(31)
翌日の授業後。アンリは人目のない建物裏にレオを呼び出すと、内心の抵抗感には蓋をして、大人しく「昨日はごめん」と頭を下げた。
「……君の言うことに納得はできないけど、だからって、あんなふうに魔力に物を言わせてどうこうしようと思ったわけじゃなかったんだ」
こんな説明で納得してもらえるとは思えないが、アンリとしてはありのままを話すしかない。罵られるか、軽蔑されるか、はたまた昨日の流れでそのまま恐れられるか。どんな反応が返ってくるかはわからないが、仲直りとはいかないだろう。そもそも直すほどの仲は元々ないしーーなどとアンリが頭を下げたままつらつらと考えていたところに「別に」と、レオのそっけない声が降ってきた。
顔を上げると、レオは気まずそうに目を逸らしていた。「お前だけが悪いわけじゃないだろう」と不本意そうな声で言う。
「……俺は自分の考えが間違っているとは思ってない。けど、さすがに昨日の話は強引すぎた。だから、俺も悪かった」
昨日のレオからは想像もできない殊勝な態度に、アンリは唖然としてしまった。昼休みにレイナに呼び出されていたので、そこでの話で改心するところがあったのかもしれない。それにしても、この変わりようは。
「言っておくが、俺の考えは変わっていないからな。それだけ高い魔法力を持っているんだから、お前は防衛局に行くなりなんなりして、その力を世の中のために生かすべきだ」
冷静な口調で、レオは言った。
「けどまあ、俺はその考えを強引に押し付けるよりも、お前のことをちゃんと説得すべきだったんだ。お前、魔法力は本物なんだから、その力は絶対に無駄にしたらいけない」
まっすぐにアンリを見つめる真剣な目。これまでのような敵意はない。しかし、自身の考えを信じて疑わない、強い信念のようなものが見て取れた。
厄介だな、とアンリは眉をひそめる。
「……俺の魔法力は俺のものだよ。何にどう使うかは、俺が決める」
「それなら俺は、お前がその力を世の中のために使うって決めるように、説得し続ける」
本当に厄介だ。アンリは頭を抱えた。
これまでのように、敵意しかないような目で睨まれることはなくなるのだろう。しかし今後はこれまでのような執念で、真摯に説得され続けることになるのかもしれない。
(まあ、睨まれ続けるよりはマシ……か?)
理由もわからずに睨まれるよりは良いだろうーーアンリは無理にでも、そう考えることにした。
隊長から魔力制御の訓練について連絡があったのは、数日後のことだった。今後の休日で何度か、防衛局の新人隊員の訓練に加われという指示だった。
『ええと……上級戦闘職員として?』
『いいや、新人職員のふりをして、一緒に参加しろ。新品の制服を用意してやるよ』
通信魔法の向こうから聞こえる隊長の声は、心なしか、楽しそうだった。
『中等科学園を卒業して入ってきたばかりの新人と比べれば、もう歳も二つしか離れていないんだ。見た目については、そう不自然にも見られないだろうさ』
『つまり、普通に顔を出して訓練に参加しろってことですか?』
『うん。アンリのことを知っている新人がいなさそうな班に組み込むから。事情があって普段は皆と同じ訓練に参加できない新人って顔をしておけ』
『事情って……』
『そうだな。まあ、魔法力が特別に高いから、いつもは個別に訓練を受けているってことでどうだ。あながち、嘘でもないからな』
無理に魔法力を隠す必要はない、と隊長は言う。
『同じ新人で強い奴がいるっていうのは、新人たちの意欲にも繋がるだろう。うまくやれよ』
口調は明らかに、面白がっているときのそれだ。アンリに必要な訓練のことや新人たちへの影響のことをどれだけ本気で考えているのかはわからない。
それでも魔力制御の失敗という負い目のあるアンリには、『わかりました』と従順に頷くほかに選択肢はなかった。
隊長の根回しは早く、次の休日には、アンリは防衛局の訓練場で新人の訓練に参加することになった。
前日に学園の寮に届けられた制服は、いつもアンリが身につけている上級戦闘職員用の黒く丈夫な戦闘服とは違い、魔法に対する防御力にやや不安のある布地で作られていた。色も薄い灰色で、これを着用している隊員はよく見るものの、アンリにとっては初めて身に付ける色となる。
大人しく新品の制服に袖を通して、アンリは防衛局へと向かった。慣れない制服で歩くことにはやや緊張したが、幸いなことに、奇異なものを見るような目を向けてくる人はいなかった。むしろ、上級戦闘職員用の制服を着ているときのほうが注目を集めているような気さえする。
(新人っぽい顔をしていたほうが、むしろ不自然じゃないのかな。隊長も、そんなことを言っていたような気がするし……)
年相応に見えるのだろう。そわそわした気分を抱えて歩いていたことも、新人らしい態度に見えたかもしれない。
怪しまれることなく防衛局の敷地内を歩いているうちに、アンリは楽しい気持ちになってきた。訓練に参加することになったきっかけを思えば楽しいなどと言うのは不謹慎かもしれないが、それでも、こうして誰からも気にされず、自然な顔をして防衛局内を歩くという体験は新鮮で気持ちが良い。
(これから防衛局に来るときは、この制服を使わせてもらおうかな。このほうが、変に目立たずに済むし)
ところがアンリがそんなことを考えていられたのも、訓練場の入口に着くまでだった。
たくさんの訓練場が集まっている建物の入口には、戦闘職員が個別の訓練で部屋を使う際の受付窓口がある。いつもならアンリもそこで、アンリ専用の訓練場を使わせてもらうための手続をしてから中へ進む。
しかし今日は事情が違う。新人研修を受けるために訓練場に向かっているのだ。事前に決められた予定通りに団体で訓練場を使う際には、受付はいらない。そのルールに従って、アンリは受付窓口の前を素通りしようとした。
しかし、そんなアンリの顔を見て、ギョッと目を丸くした受付職員がいたのだ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! えっ、受付は……というか、なんですか、その格好はっ……」
「い、いやいや。別に、悪いことをしようとしているわけじゃないから」
アンリは慌てて受付に駆け寄って、声を上げようとする職員を止めた。見知った職員だ。
「新人研修に参加しろって隊長から言われて来ただけです。別に、内緒で自分の訓練場を使おうとしたわけじゃないですから」
「普通の訓練場をお使いになるってことですか。そんな、なんて危ないことを……」
「大丈夫ですから。そういう危ないことにならないようにするための訓練なんですって」
疑り深くアンリを見つめる職員に、魔力制御の訓練のために新人研修に参加するよう隊長から命令されたのだと、丁寧に根気強く説明する。やがて職員も「隊長さんの命令なら仕方がないですね……」と渋々ながらも通してくれた。
こんなに面倒なやり取りが生まれるくらいなら、やはりいつも通りの戦闘服で、いつも通りの手続きを踏んで自分専用の訓練場を使わせてもらったほうが良いかもしれないと、アンリは諦めのため息とともに思ったのだった。
それでも訓練場に入れば、アンリが上級戦闘職員であるということを知ったうえで話しかけてくる者は、表面上はいなくなった。
新人の魔法戦闘職員が十人集まった班に、十一人目としてアンリが入る。講師を務める戦闘職員二人はアンリのことを聞かされているようでやや緊張気味だったが、アンリを上級戦闘職員として扱うことはなかった。
「彼はアンリ。君たちと同じで……新人職員だ。いつもは別の班での訓練に参加しているが、事情があって今日を含めて三回、この班の訓練に参加することになっている。普段の班は違うが、仲間として接するように」
講師の言葉に新人たちは、素直に敬礼を返す。アンリも「よろしくお願いします」と、できるだけ初々しく見えるように気をつけながら頭を下げた。
魔法力は隠さなくて良い、と言われていたアンリは実際に、一切の妥協なく訓練に参加した。新人向けの訓練などアンリにとっては児戯に等しかったが、それでもアンリ自身の失敗をもとにこの訓練への参加が組まれたことを考えれば、むしろ全力で取り組まなければならないという義務感さえあった。
結果として、アンリは周りの新人たちから奇異なものを見る目で見られることになったのだった。
もちろん真面目な新人たちは、訓練中には表面上は、アンリへの興味を示すことはなかった。彼らの内心に様々な思いが渦巻いていたことをアンリが知ったのは、昼の休憩に入ってからだった。
「なあ、普段は別の班で訓練しているんだろ。誰のいる班?」
「どういう訓練をしたら、そんなふうに上手に魔法が使えるようになるの」
「学園時代から魔法はよくできていたの? それとも、ここに入って訓練をして上達した?」
昼休憩に入ると、アンリは共に訓練をする新人たちから半ば強引に昼食に誘われた。そこでこんなふうに質問攻めにあったのだ。
「ええと……」
アンリは答えに窮しつつも、普段は少人数で訓練しているだとか、学園時代からある程度魔法は得意だったとか、それらしく聞こえるように答えた。
ちなみに班員の名前は「ロバートとかエリックとか、ウィリアムとか……」と、知り合いの名前をいくつか並べておいた。よくある名前を選んだからか、新人たちは「もしかしてあのウィリアムか?」「いや、あいつは普通の班に入っているはずだ」「ロバートって、三人くらい知ってるんだけど……」「俺の知っているエリックは研究部の奴だから違うかな」などと、勝手にいろいろと話題を広げようとした。どうやら皆、アンリと自分との共通の知り合いを探して、それを話題にしたいようだ。
「俺たち、どうも魔法力が高いっていうことで、特別な班が組まれたらしいんです。それで、普段はあんまり新人同士の交流っていうのに馴染みがなくて。だからきっと、皆さんの知り合いとは違う人だと思います」
アンリの言葉に新人たちは「そっか」とやや残念そうに呟きつつも、すぐに気を取り直した様子で「その班だと普段はどんな訓練をするの」と、別の方向に話を移した。
素直な新人たちだった。
アンリの魔法力に嫉妬するでもなく、僻むでもなく、純粋にアンリに興味を示してくれている。そんな彼らに好感を抱いて、アンリも素直な気持ちで彼らの問いに答えた。もちろん、答えられる範囲でのことにはなるが。
得意な魔法の種類、普段の訓練の方法、休日の過ごし方、防衛局内でのお気に入りの場所、食堂での好きなメニューなどなど。話は多岐にわたり、彼らもアンリも笑顔で話し込んだ。
時間があっという間に過ぎ、そろそろ昼休憩も終わるという頃合いで誰かが「ところで」と口を開いた。
「アンリって、言葉遣いが丁寧だよな。俺たち、同期ってことだろう? もっと軽く話してくれていいんだけど。なんとなく、よそよそしい感じがする」
「え、ええと、そうですかね……?」
アンリは罪悪感から、曖昧に答えながら少しだけ目を逸らした。防衛局への入庁で言えばアンリは彼らよりもずっと先輩だし、年齢で言えばアンリは少し後輩になる。彼らに対して、アンリはどんな態度で接すべきか迷っていた。
「えっと……俺、こういう口調が癖なので」
「そうなの? まあ、無理に変えろとは言わないけど」
そんな会話で、アンリの中に少しだけ悩みを残しつつ、昼の休憩は終わった。




