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 ランメルトの店からの課題は二年生が手分けして製作することで、数日で仕上げることができた。昨年に比べて人数が増えたため、一人一人の負担が減って、早くに作業を終えることができたのだ。出来映えもなかなかで、ランメルトから「今年の新人は期待できるな」との言葉をもらえたほどだ。


 そして課題の完成を待ってから、さらに数日後。アンリはイルマーク、コルヴォ、サンディ、ウィリーとともに、魔法器具製作部の作業室を訪れていた。待ちに待った魔法器具製作部の体験だ。


「ええと、今日から三日間、かな。どうぞ、よろしくお願いします……」


 アンリたちの作業台の前で消え入りそうな声で挨拶をしたのは、魔法器具製作部所属の三年生であるマーク・ガロ。


 魔法器具製作部の作業室は魔法工芸部よりも広く、その片隅の作業台を三つ、魔法工芸部員が魔法器具製作の体験をするために貸してもらえるそうだ。最初の説明のためにと、今は五人で一つの作業台に集まり、向かいに立つマークに注目して話を聞く姿勢をとっている。


「……え、ええと。三日間で皆には、これを作ってもらおうと思います」


 マークが作業台の上に取り出したのは、握り拳ひとつ分くらいの大きさの魔力灯と、同じくらいの大きさの、陶器のような艶のある黒い箱だ。


「まず魔力灯。これはたぶん魔法工芸部でも作ることがあると思うんだけど、それを魔法器具製作部ではどうやって作っているかっていうのを、体験してもらえればいいかな、と思って。それからこっちの小箱は、ちょっと開けるとわかるんだけど……」


 そう言ってマークは、真ん中にいたコルヴォの前に小箱を差し出し、開けてみるように促す。


 コルヴォは小箱を手に取って、恐る恐るという様子で蓋を外した。箱の中は外側と同じように黒い。何も入ってはいない。一見、ただの箱だ。


 しかし首を傾げながら覗き込んだコルヴォはすぐに、「あれっ」と声を上げた。


「なんか、外から見るより底が深いような感じが、する……?」


 不思議そうに小箱を掲げて、内と外を見比べる。外の見た目では手のひらくらいの深さしかないはずなのに、中を覗くと手のひらから指の先まで含めたくらいの深さがあるように見える。


 どういうことだ、と小箱をためつすがめつするコルヴォに、マークは「実は、こういう魔法器具なんだ」と種明かしをしながら笑った。


「収納具って見たことある? 袋とかバッグの形をした物が多いかな。それを箱の形にしてみたんだ。容量は、同じ大きさの普通の箱の倍くらい」


 箱を作るときの素材として、空間魔法と同じ機能を持つ魔力石を使っているという。箱を形作るための粘土に、砕いた魔力石を混ぜ込むのだ。


 中の容量をどの程度増やせるかは魔力石の分量で決まる。魔力石を混ぜる分量を増やせば増やすほど、容量は大きくなる。今回の小箱では、粘土と魔力石とを半々くらいの割合で混ぜ合わせているらしい。


「じゃあ、魔力石をもっと増やせば、もっと底の深い箱になるってことですか?」


 コルヴォの横からサンディが、きらきらと好奇心に輝く瞳で箱を見つめながら言った。


 そんな彼女に対してマークは「それが、そうでもないんだよ」と苦笑する。コルヴォとサンディ、そしてウィリーの三人が一様に、どういうことかと首を傾げた。


「空間魔法用の魔力石は、とてももろいんだ。これ以上混ぜると、焼いているときとか器を使っているときとかに、割れて使い物にならなくなってしまうんだよ」


 ちなみに、とマークは作業台の下から布の包みを取り出した。結び目を解いて開いた中から出てきたのは、ぼろぼろに崩れた陶器の欠片だ。見本品として小箱を作ろうとしたときに一度、魔力石を混ぜすぎて失敗してしまったのだという。


「この大きさの箱なら粘土と魔力石を半々くらいに混ぜるのが一番良いって、わかってはいたんだけどね。実験的に、魔力石を少しだけ増やしてみたんだ。そうしたらこんな具合で、やっぱりうまくいかなかった」


 苦笑混じりにマークが言う。コルヴォたち三人はまた興味深そうに、しげしげと陶器の欠片を見つめた。欠片に含まれた魔力石の影響で、欠片が奇妙に歪んで見えるところがある。しかし容器の形をしていないので、空間魔法が働いても、何の役にも立たない。


「そんなわけで皆には粘土と魔力石とを半々で混ぜて、これと同じ小箱を作ってもらおうと思っているんだ。どこまで魔力石を増やせるかっていう実験もたまにやってみると面白いけど、今回は体験だし、ちゃんと成功品を持って帰ってもらいたいな」


 失敗を恥ずかしがるように、マークは壊れた欠片をそそくさと片付けた。代わりに人数分の魔法器具製作の道具と素材とを取り出して、準備を始める。


「皆には三日間で、これと同じような魔力灯と収納具を作ってもらおうと思う。細かく説明するよりもやってみたほうが早いだろうから、とりあえず、始めてみようか」


 そうしてアンリたちはマークに言われるままに、それぞれ作業台の所定の位置に移動した。与えられた素材をもとに、まずは魔力灯を作ることにする。真ん中の作業台でマークが説明をしながら製作を進めるので、アンリたちはそれを見ながら、見様見真似で作るという流れだ。


 もちろん、わからなければ適宜マークが相談に乗ってくれるという。


「じゃあ、まずは魔力灯から始めるね。どうぞよろしく」


 アンリたちへの説明を続けるうちに、緊張がほぐれてきたのだろう。最初よりもずいぶんと打ち解けた柔らかいマークの声で、この日の作業が始まった。






 魔法器具製作は初めてであっても、素材を加工するという作業自体は魔法工芸と魔法器具製作とで似通ったところがある。魔法工芸部員たちによる魔法器具製作の体験は、それほど苦労なく進んだ。


「魔法器具製作部では、魔力灯をこのように作るのですね」


 光を発する魔力石を取り付けるための台座作りを進めながら、イルマークが言った。製作に苦労することはないものの、魔法工芸と魔法器具製作とではやはり異なる部分がある。その違いが新鮮なのだろう。


 たとえば魔力灯づくりであれば、魔法工芸部では、魔力石を取り付けるための台座は既製のものを使うことが多い。魔法工芸において大切なのは作った魔力灯をどう見せるかであって、魔力石を魔力灯として光らせるための台座の仕組みには、それほど注意が向けられない。


 一方で魔法器具製作部にとっては、魔力石を魔力灯として機能させることこそが本髄だ。魔力灯を使ってより複雑な魔法器具を製作しようという場合なら台座作りを省略することもあろうが、基本的には、大元の台座から自分で製作する。


 とはいえ、それほど難しい作業ではない。光を発する魔力石の機能を十分に発揮させるために、別の魔力石をいくつか組み合わせ、形を整えるだけだ。簡単な作業ではあるが、台座用の魔力石の構成を知ることで、魔力灯が光る仕組みを知ることができる。


 仕組みを意識して魔力灯を作ったことのない魔法工芸部の面々にとっては、新鮮な作業だ。しかし、だからといって苦戦するほどではない。見本になるようにとゆっくり進めてくれるマークの手元を観察しながら、皆、見様見真似で作業を進めていく。


 じっくりと観察される側になるマークは、恥ずかしそうに笑いながら説明を加えた。


「僕はむしろ魔法工芸部でのやり方を知らないんだけど、もしかしたらこの後は魔法工芸の作り方と同じなんじゃないかな。出来上がったこの台座に魔力石をはめ込んで、固定して、光が均一になるように表面を磨けば完成だよ」


「なるほど。たしかにここからは、我々が普段やっている工程と同じですね」


 台座を作り終え、いよいよ魔力灯の機能の中心を担う魔力石を取り付ける作業に入る。ここからは魔法工芸部でもお馴染みの工程だ。コルヴォたち二年生三人も、慣れた作業に入ってどことなくほっとした様子を見せる。


「……え、ええと、アンリ君は何だか、手際が良いね……?」


「え? あ、ああ、えっと、そうかな?」


 マークから戸惑いがちに声をかけられて、アンリははっとして顔を上げた。気づけばマークにつられて、イルマークやコルヴォたちまでアンリの手元に目を遣っている。


 そのアンリの手元には、作りかけの魔力灯が三つ。


 皆のペースに合わせて作業を進めようと思うと、どうしても各工程において時間に余りが生まれる。待っているのも退屈なので、適当に近場にあった素材を使わせてもらい、同じ工程を何度も繰り返していくつもの魔力灯を作っていたのだ。


「……アンリ、何をしているのですか」


 呆れた顔でイルマークが言うのを見て、アンリはようやく、こんなことをやるべきではなかったのだと気がついた。手近な素材を勝手に使ったのがいけなかったのか、一つ作れば良いところを勝手に三つも作ったのが悪かったのかはわからない。


 作り方はマークのやり方を真似したので、特殊だったということはないだろう。それでも、アンリのやったことは普通ではなかったに違いない。


「ごめん、俺、変なことした? いくつか作ってみようかなって、興味本位に思っただけだったんだけど」


「い、いや、大丈夫だよ」


 肩を落として言ったアンリに対して、マークは慌てたように言った。


「ただその、この時間で三つも並行して作れるのがすごいっていうだけで。全然変じゃないよ。あ、素材のことも気にしないで。手の届く範囲にあるものなら、自由に使っていいから」


 危険なものや高価なものは別室に保管してあるから大丈夫、とマークは言う。それなら良かった、とアンリは胸を撫で下ろした。ダメと言われたら今作ったものを分解して返そうと思っていたのだが、その分解という技術が、もしかしたら普通でないと言われてしまうかもしれない。


 変じゃない、とマークに認められて自信を持ったアンリは、そのまま堂々と魔力灯三つの製作を続けることにした。

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