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翌日の授業後、アンリは用事があるからと言って魔法研究部の活動を休み、訓練室へと向かった。アイラとの模擬戦闘の予定は、ウィル以外の皆には隠してある。騒がれると面倒だと思ったからだ。
アイラは立会いをトウリに頼んだようなので、今日の部活動にはトウリも不在だろう。それで活動になるのだろうかと、アンリはややお節介な不安を抱いた。
そしてその不安が無用のものであり、むしろ別の心配をすべきだったことにアンリが気付くのは、訓練室に足を踏み入れたときだ。
訓練室では、すでにアイラとトウリが待っていた。さらに、先ほど今日アンリが活動に参加できないという報告を淡々と受け流していた魔法研究部の面々も、そこにいた。
「……なんで皆がここにいるんだ」
「トウリ先生に誘ってもらったの! 勉強になるからって。アンリ君は隠そうとしたみたいだけど、そうはいかないんだから!」
アンリはトウリを睨んだが、トウリには悪びれた風もない。むしろアンリの困り顔を見て、愉快げに笑っていた。
「魔法での模擬戦闘なんて、一年で見る機会はほとんどないからな。魔法研究部の活動にはちょうどいいだろう?」
『俺の授業で通信具なんてものを使った罰だと思え』
実際に聞こえる言葉のほかに、アンリの頭にトウリの声が直接響いた。アンリにだけ聞こえるように使われた近距離通信魔法だ。アンリは舌打ちして、通信魔法を無視した。
「アンリ君、頑張ってね! アイラなんかに負けないで!」
気合の入ったマリアの声援と他のメンバーの好奇心旺盛な視線を背に受けながら、アンリはアイラと向き合う。立会いとして間に立ったトウリが、今度こそ真剣な声で告げた。
「使う魔法に制限はつけない。一方が降参するか、戦闘不能に陥るか、俺が止めたときに勝負は終了する。命に関わる危険な行為は禁止。後遺症の残る傷を相手に与えることも禁止だ。その他の怪我を負った場合に、相手を責めないこと。……ここまでが一般的な模擬戦闘のルールだが、ほかに何か必要か?」
「いらないわ」「特に」
「では、健闘を祈る。始め!」
合図と同時に、トウリは二人から距離を取った。立会いとして見守るが、邪魔はしないということだろう。壁際に、見学の魔法研究部の面々と並んで立つ。
アンリは右手を前に掲げ、アイラに向けて水魔法を放った。
模擬戦闘では、実力の低い方から攻撃を仕掛けるのが暗黙のルールだ。実際の実力はともかくとして、二人の間には一組と三組という明確なランク付けがある。アンリから攻撃を仕掛けるのがセオリーだろう。特に断らずに攻撃したがアイラも驚きは見せず、自分の前に風魔法を展開した。アンリの放った水は、風に阻まれて霧散する。
それなら、とアンリは空間魔法を用い、左手の先を風の壁の向こう側、アイラの眼前に繋げた。至近距離で再度放たれた水魔法を、アイラは飛び退いて避ける。アイラの避けた先に、アンリは木魔法による植物の蔦を用意した。足に絡めて動きを封じれば、やりやすくなる。
しかしアンリの用意した蔦はアイラの身体に触れる前に、燃え上がって炭と化してしまった。アイラが火魔法を使ったのだろう。
案外、戦闘慣れしている。それがアンリのアイラに対する印象だった。実演を見た限りでは、威力の強い魔法が使えるということしかわからなかった。しかし威力の弱い、いわゆる生活魔法も、戦闘中の使いどころと力加減が的確だ。
アンリが攻撃の手を休めると、アイラはにっこりと笑った。
「おしまい? それなら、次は私の番ね」




