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 アンリが苛立ちに任せて魔法を使おうとしたちょうどそのとき、レイナから「一旦やめ」の合図が入った。


 もはや作戦など忘れて一気に攻め勝とうとしていたアンリは、その合図にぴたりと動きを止めた。


 なぜ今なのか。止めるなら、レオがあの危険な刃物を使ったときではないのか。レオの行為を止めもしなかった審判が、今さら、何をしようというのか。


 アンリは強くレイナを睨んだが、レイナはどこ吹く風という顔だ。


「レオ・オースティン。君の使っている剣は模擬戦闘で使うには危険すぎる。しまいなさい」


 レイナの落ち着いた声に対して、レオはやや戸惑う様子を見せた。「しかし」とか「さっきは」などと呟きながら、剣を手放そうとしない。レオも、今になって止められたことに困惑しているのだろう。


 一方でレイナは「先ほど君が言ったとおりだ」と、静かな声で続けた。


「先ほどの打ち合いではアンリがうまく君の攻撃をさばけていたから、危険はないと判断した。しかし、このまま続けるというのであれば話は別だ。その剣を使い続けるのであれば、反則の危険行為であると判断する」


 模擬戦闘において、審判の判断は絶対だ。レイナが反則と判断すれば、その時点でこの試合におけるレオの負けが決まる。


 しかしもはや、アンリもその結果を望んではいなかった。


「先生、俺は大丈夫です。あんなもの、俺にとっては危険でもなんでもない」


 レオの行為は危険である。彼の考えも危険だ。しかしここでレイナの言葉により反則とされる程度では、きっと彼が考えを改めることはないだろう。レオは少し、痛い目を見たほうが良いのだ。このまま続行して、言葉ではなく、模擬戦闘を通してわからせてやるーーそんな気持ちでアンリは言った。


 ところがレイナは「駄目だ」と、静かな口調で今度はアンリを諌めるように言った。


「君の判断は関係がない。反則か否かは、あくまでも私の判断で決まるものだ。……君も少し、冷静になりなさい。気持ちは理解できなくもないが、これ以上冷静さを欠くようなら、この模擬戦闘は中止せざるを得ない」


 自分は冷静だ、と言い返そうとしたアンリだが、ふと我が身を振り返れば、本当に自信を持って主張できるほどに冷静かというところには疑問を抱かざるを得なかった。当初の作戦を変え、勝ってやろうと思い、そのためには本気の実力を使っても良いと考えた。普段のアンリなら、絶対に考えないことだ。


 何より、審判であるレイナに言い返そうと考えるなんて。それがそもそも、冷静ではないことの証とも言える。


 アンリは大きく深呼吸をして、諸々の感情を胸の中に押し込んだ。


「……すみません。気をつけます」


 そう言って頭を下げると、レイナは「わかれば良い」と言った。先ほどまでと同じ静かな口調ながら、どこかほっとした様子にも見える。


 次いでレオが、無言で氷の剣を手放した。力任せに投げ捨てられた剣が、鈍い音を立てて地面を転がる。レオは不満げに唇を歪めていたが、その不満を口に出すことはなく、ただ手元に新しい氷の剣を作り直した。新しい剣には全く鋭さがなく、むしろ極端に刃を潰しているせいで、ただの細長い杖のように見える。


 レオが指示に従ったことを見て、レイナは「よろしい」と頷いた。それから床に転がった氷の剣を一瞥する。その視線に応じたように、剣はとろりと溶けてただの水溜まりになった。レイナが魔法で溶かしたのだろう。レオが舌打ちして、今度こそ不満を口にした。


「そんなことをしなくても、俺は拾って使ったりはしませんよ。信用できませんか」


「信用の問題ではない。危険な武器を放置したまま再開できるわけがないだろう。……さて、準備が整ったようであれば、再開しよう」


 レオの文句など意にも介さずに軽く受け流したレイナは、二人に元の位置に戻るよう促す。


 こうして、二戦目の後半戦が始まった。






 結果的には、二戦目もアンリが勝利することになった。


 本気を出したわけではない。しかし、あえて負けてやるというのも馬鹿らしくなったのだ。


 試合再開の合図とともに木魔法で木剣を作り出したアンリは、そのままレオの氷剣と打ち合った。大袈裟な手加減はせず、本気も出さず、ただアイラの剣の腕を思い出しながら、同じ程度になるように剣を振るう。


 レオに対しては、十分すぎるほどだった。ただ剣を当て、捌いているだけで、少しずつレオを押し込んでいく。下手に負けようなどと考えなければ、アンリの体もスムーズに動いた。


 そうしてしばらく剣でのやり取りを続けているうちにアンリが押し勝ち、いつの間にか剣を取り落としたレオの首元に、アンリは木剣を突きつけていた。


 色々と考えて臨んでいたことが馬鹿みたいに思えるほどにあっけなく、そして、自然な試合の運びだった。


「勝者、アンリ・ベルゲン」


 レイナの言葉を、アンリは誤魔化しではなく真に冷静な心で聞いた。素早く魔法を解いて、木剣を手元から消す。


 冷静になって考えてみれば、この決着はきわめて当たり前で自然な成り行きだった。


 いくら魔法の使い方が上手いといっても、レオが一組になったのは今年から。つまり戦闘魔法が使えるようになってからまだ一年も経っていないのだ。魔法を使っての実戦経験はまだ不十分だし、そのうえ剣も苦手となれば、アイラの力を模して戦うアンリの敵ではない。


 一戦くらいは負けてやろうなどと、余計なことを考えたのがいけなかったのだ。


「講評を行う。二人とも、そこに並べ」


 試合を終えてぼんやりとしていたアンリだが、レイナの声には体が反応した。即座にレイナに向き直り、足をそろえて背筋を伸ばす。ちらりと横目に窺えば、負けて意気消沈していた様子のレオでさえ、アンリと同様の反応を見せていた。


 二人が真面目に話を聞く姿勢をとったところで、レイナは「まず、レオ・オースティン」と、レオのほうへ視線を向けた。


「今回の模擬戦闘について、君には減点の評価をせざるを得ない」


 授業外であっても学園内で模擬戦闘を行う場合には教師の立ち会いが必要だ。そして立ち会った教師により模擬戦闘の内容が評価され、魔法科目の成績にも反映される。


 今回の模擬戦闘では、レオにマイナスの評価が付くらしい。当然だ、とアンリは内心でほくそ笑んだ。


「理由は自分でわかっているか、レオ・オースティン」


 レイナの問いに、レオは不貞腐れたような不機嫌顔で黙り込んだ。よくもまあレイナの前で問いに答えないという態度がとれたものだと、その一点に関してだけは、アンリもレオのことを認めた。気に食わない奴ではあるが、その度胸はたいしたものだ。


 それでもレイナに重ねて「わかっているのか、いないのか」と厳しく問われると、さしものレオもびくりと体を震わせて「わ、わかりませんっ」と小さく叫ぶように言った。本当にわかっていないというよりも、どうやら意固地になっているようだった。


「せ、先生は、俺が危険なことをしたから評価を下げるのですかっ。しかしこいつは、自分の実力を隠して模擬戦闘に臨む卑怯者です! こいつにその卑怯な手を使わせないためには、こちらが多少危険な手を使うことも、致し方なかったものと考えます!」


 レイナを前に、レオはやや怯む様子を見せながらも力強く言い切った。その勇気はたいしたものだと感心したアンリだが、さすがに言葉の内容まで認めることはできず、眉をひそめる。


 アンリが自身の魔法力を隠していることは事実だ。けれどもそれにより騙そうとか、何かを企んでいるとかいうわけではない。卑怯者などと言われる筋合いはない。


 レイナならわかってくれるはず、とアンリは彼女のほうへ目を向けた。しかし期待に反して、レイナは「気持ちはわかる」と、レオに同意するようなことを言い出した。


「実力を隠すということは、周囲を欺くということだ。戦いの中の作戦としてというのであればともかく、常日頃からそうされているのは、決して気分の良いことではないだろう」


 レオは意地を張っているのか頷かないが、否定する様子もない。おそらくレイナの言っていることが当たっているのだろう。


 一方でアンリは初めて聞く話に慌てていた。アンリには欺こうなどというつもりは毛頭もない。それなのに、まさか力を隠していることにより、そんな捉え方をされてしまうとは。


「ご、誤解だって。俺、そういうつもりじゃ……」


「黙りなさい、アンリ・ベルゲン。今はレオ・オースティンに対する講評の最中だ」


 アンリは思わず弁解しようとしたが、レイナはぴしゃりとその言葉を遮った。レイナとレオの二人から睨まれて、アンリはぐっと口を閉じる。レイナは一つ頷くと、改めてレオに向き直った。


「話を戻そう。確かにアンリの取った戦法は卑怯に思えたかもしれない。しかし君の取った戦法も卑怯だったと言わざるを得ない」


 レイナの言葉に、レオは心外だという様子で目を見開く。しかし彼が何かを言うよりも、レイナが言葉を続けるほうが早かった。


「模擬戦闘の決まりに背いた行いにより、目的を達しようとしたのだろう。これを卑怯と言わずに何と言う」


 レイナの厳しい物言いに、レオはぐっと唇を噛み締めて俯く。責められて悔しいのだろうが、自業自得だ。言い返さないところを見るに、本当は自分でもわかっているのだろう。


「模擬戦闘において危険な戦法を用い、正々堂々と戦わなかったこと。それが君の減点要因だ。心に刻み、以後、このような模擬戦闘は絶対に行わないこと」


 レイナの言葉に、レオは神妙に頷いた。アンリは無表情を装いながらも、内心では「いい気味だ」と溜飲を下げる。


 ところが「レオ・オースティンに対する講評は以上」と話を早々に切り上げたレイナは、すぐにアンリに視線を移すと、アンリには思いもよらなかったことを口にした。


「次に、アンリ・ベルゲン。君は勝利に酔っている最中かもしれないが、私からの評価は決して高くはない。むしろ君にも減点の評価をつけざるを得ないということを、ここではっきりと言っておこう」


「………………えっ」


 あまりにも予想外の言葉と、レオに対する以上に冷たく厳しいレイナの視線に、アンリは思わず口を開けたまま固まった。

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