜひ君と戦ってみたいという気持ちに変わりはない。いつかまた誘わせてもらおう」


 アンリは嫌な顔をするのをこらえて「ぜひ」と社交辞令として応じた。交流大会に向けて騎士科学園に出入りしているとはいえ、そうそう会う機会があるわけではないだろう。今さえやり過ごしてしまえば、実際には誘われることなど、ないに違いない。


「じゃあ、今日は楽しんでいってくれ」


 ダリオに勧められて、アンリはオーティスとともに特等席とも言える一番前の席に座り、ダリオとアリシアの訓練を眺めることになった。






 しばらくすると、アンリが驚くほどに見学者が集まってきた。簡易椅子はたくさんあったはずなのに、その全てが埋まっただけでなく、立ち見の人まで集まっている。


「すごい人だね」


「当然だよ。ダリオ先輩はもちろんのこと、アリシアだって有名人なんだから。彼女、ダリオ先輩の次くらいの実力者だよ」


 そうだったのかとアンリは驚いて、改めてアリシアに目を遣った。先ほどまではダリオとあれこれ話をしたり、事前の手合わせをいくらかしていたが、今は壁際に置いた椅子に腰掛けてじっとしている。稽古といっても観客のいる試合形式。集中を高めているようだ。


 過度な緊張を感じさせないその姿は、それなりに場慣れしている様子ではある。しかし、学園で二番目の実力者と言われると、アンリとしては懐疑的にならざるを得ない。


 というのも、もう一方のダリオに目を遣ると、アリシアとは比べ物にならないほどの余裕が見て取れるからだ。彼はアリシアとの話を終えた後、用意した椅子に座ることはなく、やって来た見学者たちにひたすら愛想を振り撒いて回っている。よく来てくれたとか、椅子が足りなくて悪いねとか。前に出ないように、背伸びをしないようになどと見学者の列を整理している様子など、とてもではないが、これから試合をする当人とは思えない動きだ。


 それだけ余裕があるということに違いない。


「ダリオ先輩は特別だから。アリシアが二番目と言っても、実力差は大きいよ」


 アンリの疑問の表情に応えるように、オーティスが言った。


 オーティスによれば、ダリオの父は王宮騎士団で副団長をしている人らしい。その父親から剣を習ったダリオは、入学したときから剣の腕どころか騎士としての礼儀作法まで完璧で、教師からも「いつでも騎士団に入れる」とお墨付きをもらっていたのだという。


 学園内に敵は無く、競い合えるほど実力が拮抗した者もいない。それでも彼はくさることなく訓練を続け、経験を重ねてさらに力をつけた。


「そんな人だから、力はずば抜けているんだ。アリシアのほうはダリオ先輩の次とは言ったけど、正直なところ、彼女に並ぶ人はたくさんいる。一位と二位の差が大きいんだよ」


 話を聞きながら、試合を断っておいて本当に良かったとアンリは胸を撫で下ろした。


 それだけの実力者ということは、王宮騎士団でもきっと目立って活躍するだろう。幹部候補ということになるかもしれない。


 そんな相手に負けたと知れたら、防衛局で隊長たちに何を言われるかわからない。一方で勝ってしまえば、それはそれで学園で何を言われるか。


 何もしないでおくことが一番だ。


「ところでアンリ君、さっきは何で断っちゃったのさ。ダリオ先輩からの試合の誘いなんて、光栄なことだよ。騎士科なら、断る人なんてまずいない」


「その感覚はわからないな。俺は、騎士科じゃないし」


 オーティスはきっと、魔力切れというのが単なる口実に過ぎないと気付いているのだろう。アンリの魔力にはまだ余裕があるとわかっているに違いない。


 それでいてダリオの前ではそのことを言わずにいてくれた。その優しさに応えて、アンリも誠実に、嘘偽りなく答える。


「断った理由は、最初に言ったとおり。騎士の試合って、最初に名乗りを上げたり、型を披露したりっていう決まり事があるだろ。それに試合が始まってからも、決められた型を意識した動きが求められる」


「そんなこと。魔法士科のアンリ君が合わせなきゃいけないってことはないだろう」


「そうかな。ここは騎士科の学園で、見ているのはみんな騎士科生だ。俺がいつもの模擬戦闘のつもりで好き勝手にやったら、きっと色々と言われるよ」


 型に合わせて対応しろだとか、見映えのする魔法を使えとか、観る者のことを意識しろだとか。アンリはかつて防衛局職員として王宮騎士団の騎士との模擬戦闘に臨んだ際に言われたことを思い出す。


 騎士というのはとにかく見た目を気にするものだ。たしかに王宮の権威を示すという意味では、それも必要なことなのだろう。


 しかし、だからといって防衛局との模擬戦闘にまでその理屈を持ち込むのは、本当に勘弁してほしい。


「……ええっと、アンリ君。何かそういう経験でもあるの?」


 アンリが強く眉間に皺を寄せていると、オーティスが訝しそうに言った。アンリははっとして「ないよ。そういうわけじゃない」とはっきりと否定する。まさか、本職の騎士との試合の経験があるなんて、オーティスに言うわけにもいかない。


「知り合いから、そういうことがあったと聞いたんだ。すごく面倒だったって」


「そっか。……この試合が、アンリ君の先入観を払拭してくれるといいんだけど。ほら、そろそろ始まりそうだよ」


 促されて中央に目を向けると、いつのまにかアリシアが椅子から立ち上がっていた。ダリオも観客の誘導を終えて、訓練室の中央へと歩を進める。自然体のようでいて、試合前の緊張を湛えた隙のない動きだ。


 何の合図があったわけでもないが、いよいよ始まるということを、誰もが肌で感じていた。ざわついていた観客が静まりかえる。


 アンリもオーティスとの話をやめて、観戦に集中することにした。

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