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攻守が入れ替わった。アイラの掌がアンリに向けられて、そこから火が噴き出した。火魔法というよりも、それを一段強力にした火炎魔法といった方が正確だろう。戦闘魔法だ。
戦闘魔法である風魔法や結界魔法が使えないことになっているアンリは、自分の前に水の壁を立ち上げることで炎を防ぐ。しかし、火に水はあまり相性がよくなかった。発生した蒸気で、アイラの姿が一瞬見えなくなる。
アンリは背後を振り返った。アイラの姿がそこにある。一瞬の隙に移動魔法を使ったのだろう。その手には、氷で作られた長剣が握られていた。
勢いよく突き出された剣を、アンリは素手で受け止めた。掌に剣が突き刺さる直前に、構造魔法を使って氷の構成を変える。剣は瞬時に水となり、パシャリと床に散った。
アイラは驚愕の表情をみせたが、すぐにその場を飛び退いた。
「……やるじゃないの」
「そう思うなら、はやく本気でかかってきなよ。もっと強い魔法が撃てるんだろ?」
「あら、強気なのね」
意外そうにアイラが目を丸くした。しかし、焦って攻撃してくる様子は見られない。アンリとしては煽ってでもさっさと勝負を終わらせたいのだが、アイラには上手く通じないようだった。
仕方なくアンリは、再び自分から仕掛けることにする。アイラの手を真似て、移動魔法で至近距離に迫る。木魔法で作った短い木剣で、アイラの胴を薙いだ。
しかし剣がアイラの身体に触れることはなく、人体よりも柔らかい手応えで跳ね返される。水魔法による防護だ。
アンリはもう一本木剣を作って両手に持ち、攻撃の手を緩めずにアイラを攻めた。右から、左から、上から、下からと打ち込まれる打撃を、アイラはときに水、ときに氷と魔法を使い分けて防御する。いっとき炎で防がれて剣が燃えたが、アンリは慌てずに、すぐに新たな木剣で攻め直した。
打撃は全て防がれた。大したものだと、アンリは感心する。ずいぶん手加減してはいるが、掠るくらいはすると思っていた。中等科学園の一年目とは思えない。今のままプロの戦闘職員となっても、ある程度通用するのではないだろうか。
攻防を続けてもらちが開かないので、いったん離れて距離を取る。ちょうどそのとき、アンリはキンッと頭の奥に響く合図を受け取った。誰かが学園の外の結界に引っかかった。こんなときに、とややつまらなく思って舌打ちする。
その隙に、アイラが右手に大きな魔力を練り上げた。
「私を前に余所見なんて、よほど余裕なのね!」
どうやらアンリの意識が外へ逸れたことに気付いたらしい。観察眼が優れている。
アイラが練り上げた魔力は風と炎に分離して手から放たれた。細く鋭い竜巻に炎が乗ってアンリに迫る。実演で見たときに比べ、重魔法に近付いていた。
アンリは周囲に水魔法で水球を大量につくり出し、竜巻にぶつけて勢いを削いだ。それでも向かってくる竜巻を、右に跳んで避ける。
「甘い!」
そのままアンリのいた場所を貫くかと思われた竜巻が、くいっと向きを変えてアンリに迫った。アンリはやや驚いて、さらに右に跳ぶ。竜巻はまたアンリを追った。
(ここまで使いこなせるのか……)
魔法の練度に感心しながら、アンリは避けるのを諦めて竜巻を迎え撃つことにした。間近に迫った竜巻から人の速さで逃れるのは不自然だ。戦闘魔法を使ってよいなら簡単だが、生活魔法でこれを防ぐとなると。
アンリは竜巻に両手を向けると、その掌に空間魔法を発生させた。掌近くの空間をアイラの背後に繋げる。アンリに迫った竜巻は掌の空間魔法に吸い込まれ、そのままアイラを襲った。
はっと気付いたアイラはすぐに魔法を解除したが、少しだけ遅かった。消えきらずに残った風と炎が、アイラを後ろから押し倒す。
立ち上がろうとするアイラの手と足を、アンリの木魔法で生まれた蔦が縛り付けた。
「チェックメイトかな。降参する?」
「っだれが!」
アイラの手足を押さえる蔦が燃え出した。蔦は瞬く間に燃え落ちるが、火はアイラ自身の服や肌にも燃え移る。
アンリははっとして距離を取りつつ、アイラの上から水を降らせて鎮火させた。
「……模擬戦闘くらいで、そこまでするなよ」
「うるさい、わね。どこまでやろうと、私の勝手でしょう」
全身ずぶ濡れになったアイラは、さすがに火傷が痛むのか、険しい顔をして肩で息をする。その右手に、再び魔力が集まった。
先刻ほど魔力の量は多くない。おそらく魔力切れが近いのだろう。アイラの魔力が切れれば、アンリの勝ちだ。
けれど、アイラが集めた魔力を魔法に変換することはなかった。
その前に訓練室の入口の扉が、轟音をたてて崩れ落ちたからだ。




