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「あれ? サンディの魔力灯、ちょっとガタついているんじゃない?」


 魔力石をはめ込んで磨く。言葉にすれば簡単だが、磨くには時間と労力を要する。皆で黙々と単調な作業を続ける中、息抜きにふと顔を上げたアンリは、隣で作業を進めるサンディの手元を見て言った。


「うぅ……実は、そうなんです……」


 魔力灯の中心となる魔力石を、滑らかになるように磨く。しかし研磨用のヤスリを動かすごとに、魔力石がガタガタと動いてしまっている。これではうまく磨けないし、そもそも磨き終えても、台座との接続が悪ければうまく光らないだろう。


「焦って進めちゃ駄目だよ。魔力石を固定するところからやり直さないと」


「でも、もう接着剤も付けちゃったし……」


 台座は魔力石の大きさに合わせて作るものの、はめ込むだけで魔力石が動かないようにできるほどぴったりの形に仕上げるのは至難の業だ。だから魔力石をはめ込む際には、固定のために接着剤を使うことが多い。接着剤は即効性のものを使っているので、付けてしまってからはがすのは確かに難しい。


「大丈夫、大丈夫」


 それでもアンリはサンディを安心させるべく、笑いながら軽く言った。


「ガタついてるってことは、接着剤がちゃんと付いていないんだよ。外すのも、そんなに難しくはないはず」


 そう言いながら、アンリはサンディの作りかけの魔力灯を手にとった。台座と魔力石を掴んで、ぐいとひねる。すぐにベリッと固まった接着剤のはがれる音がして、魔力石が外れた。少しだけ魔法を使ったのは内緒だ。


「ほら、取れた。……ああ、台座のところに少し段差があるね。ここに段差があると、上に置く魔力石がガタつくんだよ」


 アンリはサンディの作った台座を観察して言った。台座用の魔力石を組み合わせたところに、ほんのわずかではあるがズレがある。そのせいで、上の魔力石がうまくはまらなかったのだろう。


「台座を作るときに、丁寧に端を合わせるのがコツだよ。まあ、ずれちゃったものは仕方ないから、ここは少しヤスリで削っておこう」


 ちょうど魔力石を磨いていたヤスリがある。それを使って、台座の魔力石の端を削って微調整する。魔法を使えば楽だけれど、などと思いながらも、さすがに後輩が熱心に見ている中で魔法を使う気にはならず、アンリはせっせとヤスリを動かした。


 やがて、ずれが許容範囲と言える程度になったところで、アンリは手を止めた。


「うん。このくらいなら、たぶん大丈夫。これでもう一回魔力石をはめてみて……って、え?」


 気付けば隣のサンディだけでなく、コルヴォやウィリー、イルマーク、そして指導役のマークまでもが手を止めてアンリの手元を見ていた。サンディの視線しか意識していなかったアンリは、驚きのあまり出来上がった台座を取り落としそうになった。なんとか落とす前に、台座を作業台の上に置き直す。


「俺、変なこと、したかな……?」


 アンリは恐る恐るマークの顔を窺った。今度こそ、やってはいけないことをしてしまったか。


 温厚なマークらしく、怒った顔はしていない。ただ、困ったような苦笑がその顔に浮かんでいた。


「ええと、変じゃないよ。変じゃないけど……」


 アンリに集まっていた皆の目が、話の流れでマークに向かう。皆の視線が集まって、マークは恥ずかしそうに頬を掻いた。


「これじゃあ、僕の役目が無くなっちゃうよ。アンリ君は、体験なんて必要なかったんじゃない? たぶん、アンリ君は僕より魔法器具作りが上手いんじゃないかな……」


 ああ、とアンリは肯定も否定もできずに呻くように曖昧な声を上げた。


 セリーナやセイアから後輩の面倒を見るようにと言われていたものだから、張り切ってしまった。いや、他人のせいにするのは良くない。彼女たちの言葉がなかったとしても、アンリはきっと、サンディの魔力灯作りを手伝っていたに違いない。後輩が困っていて、自分が助けられる場面だったのだ。手伝わないという選択肢は思いつかなかった。


 しかし、ここは魔法器具製作部だ。作品作りは、あくまでもマークの主導により行うべきだった。サンディが困っていることをマークに伝え、マークに対応してもらうべきだったのだ。


「ええと……気を付けるよ」


 答えになっているかどうかわからないことを口にしたアンリはサンディに作りかけの台座と魔力石とを返し、あとはもうただ自身の魔法器具作りに集中するぞと心に決めて、目の前の三つの魔力灯に向き合った。






 自分の製作にだけ集中するとなれば、アンリにとってこれほど楽なことはない。その気になれば三つどころか、同じ時間で十個でも二十個でも魔力灯を作ることができるだろう。


(まあ、さすがに不自然だろうから、やらないけど……)


 不審に思われないよう、いつもの自分の作り方ではなくマークのやり方を真似しながら製作を進めているが、それでもアンリにとっては欠伸が出るほど簡単な魔法器具製作だ。手を動かしている間に、考える余裕はいくらでもある。


(これが終わったら収納具作りか。三日間だから、今日魔力灯作りをして、明日と明後日で収納具を作る感じかな)


 皆の魔力灯作りの進み具合を横目に確認してみると、おおむね順調に進んでいることがわかる。このままいけば、今日のうちには皆、魔力灯を完成させることができるだろう。


(収納具は明日形を作って、明後日焼成かな。長いなあ)


 陶器をベースにした収納具だ。粘土と魔力石を混ぜた素材で形を作り、乾燥させ、絵柄付けをして焼いて仕上げることになる。それぞれの工程にかかる一般的な時間を考えると、二日間という予定は妥当なところだろう。


 しかしアンリには、その時間が異様に長く感じられた。やろうと思えば形作りなど一瞬で終わるし、乾燥も焼成も、使う魔法を工夫すればそれほど時間はかからない。収納具作りなど、アンリにとっては全工程で一日あれば十分だ。それなのに二日間、皆に合わせて作業しなければならない。


(三つ作っても時間が余っているくらいだし)


 皆とペースを合わせるべく、三個の魔力灯を並行して製作している。それでもまだアンリの作業のほうが皆より早い。皆の魔力灯が完成を見ないうちに、実はアンリの作業はもう全て終わってしまっている。今のアンリは完成したことがバレないようにと、作業中のふりをして魔力石を磨き続けているだけだ。


 魔法器具製作部で魔法器具製作の体験ができるなんて、こんなに面白そうなことはないーーそんなふうに思って最初こそ興味津々だったアンリだが、三日間の予定のうちの一日目で、もうすでに飽きてしまっていた。


(やっぱり魔法器具製作部に入らなかったのは正解だったな。明日と明後日はどうしようか)


 言葉を選ばずに言ってしまえば、退屈だ。もちろんそんなことをマークの前で口に出すつもりはないが、このまま明日も明後日も同じ退屈を味わうなど、考えたくもない。どうにかして明日以降の体験を楽しいものにできないかと、アンリは考えを巡らせる。


(何か、ちょっとでも面白くできればいいんだけど。……そうだ、普通の収納具とは違うものを作ってみようかな)


 幸い、この場にあるほかの素材を自由に使って良いという許しは得ている。それなら粘土と魔法石を混ぜてこねる工程で、ひと手間加えて別の素材を組み合わせ、ちょっと変わった収納具を作ってみることもできるのではないか。


 手元で魔力灯磨きを続けるふりをしながら、アンリは自分の思い付きに胸を躍らせた。これならきっと、この三日間の退屈を紛らわすことができる。


(魔力灯に使った魔法石のあまりを使えば、光る収納具が作れるな。開けたら光るようにすれば、中に入っている物が見やすくなるかも。そうだ、蓋の内側に鏡を付けてもいいかな。ミルナさんが、化粧をするときには鏡と明かりが必要だって言っていた気がするし。そうだ、化粧品を入れる道具箱にしてみようか。鏡を付けるなら、見本よりも少し大きい箱のほうがいいかな。あとでマークに、どの大きさまでなら作っていいか聞いてみよう。それから、鏡も用意しないと……)


 見たところ作業台の周りに素材にできそうな鏡は置いていない。魔法器具製作にそうそう必要になる物ではないので、それも仕方がないだろう。自分の手持ちで使えそうな物がなかったか、アンリは素材置き場として使っている防衛局の倉庫の中身を思い返す。


(……鏡は無かったかもしれないから、明日までに作っておくか。それに、鏡を付けるなら外した蓋がちゃんと立つように、別の工夫もしておかないと)


 陶器の箱らしく、マークに見せてもらった見本では、蓋はただ箱から外して横に置くような形になっていた。内側に鏡を付けるなら、鏡を使える角度で置けるようにしなければならない。


(蝶番で箱の本体とくっつけてもいいけど、バランスが悪いと箱ごと倒れちゃうかもしれないし。いっそのこと、蓋を浮かせてみようか)


 物を浮かせるのに使う魔力石をうまく取り付ければ、蓋を浮かせることができる。蓋として使うときには金具で箱の本体に留められるようにして、金具を外すと鏡の付いた内側を手前に見せて、顔の高さまで浮き上がる仕組みにするのはどうだろう。


(うん、良い感じだな。出来上がったら、ミルナさんにあげよう)


 自身の構想に満足して、アンリは心中で大きく頷いた。


(あと必要なのは、浮かせるための魔力石か。さすがにこの辺に転がっていたりはしないよな)


 引き続き魔力灯の魔力石を磨いているふりをしながら、アンリは目だけで辺りを窺った。近くの棚に数種類の魔力石が無造作に積まれているのが見える。しかし、残念ながら浮遊用の魔力石は置いていないようだ。魔法器具製作では比較的よく使う魔力石だが、一般的にはそれなりに高価な物だとはアンリも聞いたことがある。作業室に無造作に積むようなことはせず、別室で保管してあるのだろう。


 致し方ない。自分で用意するしかない。


(夜になったらいったん倉庫に行って取ってこよう。素材さえあれば、明日の収納具作りはこんなに退屈することもないはずだ)


 俄然、明日の収納具作りが楽しみになってきた。

 アンリは胸を躍らせながら、周りに合わせてその日の魔力灯作りを終えた。






 翌日、いくらかの魔法素材をもとに他の部員たちと全く違った収納具作りを始めようとするアンリに対して、マークが驚いて言葉を失ったのは言うまでもない。


 コルヴォたち二年生は「アンリさんはすごいなあ」と慣れた様子で頷き、そんな後輩たちの反応を見たイルマークはやれやれと大きなため息をついた。


 彼らの反応を見て、アンリはようやく自身の失敗に気が付いた。普通の収納具以外の物を作ろうなどと、思ってはいけなかったのだ。


 けれども素材は用意してしまったし、今から取り止めたところで意味はない。そう思って、アンリはそのまま、普通とは少しだけ違った収納具作りを進めたのだった。

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