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(3)

 正門でアンリたちを出迎えてくれたオーティスは、穏やかそうな笑みを絶やさない、おとなしそうな顔立ちの男子だった。三年一組に所属しているというが、魔法士科と違って成績順のクラス分けになっているわけではないため、クラス番号にさしたる意味はないらしい。


「え、それじゃあ、どうやってクラス分けが決まるの?」


「さあ。先生たちが話し合って決めているらしいけど。案外、くじ引きとかをしているのかもしれないね」


 優しげな印象の顔立ちに反して、オーティスははきはきと明るく話す。それでいて騒がしいわけでもなく穏やかな様子に、アンリは好印象を覚えた。


「さあ、ここが訓練室だ」


 他愛もない話をしながら歩き、たどり着いたのは、魔法士科の中等科学園の訓練室と似たような、悠々と模擬戦闘ができそうなほどの広さのある部屋だった。


「同じような部屋がいくつかあるんだ。アンリ君が俺と一緒に演舞をやってくれるなら、ここで練習しようと思っているよ」


「なるほど……防護壁も張ってあるね。騎士科でも、普段から魔法を使うことは多いの?」


 アンリが尋ねると、オーティスは目を丸くした。「見ただけでわかるなんて、すごいね」という彼の言葉にアンリは内心で慌てたが、ありがたいことにオーティスは深くこだわることもなく「使う人は使うよ」とアンリの問いに答えた。


「騎士科生だからって、魔法が使えない人しかいないわけじゃないからね。人によっては剣と魔法と、両方の訓練をしているよ」


「オーティスは?」


「俺は、魔法は使わない。……少しは使えるけれど、魔力が少なくてね。とても人に見せられるようなものではないんだ」


 オーティスが苦笑しつつ肩をすくめる。彼の消極的な態度に、アンリは首を傾げた。


「規模が小さい魔法でも、上手くすれば使い道は色々とあると思うけど」


「そうらしいね。でも、そこまで頑張って魔法を使う理由が俺には無いから。魔法が使えなくても、生活にも将来にも支障はない」


「そういうものかな」


 もちろん世の中にはそもそも魔法が使えない、適性が無いという人も多い。だからたしかに、魔法が使えなくても生活はできるはずだ。しかし当たり前のように魔法が使えるアンリには、その生活がなかなか想像できない。


 首を傾げるアンリに対してオーティスは「そういうものだよ」と言って笑った。


「魔法器具という便利なものもあるから、自分で魔法が使えなくても困ることはそうそうない。……さて、じゃあせっかくだから、アンリ君には俺の動きを少し見てもらおうかな。ちなみにアンリ君、魔法で剣を作ることはできる? 木でも鉄でも、何でもいいんだけれど」


 オーティスの言葉に応えて、アンリは右手に木剣を、左手に鉄剣をつくってみせた。形の指定は無かったが、どちらも普段アンリが好んで使う短剣ではなく、一般的な長さの細剣の形に仕上げる。これで良いだろうかとオーティスを窺うと、彼は「すごいな」と表情を輝かせた。


「こんなに素早く、こんなに綺麗な剣がつくれるなんて。ますます組んでほしくなったよ」


「ええと。この魔法と演舞と、何か関係がある?」


「大ありだ。まあ、その辺りは本当に合同演舞をやることになったらちゃんと説明するよ。ひとまず今回は、こっちの木剣を借りるね」


 そう言ってアンリの右手から剣を受け取ったオーティスは、その剣を右手に握り、訓練室の中央に立った。






 オーティスの演技は、それほど長いものではなかった。だが、それで十分だった。


 アンリのつくり出した木剣を手に持ったオーティスは、訓練室の中央に立つとゆっくりとその剣を振りながら、流れるように動いた。


 その動きの滑らかさに、アンリの目は釘付けになった。決して力強くは見えないのに迷いがなく、まるで高いところから低いところへ水が流れるような、自然で淀みのない滑らかな動き。


 剣術の型のようでもあり、舞踏のようでもあった。不安定に見える動きのときであってもオーティスの身体の芯は決してぶれることがなく、初めて手に持つ剣であるにもかかわらず、その重心を良く理解し、自身の身体の一部としていた。


 やがてオーティスが動くのを止め、ふっと身体から力を抜いたのが見て取れた。彼の演技がそれで仕舞いであるということが、それだけでわかった。


「……すごい」


 思わず声を漏らしたアンリに、隣からサニアが「でしょう」と得意げに言う。


「オーティス君の剣舞はプロ顔負けなの。プロの劇団からスカウトされたこともあるんだって」


「こんなにすごい技術があるのに、それを仕事にできないなんて残念ですね」


 思わずそんなことを言ってしまったアンリに、演技を終えて戻ってきたオーティスが「そんなことはないよ」と笑った。


「すごいと言ってもらえるのは嬉しいけれど、趣味の域を出ない。それに、これを仕事にしようという気負いがないからこそ、自由に動けるんだ」


 たとえ親の跡を継がなければならないという事情がなくても剣舞を仕事にすることはなかっただろう、とオーティスは言う。そういうこともあるのかと、アンリはただただ感心してため息をついた。


「どうだったかな。一緒にやってくれる気持ちになった?」


 悪戯っぽく笑いながら首を傾げるオーティス。そんな彼に対してアンリは「ええと」と口ごもってしまった。たしかに演技には感動したが、それとこれとは話が別だ。


 口ごもるアンリに対してオーティスは「冗談だよ」と笑った。


「見てすぐに決められるっていうものじゃないだろう。別に、答えは今日でなくても構わない。それより、アンリくんの魔法もいくらか見せてくれないかな。さっきの剣をつくる魔法とは別に、演舞で使えそうな魔法があれば見てみたいんだけれど」


「アンリ君の魔法はすごいんだから。オーティス君だって、見ればきっと驚くよ」


 オーティスに頼まれサニアに持ち上げられて、アンリは「演舞用の魔法は得意というわけではないんだけれど」と言い訳するように呟きながら、魔法を見せるために二人から離れて訓練室の中央に立った。






 何をすべきかわからず迷ったアンリは結局、いつも孤児院で年少の子たちに見せるような児戯を披露することにした。


 胸の前に掲げた手のひらの上で、水魔法を使って噴水のようなものを生み出す。赤や黄色、青や緑に色付いた水がぴょんぴょんと手の上を舞う。


 しかし、さすがにこれだけでは演舞としては地味だろう。そう考えたアンリは水の量を徐々に増やし、天井近くの高さまで水を跳ねさせた。もちろん噴き上がった水がそのまま降ってきては濡れてしまうので、散った水の粒には蝶や花弁や葉の形をとらせて空中を舞わせた。そのまま霧として、自然と空中に溶け込んでいくように演出する。


 いくらかそんな魔法を続けた後に、さすがに水魔法で終わるのもつまらないだろうと思い直したアンリは、次に火魔法を使ってみることにする。部屋の中だからと規模に気をつけつつ、アンリは花火を打ち上げた。これも、年末に孤児院で子供たちに見せた魔法だ。


 頭の少し上くらいの高さで、いくつもの火花を炸裂させる。落ちていく火の粉をまとめ上げて龍の形に仕立て、天井近くをぐるりと一周させた。火事にならないように適度なところで火を消して、オーティスとサニアのほうを見遣る。これで終わりにすべきか、もう少し何かをやるべきか、アンリには判断がつかない。


 部屋の端から見上げるようにして魔法を見ていた二人は、終わってからもまだぼんやりと、名残に浸るように天井近くを見上げていた。


「……ええと、どうかな。もう少し何かやってみる?」


「えっ。あ、いや、もう大丈夫だよ、ありがとう」


 アンリが声をかけると、はっと我に返った様子でオーティスがアンリに目を向けた。興奮した様子で「すごいね」と、まるで独り言のような調子で言う。


「模擬戦闘大会でアンリ君の魔法は見たことがあったけれど、戦闘の魔法だけじゃなくて、こんなこともできるんだね。すごいよ」


 その言葉を聞いて、アンリは少しだけ顔をしかめた。そういえばオーティスは一昨年の模擬戦闘大会に出場していたと、先ほどサニアが言っていたか。見られていたと思うと妙に恥ずかしい。


「……あのときは魔法器具を使っていたから。あのときと今とでは、使える魔法が少し違うよ」


 何とか誤魔化すようにアンリが言うと、「そういえばそうだったね」とオーティスは納得したように頷いた。


「たしかに、あのときの魔法はかなり強い戦闘用の魔法だったね。でも俺は、今日の魔法のほうが好きだよ」


 オーティスは笑顔でさらりと続ける。


「剣も魔法も、戦闘用のものは乱暴だから、俺は嫌いなんだ。模擬戦闘大会で使われるような魔法より、今日アンリ君が見せてくれたような綺麗な魔法のほうが、よっぽど好感が持てる」


 彼にとって、これは褒め言葉なのだろう。だからアンリも微笑みながら「ありがとう」と返した。


 しかし、心中では複雑な気分だ。アンリの魔法の本質は戦闘用の規模と威力に特化したものであり、今日のような魔法はその派生にすぎない。好き嫌いは誰にでもあることだから仕方ないが、自身の魔法の本質の部分を「嫌い」と言われてしまうと心が痛む。


 アンリの心中を知ってか知らずか、オーティスは苦笑しながら「とはいえ剣は戦闘のためにつくられることがほとんどだし、俺も必要なときに戦えるように、戦闘用の剣は学んでいるけれどね」と付け足した。二年前の模擬戦闘大会に出ていたのも、どうやらその一環らしい。


「でも公式行事では、自分のやりたいことをやりたいと思っているんだ。だから、演舞を選びたい。だけど俺の演舞に合わせてくれそうな魔法士科の同学年がなかなか見つからなくて、困っていたんだよ。アンリ君がやってくれるなら、本当に助かる」


 頼むよ、オーティスは頭を下げた。アンリは恐縮して彼に頭を上げさせると、「一日考えさせてほしい」と答えを保留にして、ひとまず魔法士科学園に帰ることにした。

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