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公式行事の種目希望票を提出した翌日から、アンリはオーティスとの練習を始めることにした。
「最初は普通の木剣を使うんだけど、ここで剣を大きく投げる。それで、投げた剣が空中で氷の剣に入れ替わって、手元に戻ってくるように見せたいんだ。それからしばらく動いて、また剣を投げて、次は鉄の剣に……」
騎士科学園の訓練室の片隅にしゃがみこんで、オーティスは紙に記した絵をもとに、嬉々として演技の計画を語った。演舞でも、魔法工芸や魔法器具製作と同じように設計図のようなものをつくるらしい。最初から身体を動かして練習するものだとばかり思っていたアンリには、オーティスのやり方が新鮮で面白く感じられた。
「すごいね。この計画は、全部オーティスが考えたの?」
「まあね。でも、今までに色々と演舞だとかを観てきているから。そういうのを組み合わせて、自分なりにやってみたいことを詰め込んでいるだけだよ」
何でもないことのようにオーティスが言う。なるほど、とアンリは納得して頷いた。アンリもこれまで一番隊の中で色々な人たちの戦闘を見て学び、それを自身の戦闘に取り込んできた。きっとそれと同じようなものなのだろう。戦闘と演舞とで、分野が違うだけだ。
「オーティスはいつからこういう演舞に興味があるの?」
「観るのは物心つく前からだよ。両親が好きだったから、観る機会が多かったんだ。自分でやり始めたのは、中等科学園に入ってからだよ。だから、それほど熟練しているわけではないんだ」
とんでもない、とアンリは思った。先日見せてもらった剣舞は素晴らしいものだったし、今もこうして、素晴らしい演技の計画を描いている。しっかりとした経験の積み重ねがなければ、こうはできまい。
始めたのが最近であったとしても、幼い頃から演舞を観てきた経験や、自分でやるならどうするかと考えてきたことが、実際に始めたことにより花開いたのだろう。
すごいことだと感心しきりのアンリに対して、オーティスは苦笑する。
「まあ、俺のことは良いからさ。それよりどうかな、アンリ君。こういう内容は、君の魔法でできそう?」
「え。……ああ、うん。魔法そのものはできると思うよ」
演技計画の素晴らしさに見とれて、アンリはそれを自分がやるのだということをうっかり忘れてしまっていた。計画に描かれている魔法を、改めて、自分が使うという前提で見返す。当然ながら、できない魔法はない。しかし、懸念もあった。
「タイミングが大事だろうね。例えばこの、剣を投げて別の剣に替えるところ。オーティスが剣を投げるところにうまく空間魔法を用意しないといけないし、それとちょうど交換するようなタイミングで新しい剣を用意して、オーティスが受け取りやすいように投げないといけない。うまく剣が入れ替わったように見せるには、相当息を合わせないといけないだろうな。交流大会までの練習で、うまくできるようになるといいんだけど」
「そのあたりは、練習あるのみだ。さっそくやってみるかい?」
オーティスの誘いに、アンリはにっこりと笑って立ち上がった。
彼の描いた演技計画を見るのは面白い。しかし、せっかく訓練室を使っているのだ。魔法や剣舞を試さずに今日の打合せが終わるのはもったいないと思っていたところだった。
すごいね、とオーティスが弾む息で言った。
「アンリ君の魔法、完璧じゃないか。むしろ俺のほうが、失敗が多かった。もっと練習して、アンリ君の足を引っ張らないようにしないと」
オーティスの立てた演技計画に沿って、魔法と剣舞の組み合わせをひと通り試してみたところだ。めいっぱい身体を動かしたオーティスは汗ばみ、肩で息をしている。
汗ひとつかいていないアンリを見て、オーティスは苦笑した。
「アンリ君は、余裕があるね」
「そりゃ、俺は魔法しか使っていないし。何なら俺も剣を持とうか……って言いたいところだけど、俺、オーティスみたいに綺麗には動けないからなあ」
先日、剣舞を見せてもらったときにもそうだったが、オーティスの動きは正確で繊細だ。ゆっくりと、たいしたことのない動きをしているように見えるときでさえ、身体の隅々にまで意識が行き渡り、わずかたりとも乱れるところがない。
実戦仕様の訓練しかしていないアンリには、とてもではないが真似のできない動きだ。
「練習次第だよ。それに、アンリ君が動き回る必要なんてないだろう。そんなに魔法が上手いんだから」
「とはいえ、やっぱりタイミングがずれるところは結構あったね」
アンリは試した演舞を振り返って言った。さすがに魔法そのものを失敗することはなかったが、もう少し早く魔法を使えていれば、あるいはもう少しゆっくりと時間をかけた演出ができていればと思う場面は多々あった。
オーティスが自身の失敗と思っているような部分についても、だいたいはアンリとの息が合っていなかったために上手くいかなかった部分であって、彼自身が致命的な間違いを犯したというわけではなかった。アンリがオーティスの動きに合わせて魔法を調節できていれば、失敗にはならなかっただろう。
自分の失敗と言いつつそうした状況も冷静に理解しているのか、オーティスは「そうだね」とアンリの言葉を簡単に肯定した。
「アンリ君の魔法技術はすごいけれど、やっぱり合同演舞は二人でやるものだからね。息を合わせないと、上手い演技はできない」
交流大会までにたくさん練習しないとね、とオーティスは笑った。
ところで、とオーティスは息が落ち着いてから、改めて言った。
「俺のやりたいことばかり試してもらっちゃったけれど、アンリ君も、何かやってみたいことがあるんじゃないの?」
「えっ?」
オーティスの突拍子もない問いに、アンリは間の抜けた声を上げた。合同演舞に出ようというのはオーティスからの誘いであって、アンリは彼に誘われてやってみようと思っただけだ。自分から何かをしてみたいという希望など、持っていようはずがない。
ところがオーティスは言葉の続かないアンリを見て、意外そうに首を傾げた。
「そんなに驚くこと? 誘ったのは俺からだけど、アンリ君だってそれを受けたからには、何かやりたいことがあるんじゃないかと思ったんだけど」
改めてオーティスに問われて、アンリはどうだろう、としばし答えを探した。合同演舞でアンリのやりたいこと。やってみたいと思える演技。アンリが合同演舞を選んだ理由。
考えれば考えるほど、何と答えれば良いのかわからなくなってくる。レイナには自信を持って、自分でやりたくて合同演舞を選んだのだと宣言した。しかしいざ改めて何をやりたいかと聞かれると、具体的にやりたいことがあったわけではないように思われる。
何と答えるべきだろうか。やりたいことはないと、正直に言うべきか。しかし、その程度の気持ちで誘いに応じたのかと、オーティスに失望されるのも辛い。
色々と考えてアンリが眉間に皺を寄せていると、オーティスは「そんなに難しく考えなくても」と笑い出した。
「何もないなら何もないでいいさ。それに、最初からやりたいと思っていたことでなくてもいい。今、色々と試してみただろう? それで新しくやってみたくなったこととかでもいいと思うよ。せっかくだから、アンリ君だって好きなことをやってみればいいんだよ」
好きなことを、と言われても。アンリは余計に頭を悩ませた。この魔法をやってみてくれと言われてやるのは大体できるが、自分がやりたい魔法と言われると難しい。攻撃用の魔法だとか重魔法の組合せだとかなら試したい魔法もあるが、今聞かれているのはそういうことではないはずだ。
しかしよく考えると、やりたいことがないと答えてしまうのもやはり味気ないように思われる。オーティスの言うように、せっかく合同演舞に出ることを決めたのだ。全てを彼に任せきりにするのではなく、何かひとつでも、アンリの発案したものを混ぜてもよいのではないか。
隊長の魔法技術に近づくためにも、それは必要なことに思われる。
「……うーん。ちょっと、考えさせて」
結局アンリはそう言って、答えを保留にすることにした。必要だとは思っても、だからといって、すぐに思いつけるなら苦労はない。
曖昧に答えを濁したアンリをオーティスが責めることはなかった。それどころか「もちろん、ゆっくり考えて」とアンリの思いを後押ししてくれた。
「交流大会まで、まだまだ時間はある。それまでに練習を重ねて、アンリ君の希望も入れて、良い演技にしていこう」
オーティスの前向きな言葉に、アンリも笑顔になって大きく頷いた。




