(9)
作品を置いてもらう店には、何班かにわかれて挨拶に行くことになった。
イルマークを中心とした班は、昨年も展示販売をお願いしたアクセサリー店へ。工芸作家のガロとその妻アナが営む店で、学園生の作品はどんな物でも好意的に受け取ってくれる、優しく良心的な店だ。
普段はガロのつくるアクセサリーを扱うことが多く、売り子のアナにとってはたまには違う毛色のアクセサリーを扱いたいという思いがあるらしい。学園生の作品はその願いを叶えるのにうってつけのようで、交流大会での展示販売は、魔法工芸部と店のどちらにとっても利のある良い取引になっている。
ウィルを中心とした班は、トマリという商人が営む雑貨屋へ。最初は「作品をつくる予定のない自分なんかが」と店への挨拶を遠慮していたウィルだが、セリーナに説得され、二年生のコルヴォやウィリーが挨拶に行くための付き添い程度であればと店への挨拶を引き受けたのだった。
商人気質のトマリは誰に対しても物腰が柔らかいので、作品づくりに加わらないウィルが挨拶に行っても、追い返されるようなことはないだろう。むしろウィルは話が上手いので、トマリに気に入られるかもしれない。反対にトマリお抱えの魔法工芸作家であるアランには嫌われるかもしれないが、そこはコルヴォがいれば問題ないはずだ。コルヴォには、昨年、アランとうまく付き合った経験がある。
セリーナとセイアの率いる班は昨年も展示販売を依頼した家具屋と、食器屋や雑貨屋など新規店舗をいくつか回る予定でいる。
そしてアンリはといえば、ランメルトという職人がやっている魔法工芸品店へ、二年生のサンディを連れて挨拶に行くことになった。
ランメルトさんのところかーー割り振りを聞いて、アンリは渋い顔をした。
そんなアンリの反応を見て、セリーナはきょとんと首を傾げる。
「ランメルトさんのところ、嫌だった? アンリ君は結構気に入られていたと思ったけど」
「気に入られていたというか……色々とアドバイスはもらったけど、うまく実践できなかったし。今年もあんまり自信はないんだよなあ」
「そうなの? ……まあ、でも、サンディちゃんもいるでしょ。よろしくね」
セリーナが微笑みかけると、サンディは嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、元気よく「はいっ!」と答えた。どちらかといえば昨年気に入られていたのはサンディのほうだ。彼女のつくった犬の置物を、ランメルトは随分と褒めていた。実際彼女の作品は出来が良く、展示販売でもすぐに売れてしまったと聞いている。ランメルトには作品の良し悪しに対する確かな目があり、その眼鏡に適う作品をつくれるかどうかが彼とうまく付き合えるかどうかに重要なのだ。
昨年、アンリは技術の面ではランメルトから良い評価をもらうことができた。しかし発想力はいまいちで、たくさんの助言をもらった。助言を元になんとか彼に見捨てられないだけの作品をつくることはできたが、今年はどうかと言われれば、自信はない。
「まあでも、とにかく行ってみるよ。今年も課題をくれるだろうから、それは皆で分けてやろう」
「もちろん。二年生の皆とも分担して、ランメルトさんに認めてもらえるように頑張ろうね」
そんな会話を経て、アンリはサンディとコーディアナ、ボルド、アルヴァを連れてランメルトの魔法工芸品店へと向かうことになった。
昨年の最初に比べると、ランメルトの対応は穏やかだった。
「嬢ちゃんは、今年は何をつくるつもりだい」
「はいっ、今年は学園の中庭で小さなお花がかわいかったので、それをつくってみたいと思っています」
元気よく答えるサンディ。その答えにランメルトは孫を見る爺のような笑顔になって「そうかい、そりゃ楽しみだ」と頷いた。
一方で、アンリはびっくりしてサンディを見遣る。準備が始まっているとはいえ、交流大会はまだまだ先だ。そこに向けて、サンディが既にこんなにも具体的に作品の構想を持っているとは知らなかった。
しかも学園生活の中で着想を得たというのだから驚きだ。サンディの言うかわいい小さな花というのがどれのことなのか、アンリにはわからない。朝には訓練、昼には授業、夕方には部活動と似たような学園生活を送っているにも関わらず、アンリが気付かないようなことにサンディは目を向け、それを魔法工芸に使おうとまで考えている。
すごいな、とアンリが感心しているうちに、ランメルトの目は他の二年生たちに向いていた。
「お前らが今年の新人たちか。昨年のこいつらみたいに良い作品つくってこなきゃ、店には置いてやれねえからな。聞いてるかもしれねえが、まずはテストだ。十日後までにこいつをつくってこい」
ランメルトは十数枚の紙の束をアンリたちのほうへ放るように寄越した。昨年もこうして下絵の冊子を渡されて、作品をつくってくるようにと言われたのだったーー懐かしく思い出しながら、アンリは渡された冊子をぺらぺらとめくる。
誰がどれをつくるのが良いだろうか、俺はどれをつくろうか。そんなことをアンリが考えていたら、ランメルトが「そうそう」と軽い口調で付け足すように言った。
「お前さんと嬢ちゃんは、課題はやらなくていいからな。他の奴らにつくらせて来い」
えっ、とアンリは顔を上げる。もちろん全てをアンリがつくるつもりはないが、いくつかは担当するつもりだったのに。
ランメルトは眉をひそめて「当たり前じゃねえか」と言った。
「今さらお前らをテストする意味なんてない。こんなのやってる暇があったら、お前はさっさと本番のをつくれ」
耳が痛い。目の前のやりやすい課題をやっていれば難しいことから目を背けていられると、そんな浅はかな考えを指摘されているような気分になって目を逸らす。
実のところセリーナから頼まれていた新規店舗へ持っていく見本品も、新しい作品に挑戦してみたいと自分で言ったにも関わらず、結局は良い案が浮かばずに昨年の交流大会でつくったのと同じ意匠のアクセサリーをつくるに留めてしまったのだ。
交流大会本番用の作品の構想など、まだ影も形も見出せていない。
「……ええと、俺はまだ、交流大会で何をつくるかは、決めてなくて」
アンリは小さな声でもごもごと、不明瞭な口調で言った。
まだ交流大会まで間がある今、交流大会でつくるものが決まっていないのは特段不思議なことではないはずだ。しかしサンディは既につくるものを決めているというし、アンリ自身は、交流大会まで悩んだところで良い作品の案を思いつくことができるか自信がない。そんな気持ちが、アンリの口調を言い訳めいたものにしていた。
そんなアンリの様子を見てランメルトは「ふむ」と小さく唸ってから口を開く。
「まあ別に、お前のことは気にしちゃいねえ。なんならお前さんは、去年と同じのでも許してやる」
「え……?」
何を言われたのかわからずアンリが恐る恐る顔を上げると、ランメルトはなんてことない顔をして「去年のことは聞いたぞ」と言った。
「模擬戦闘で、ものすごい活躍をしたそうじゃねえか。お前さんには元々、そっちのほうが向いているんだろうよ。公式行事も忙しいだろう? わざわざ向いてないことに時間をかける必要はねえ」
ごく当たり前のことを言うような顔でランメルトが言う。その口調はいっそ優しげで、アンリに対する諦めも嫌味も含まれていない。
それがいっそうアンリには悔しかった。
「そんなこと言わないでください。俺、頑張りますから」
「別に、頑張るなと言っているわけじゃねえよ」
焦って早口になったアンリを宥めるように、ランメルトは静かに言った。
「無理はしなくていいと言ったんだ。お前さんの去年の作品の出来は良かったからな。あれでも十分売れるだろう。今年も何か新しいのを考えたいならそれもいいが、もし何も思いつかなかったら、下手なもんをつくるよりは、去年と同じものをつくって寄越せ」
なお反論を試みようとするアンリを制するように、ランメルトは続けた。
「そもそも、お前さんは欲張りなんだよ。模擬戦闘のほうに十分な才能があるんだろうに。そのうえ魔法工芸まで完璧にこなそうなんて、無理がある。欲張らずに、ちゃんと自分のできる範囲を見定めろ」
強く言われて、アンリは黙る。納得できない思いはあるものの、ここはランメルトの店で、自分は展示販売を依頼しに来た立場だ。これ以上同じ話を続けてランメルトの機嫌を損ねるのは良くない。
何より、連れてきた後輩たちに、延々と口論を続けるような格好悪いところを見せるのも気が引けた。
「……わかりました。でも俺、魔法工芸は嫌いじゃないんです。だから、ちゃんと頑張るつもりではいます」
諦め悪くアンリが言うと「まあ、頑張れるだけ頑張れ」と、ランメルトも強いて同じ議論を繰り返すようなことはしなかった。
ランメルトの店からもらった課題を魔法工芸部に持ち帰ると、セリーナとセイアはそれを手早く二年生たちに割り振った。昨年課題の制作に携わったコルヴォ、サンディ、ウィリーの三人は除いて、今年が初めての作品展示となる新人たちだけで課題の制作に取り組めるような割り振りだ。
「アンリ君とサンディちゃんは、皆の課題づくりの面倒を見てあげてくれる? 困っているようだったら、アドバイスしてあげて」
セリーナに言われて、アンリはようやく自分も新人たちの作品づくりへの口出しが許されたかと、嬉しく思う。アンリの魔法工芸のやり方は特殊だから、あまり新人たちの指導には関わらないようにーーセリーナとセイアにそんなふうに言われて、アンリはこれまでずっと、新人たちに関わるのを遠慮してきたのだ。
喜ぶアンリを見て、セリーナは苦笑する。
「あんまり無茶な教え方はしないでね。普通の、ごく普通のやり方でアドバイスしてあげてね」
わかってる、とアンリは笑顔で言う。セリーナの言葉のしつこさは気になったが、むきになって反論するほどのことではない。
よろしくね、と念を押すセリーナに「はいはい」と笑いながら返していると、近くにいたセイアが「そういえば」とアンリを振り返った。
「ランメルトさんのところの課題が終わったら、うちの部から何人か、魔法器具製作部の体験入部に行ってもらいたいと思っているんだけど。アンリ君、行ってみる?」
どうやら先日の魔法器具製作部の見学だとか体験だとかという話は、部員数名で相手の部活動を体験させてもらうということで落ち着いたらしい。同じ時期に、魔法器具製作部からも何人か、魔法工芸部の体験に来るそうだ。
体験にはぜひ参加したいと思っていたアンリは一も二もなく頷いたが、なぜ自分に声がかかったのかはわからず、首を傾げた。
そんなアンリを見て、セイアは面白そうにころころと笑う。
「だって、このあいだ話をしたとき、アンリ君が一番行きたそうな顔をしていたんだもの。ほかには二年生から何人か、希望者を募るつもり。アンリ君は自分のやりたいことにばかり夢中にならないで、ちゃんと二年生たちの面倒も見てあげてね」
セイアにまでそんなことを言われて、アンリは愕然とした。アンリはそんなにも、後輩の指導ができない三年生に見えるのだろうか。
けれども口で反論したところで、ちゃんとできるという証拠が見せられるわけでもない。なにせ、魔法工芸の指導はこれまでやったことがないのだ。
アンリは仕方なく、肩をすくめて「気をつけるよ」と応えるに留めた。




