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魔法器具製作部での体験は、全員、予定通り三日間で終了することとなった。
アンリのほかの四人は、マークの用意した見本どおりの収納具を完成させた。完成した収納具は四つとも綺麗に同じ形をしていて、並べて置くと、どれが誰の作った収納具なのか簡単には見分けがつかないほどだった。
アンリだけは初日の構想通り、ミルナに贈るための一風変わった収納具を作った。準備の段階で既に皆を驚かせてしまったという自覚のあったアンリではあったが、完成させた際に「本当にできちゃったんだ……」とマークを更に驚かせてしまったのは想定外だった。準備段階で止めておけばよかったという後悔を少しだけ抱いたものの、想定できなかったものは仕方がない。
アンリは収納具の表面に、ミルナの気に入りそうな模様を描いた。ミルナは魔法器具であっても見た目を気にすることが多く、ただの無骨な箱では、受け取ってもらえないことも考えられたからだ。
その模様もあって、アンリの作った収納具は、並べると五人の収納具の中でとても目立った。
こういう見た目の加工は、魔法器具というよりも魔法工芸の領域だろうけど……と考えて、アンリはふと気がついた。魔法器具製作部と魔法工芸部とで協力して何かを作るなら、こういう作品になるのではないだろうか。
つまり、魔法器具製作部で作った魔法器具に、魔法工芸部で色や柄をつければ良いのだ。
我ながら良い案だと思ったアンリは、その場でそれをマークに提案した。話を受けたマークは「え、ああ、うん、良いと思う」とアンリの案を認めてくれた。
しかし、なぜか言葉がぎこちない。そのうえ表情は苦笑いだ。
はて、と首を傾げるアンリに対して、マークは「でも」と言葉を継いだ。
「良いとは思うけど、アンリ君なら、全部一人でできちゃうから。二つの部活動で協力はできるけど、アンリ君とは協力できないかもね」
そんなことを言われてしまい、アンリは愕然として言葉を失った。
アンリにとっては想定外のそんな一幕はあったものの、魔法器具製作部での体験の三日間はこうして、おおむね穏やかに過ぎたのだった。
それにしても、とアンリは完成した収納具を眺めながら考える。
(魔法器具ならこうやって、ちょっと考えれば色々と新しいことも思いつくのに。やっぱり、向き不向きっていうのがあるのかなあ)
これから交流大会までにやらなければならないことを考えて、アンリは大きくため息をついた。
魔法器具製作部の体験が終わった翌日、授業を終えたアンリは、騎士科の学園へと向かった。アンリの都合で前回からだいぶ間が空いてしまったが、オーティスとの合同演舞の練習だ。
「……やっぱり、何も思いつかなかった」
肩を落として報告するアンリに対して、オーティスは笑いながら「そんなに気にしなくて良いよ」と応じた。
「もしアンリ君に何かやりたいことがあるならって思っただけだから。俺ばかりやりたいことをやっているようだと、なんだか申し訳ないし」
申し訳ないのは自分のほうだ、とアンリはいっそう気を落とした。
合同演舞でやりたいことがあったら教えてくれ、と言ったオーティスに対して、アンリは「考えさせてほしい」と答えを保留にしていた。
合同演舞において自分がやりたいことは何だろう。何か面白いことができないかーー前回の練習からしばらく日が空いていたので、考える時間は十分にあった。それなのに、アンリは結局、何も思い付くことが出来なかったのだ。
昨日までの魔法器具製作部での体験のように、魔法器具のことならあれやこれやと考えているうちにすぐに何かしら思いつくことができる。一方で合同演舞については、頭の中でぐるぐると色々考えてみても、何も思い付かない。向き、不向きという話をすれば、明らかにアンリには向いていないのだ。
「ねえ、オーティス、本当に俺でよかった? 今からでも相手を変える?」
合同演舞をうまくこなす自信がなくなって、アンリは思わずそんなことを口にしていた。オーティスが驚いた様子で目を丸くする。
「何を言っているんだ。気にしなくて良いって言っているじゃないか」
「でもさ、たぶん俺、魔法演舞が向いていないんだ」
言われた魔法をこなすことには自信がある。前回はオーティスとタイミングを合わせるのに苦労したが、そのくらいであれば今後、練習を重ねれば何とかなるだろう。
しかし、根本的に演舞が向いていないのだ。何かアイディアを出せと言われてもできないし、より良い演舞を目指したいと言われても、そのために何をすれば良いかを考え出せる自信がアンリにはない。
オーティスの演舞の才は素晴らしいものだ。演舞に関して全く造詣のないアンリでも、彼の才能くらいはわかる。その彼の相方として、言われたことしかできないような自分はふさわしくないように思えてならない。今からでも、オーティスはもっとふさわしい相手を探すべきなのではないか。
アンリはそんなことを延々と、呟くように、そして諭すようにオーティスに訴えた。途中までは「そんなことはない」とか「大丈夫だよ」とか、アンリを励ますような相槌を打っていたオーティスだが、そのうち相槌を止め、面倒くさそうな顔になった。
「だからさ、オーティスには俺なんかじゃなくて、もっとちゃんと魔法演舞ができるような……」
「ねえ、アンリ君」
アンリの弱音を、ついにオーティスが遮った。はっとして言葉を止めたアンリに、オーティスはたたみかける。
「誘ったのは俺のほうなんだ。俺が期待したのは、元々君の魔法の腕なんだよ。魔法演舞の発想力を期待したわけじゃない」
「えっ」
「当たり前だろう、俺は君の模擬戦闘しか見ていないんだから。君の魔法技術を見て、一緒にやりたいと思ったんだよ。ただ、俺だけが楽しむのは申し訳ないかと思って、一応君の希望を聞いておこうと思っただけだ。それがアンリ君を悩ませる結果になったなら、それこそ悪かったよ」
突然オーティスが頭を下げたので、アンリは慌てた。自分が悪いと思っていたのに、色々話していたら、結果としてオーティスに謝らせることになってしまった。アンリが動揺して言葉を見つけられずにいるうちに、オーティスはさっさと頭を上げて「それで」と言葉を継いだ。
「アンリ君が何も思いつけなかったとしても、俺にとっては何も問題無い。むしろ、俺の好きなことを、俺が好きなようにできるってだけなんだから。君は、俺が言うように魔法を使ってくれさえすれば、それでいいんだ。今日までに何も思い付かなかったことなんて、全く気にしなくていい。……だけどさ、アンリ君は、本当にそれで良い?」
改めて問われても、アンリには何と答えて良いかわからない。首を傾げていると、オーティスはまた最初のように笑った。
「向いていないと思っても、俺と一緒にやってみようって思ってくれたんだろ? 苦手を克服してみたいとか、そういうことを思ったんじゃないの?」
「……そりゃあ、思わないことはないけど。でも、そんなことにオーティスを巻き込むわけにいかないだろ」
「だから、そんなふうに難しく考えなくて良いってば」
こらえかねたように、オーティスが声を立てて笑った。
「つまり俺はさ、アンリ君の魔法技術を利用しようとしているんだよ。魔法さえやってもらえれば良いと思っているんだ。だからアンリ君だって、苦手を克服したいなら、俺を利用するくらいのつもりでいてくれて構わないよ」
お互い様なんだから、とオーティスが言う。
きっとオーティスはアンリが気を遣わないようにと、あえて乱暴な言い方を選んでくれているのだろう。その気遣いを無下にするほうが申し訳ないように思えて、アンリは「そこまで言うのなら」とようやく笑顔になって、頷いた。
アンリの顔を見て、オーティスも「よし」と頷く。
「それじゃあ、練習を始めようか。とりあえず前回と同じことを、もっと息を合わせてできるように頑張ろう」
そうしてようやく、その日の練習が始まった。
しばらく練習を続け、オーティスが「もう無理」と音を上げたところで一旦休憩することになった。
「……相変わらず、アンリ君は、平気な顔、してるね」
換気のために訓練室の扉を開け放つアンリに、オーティスが座り込んだまま言う。息が上がって汗だくで、立ち上がりたくもないという様子だ。
「前にも言ったけど、俺は魔法を使っているだけだから。水飲む?」
オーティスの荷物から水筒を取り出して、彼に手渡す。ありがたそうに受け取ったオーティスは水筒を逆さにする勢いで水をあおり、大きく息をつくと、そのままそこでばたりと床に寝転がった。
「そんなに疲れた?」
「そりゃ、あれだけ反復すれば」
息を合わせた演技をしなければならない。その一心で、うまくいかなければ何度でも同じ部分を繰り返し練習した。もう一度、もう一度とアンリが言うたびにオーティスは快く繰り返してくれたが、体力的にはきつかったのかもしれない。自分のペースで練習を進めてしまったことを、アンリは少しだけ反省した。
「そんなに疲れる前に、言ってくれればよかったのに」
「別に、いいんだよ。交流大会まで日があるとはいえ、このくらいやっておかないと。本番前になって焦っても遅いから」
倒れ込むほど疲れた様子だというのに、どうやらオーティスには、やりすぎたという思いはないらしい。とはいえすぐに立ち上がれそうにもないので、休憩を長く取るか、今日の練習をここで終わりにするか、考える必要があるだろう。
どうするか、とアンリがオーティスに相談を持ちかけようとしたとき、開け放した訓練室の扉の外から「あれ、アンリくん?」と声がかかった。
騎士科の学園で呼び掛けられるなどと思ってもいなかったアンリは、驚いて素早く振り返る。反射的に体を緊張させたが、振り返った先にいた女子生徒の姿を見て、すぐに力を抜いた。
「アリシア、久しぶり」
「久しぶり。何をしているの、こんなところで」
廊下から訓練室を覗いたのは、アリシア・エルネ。イルマークの幼馴染の騎士科生だ。
年末の休みの頃に、アンリは彼女から交流大会での合同模擬戦闘に誘われていた。結局模擬戦闘を選ばなかったということに若干の後ろめたさを感じながら「交流大会のための練習だよ」と答える。
ああ、とアリシアは床で横になったままのオーティスを見て頷いた。
「そういえば、合同演舞にしたんだっけ。今日の練習はもう終わり? それなら、よければ私の訓練を見て行ってよ。ダリオ先輩に試合形式で稽古をつけてもらうところなの」
「ダリオ先輩?」
戸惑って首を傾げるアンリの後ろで、オーティスががばっと勢いよく体を起こした。目を丸くして「ダリオ先輩っ!?」と大きな声でアリシアに問う。
アリシアは得意げに笑って「そう」と大きく頷いた。
「四年生の、ダリオ・ソルヴィーノ先輩。奥の訓練室で待ち合わせをしているの。公開稽古だから、二人とも興味があったら見に来て」
それだけ言って、アリシアはそのまま去ってしまった。
どういうことかと振り返ったアンリに対して、オーティスはやや興奮気味に「行こう。見に行こう」と早口に言う。
聞けばダリオ・ソルヴィーノとは騎士科の中での有名人らしい。剣の腕は学園一で、昨年の交流大会でも素晴らしい活躍を見せたそうだ。成績優秀で人柄も良く、卒業後は王宮騎士団に入団することが決まっているという。
「まさに騎士科学園の誇るエリートなんだ。彼の稽古が見られるなんて、滅多にないから絶対に行ったほうが良い」
模擬戦闘は乱暴だから嫌い、などと言っていたはずのオーティスだが、どうやらこの稽古には興味津々らしい。
正直なところ興味のなかったアンリではあるが、「行きたい」と目を輝かせるオーティスの願いをあえて拒むほど行きたくないわけでもない。
どのみちこのまま自分たちの演舞の練習を続けることはできないだろうという諦めもあって、アンリはオーティスとともに、ダリオとアリシアの公開稽古を見に行くことにした。




