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 観客を楽しませる魔法。見て面白いと思ってもらえる魔法。あるいは、あっと驚かせるような魔法。


 騎士科学園での訓練を終えて魔法士科へ戻る道すがら、どんな魔法なら良いかとアンリは必死に考えた。


(剣を光らせるとか、花を降らせるとか? なんだかパッとしないよな。こないだの魔法演舞で見たような演出も、今回は合わないだろうし……)


 何人もの演者を抱える劇団による演舞と違い、今回の演舞で舞台に上がるのはオーティス一人。当然、演出の方法には大きな差がある。内容も、先日見た魔法演舞は魔法剣士がドラゴンを倒すというストーリー仕立てだったが、今回予定しているのはあくまでもオーティスによる剣舞を中心とした演技で、具体的な物語は想定していない。


 魔法演舞を見たことは、合同演舞という選択肢を考えるにあたっての参考にはなった。しかし実際に合同演舞を行う段になってみると、参考になる部分は少ないようだ。


(でもきっとオーティスなら、あの公演からでも色んなヒントを見つけて、合同演舞に活かせるんだろうな)


 これまでに見てきたものを活かして見事な演技計画を立ててみせたオーティス。彼ならばきっと、どんなことでも自身の演技の糧にできるはずだ。


「俺にもオーティスみたいな才能があれば良かったんだけど……」


「何を贅沢なことを言っているんだよ」


 寮に帰ってなお悩み続けたアンリは、うっかりその悩みを声に出してしまった。机に向かって真面目に勉強していたはずのウィルが、呆れた様子で顔を上げて冷たく言う。


「アンリは今の魔法力があるだけで十分だろ。嫌味に聞こえるから、人を羨むようなことを言うのはやめてくれないかな」


「そんなこと言ったって。オーティスの剣舞って本当にすごいんだよ。そのうえ魔法演舞の勘も良くて、色んなことを思いつくんだ。俺もあんなふうに、色々と面白いことを思い付けるようになりたいよ」


 アンリが素直な気持ちを吐露すると、ウィルはやれやれと首を振ってため息をついた。


「そのオーティスって子だって、そうなるために努力したんだ。それに比べて、アンリは魔法演舞をやるのは初めてじゃないか。上手くいかないのは当然だよ。できないからこそ、できるようになるために合同演舞を選んだはずだろ。最初から弱音を吐いているようじゃ、先が思いやられるよ」


「弱音っていうか……」


 小声で反論を試みたアンリだが、ウィルの鋭い視線を前にすると、言葉は尻すぼみになってしまう。弱音というよりも、単純に、オーティスの才を羨ましく思っただけなのだが。


 しかしウィルの言うように、彼の技術や発想力は、これまで積み重ねてきた経験の賜物だ。初心者であるアンリが羨んでも、どうにかなるものではない。


「……俺もオーティスみたいな経験を積めば、色んなアイデアを思い付けるようになるのかな」


「どうだろうね」


 独り言に近いアンリの言葉に対し、ウィルは聞き分けのない子供を相手にするかのような疲れた顔をしつつも、律儀に言葉を返した。


「近付くことはできるだろうけれど、向き不向きはあるだろうね。アンリは魔法工芸を始めてしばらく経つけれど、あいかわらず作品づくりは苦手なんだろ?」


 突然魔法工芸のことに話が移って、アンリはしばし呆然とした。ややあってウィルの言わんとすることに気づき、愕然とする。


 魔法工芸部に入り、魔法工芸に勤しむようになって、一年以上が経った。しかしアンリはいまだに新しい作品をつくろうというときに、どんな作品をつくれば良いのかわからずに途方に暮れることが多い。アンリよりも経験が少ないはずの二年生たちのほうが、よほど上手くやっているように見える。


「……もしかして俺って、芸術的なことは向いていないのかな。合同演舞を選んだことが、そもそもの間違いだったのか?」


 アンリがそう呟くと、ウィルは「何を今さら」と呆れ返った様子で言った。


「向いていないことくらい、魔法工芸でとっくにわかっていただろうに。苦手なことに挑戦したいと思って合同演舞を選んだんじゃなかったの?」


 こうもはっきり言われると、アンリも反論する気が失せる。アンリは自分の苦手分野であるかどうかなど考えず、ただ、未経験のことに挑戦してみたかっただけだ。経験してみて、実は自分の性に合っていたということもあり得ると思っていたのだが。


 ウィルはその可能性をばっさりと切り捨てて、アンリからの反論も許さず「アンリがそんなんじゃ、かわいそうだよ」と、眉をひそめて言った。


 かわいそう、とはーーアンリが首を傾げると、ウィルは「わからないの?」と苛立ちを含んだ声で言う。


「アンリを模擬戦闘のパートナーにしたいと思っていた騎士科の人たちのことだよ。アンリが積極的に合同演舞を選んだのなら仕方がないけれど、それをいつまでもぐずぐず後悔しているようだと、アンリと模擬戦闘をしたかった人たちが気の毒だ」


 思ってもみなかった言葉に、アンリは目を丸くした。たしかに模擬戦闘を一緒にやらないかと誘われたことはある。しかし声をかけてくれたのはイルマークの幼馴染一人だけだ。彼女も結局は、イルマークと組んで模擬戦闘に出ることを決めたはずだ。


 アンリと模擬戦闘をしたかった「人たち」など、アンリには心当たりがない。「そんな人いるの?」と懐疑的になるアンリに対して、ウィルは大袈裟にため息をついた。


「あのね、アンリ。去年、自分が交流大会でどれだけ活躍したのか、思い出してごらんよ」


 ああ、とアンリはようやく納得して頷く。


 昨年の交流大会。公式行事ではなく有志団体の開催するイベントとしての模擬戦闘大会で、思い出すと恥ずかしい話ではあるが、アンリはロブに嵌められて、模擬戦闘の会場を壊すほどの魔法戦を繰り広げたのだった。


 会場を壊したのはアンリではなくロブであるというのがアンリの主張ではあるが、見た者にとってはそれがどちらであったとしても大差はないのだろう。なにせ模擬戦闘の結果、アンリはそのロブに勝利しているのである。


 その模擬戦闘を見た騎士科の学園生、あるいは見ていなくても噂を聞いた人たちが、模擬戦闘を得意とする魔法士科学園生としてアンリに目を付けていたとしても、不思議ではない。


「でも俺、今のところ模擬戦闘に誘われたことなんて……いや、あのイルマークの幼馴染の子には誘われたけど。でも彼女だって、結局はイルマークと組むことにしたんだろ?」


「アリシアね。彼女はそうかもしれないけど、ほかにもアンリを狙っている人ならたくさんいるだろうさ。話しかける機会とか、ツテがないだけだと思うよ。今度の交流会、アンリが参加していたら大変なことになっていただろうね」


 他の学園生と繋がりがなく、交流大会で組む相手を自分で見つけられない学園生のために開催される交流会。三つの学園の希望する学園生たちが一堂に会し、軽食やちょっとした遊びで交流を深めながら相手を探すという、それなりに規模の大きなイベントらしい。


 すでにオーティスという相手が決まっているアンリに参加する気はなかったが、話が出れば興味は湧く。


「……アンリ、冷やかしはやめておきなよ。騒ぎになるから」


 アンリが抱いた好奇心に、ウィルは早々に気付いたようだった。何も言わないうちに制止されて、アンリとしては面白くない。


「別に、行きたいなんて言ってないだろ」


「顔に書いてあるよ。本当に、やめておきなよ。騒ぎになれば、アンリの相手のオーティスって子にも知られるだろうから。一緒にやろうって約束している相手が交流会に顔を出したなんて知ったら、良い気はしないだろ」


 わかってるよ、とアンリは苦い顔で頷いた。ちょっと覗くくらいなら、と思っていたのだが、たしかにそれがオーティスに知られるのは良くないだろう。せっかくできた騎士科の友人を、単なる好奇心で失いたくはない。交流会は諦めるしかない。


「たしか、ハーツとテイルは交流会で相手を探すって言っていたような気がするよ。気になるなら、あとで二人から話を聞いてみたら」


 慰めるようなウィルの言葉に、アンリは「そうだね」と仕方なく頷いた。






 後日ハーツの話を聞いたところ、交流会はやはり面白いイベントだったらしい。


「普段はほかの学園の話なんて聞かねえからさ。何の話を聞いても全部珍しく思えて、面白かったよ」


 騎士科では魔法士科と同じように、この交流大会で就職先を探そうとしている学園生が多いこと。それに比べると研究科では、交流大会はあくまでも学園生活の一行事だと捉えており、就職活動は別に行う学園生が多いこと。騎士科生だからといって騎士になりたい者ばかりでなく、防衛局職員や傭兵を目指す者、あるいは全く関係のない分野の職を目指している者もいること。


「最初に話した騎士科の奴なんて、荷運びの仕事がしたいって言ってたよ。旅が好きで、街の間を行き来できる仕事がしたいんだってさ。なんだかイルマークに似てるよな」


「私は旅人になりたいだけで、荷運びを仕事にしようとは思いませんが」


「でも、やっぱり何かで稼がないと生きてけないだろ? じゃあ、荷運びだって選択肢のうちだろ」


 なるほど、と横で話を聞きながらアンリは頷いた。たしかに旅人として世の中を歩くにしても、先立つものは必要だ。街と街のあいだで必要な荷を運ぶ仕事なら、稼ぎにもなるし、広い世界を回るという夢も叶う。


 ところがイルマークは、嫌そうに顔を歪めた。


「荷運びでは、荷主の望む目的地に荷を運ばなければならないでしょう。私は自分の意思で、自分の好きなところへ行きたいのです。必要な金銭は、祖父母のように旅商人でもして稼ぎますよ」


「それもそうか。っていうか、荷運びしてるイルマークなんて、想像もつかねえしなあ」


 ハーツの言葉に、アンリも想像してみた。馬車を操って荷を運ぶくらいなら良いが、荷運びの仕事では荷の積み卸しも必要だ。細腕のイルマークに務まるとは思えない。やはり、体力に自信のある騎士科生ならではの発想なのだろう。


「それでハーツ君は、交流会で相手が見つかったの?」


 マリアが話を戻すと、ハーツは「おう」と、明るい顔で頷いた。


「俺、結局合同研究を選んだから、研究科の相手を探していたんだけど。話の合う奴がいたんだよ」


 ハーツが見つけた相手は、ハーツと同じように遠くの地域からわざわざこのイーダの街の中等科学園に進学してきたのだという。実家が農業をやっており卒業後は実家に戻る予定だというところまで、ハーツと境遇が同じだったらしい。


「それでさ、話してみたら意気投合して。俺、合同研究で何をやるかまでは決めてなかったんだけど、そいつと話しているうちに、それも決まったんだ」


 嬉しそうに話すハーツ。農業という繋がりで意気投合した彼と、農業における魔法の活用について研究し発表することにしたらしい。


 農業か、と話を聞いてアンリは呟いた。魔法に関することには幅広く目を向けてきたつもりのアンリだが、これまで農業の分野での魔法の使い方を考えてみたことはない。


「……面白そうだな」


「ちょっと、やめろよアンリ」


 アンリの呟きを聞き逃さずに、ハーツが慌てた様子で言う。


「アンリが興味を持って何かやり始めたら、俺の交流大会での成果が薄れるだろ。俺の相手が、アンリと組めばよかった、なんて言い出しかねない」


 そんなまさかとアンリは笑ったが、ハーツは真剣な様子だし、周りの皆もハーツに同情的な様子で頷いている。


 その空気に押されたアンリは結局「何か始めるなら交流大会の後にしてくれ」というハーツの言葉におとなしく頷いたのだった。

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