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 新人勧誘期間が終わって各部活動に二年生がたくさん入部してきたことで、昼休みにはいつものメンバーでも、部活動の話をする機会が増えた。


 当然、二年生を引き連れて西の森で素材採取をした翌日の昼休みの話題も、部活動のことだった。「昨日のことだけど」と話を始めたのはエリックだ。


「アンリ君が西の森で、なんだかとんでもないことをやらかしたって聞いたんだけど。いったい何をしたの?」


 最近は魔法器具製作部の部長としてさすがに疲れた様子を見せることの多いエリックが、珍しく明るく面白そうな顔をしている。おそらく、何があったのかまで聞いているのだろう。それでいて「何をしたのか」などと白々しく問うのだから、エリックも意地が悪い。


 アンリとしては認めたくないので、顔を背けて「何もしてないよ」とシラを切った。


 しかし、さすがに誤魔化せるわけがない。アンリの答えを受けて、マリアが「嘘でしょ」と笑いながらも素早く言う。


「私、ちゃんと見ていたんだから。あれで何もしていないなんて、ちょっと無理があるよ」


「……そんな、言うほどのことは何もしてないって」


 ともに二年生を引き連れて西の森へ行ったマリアには、昨日のアンリの行動はしっかりと見られてしまっている。どうせエリックもマリアから聞いたのだろう。この場でアンリのやらかしたことを隠し通せるわけがない。


 それでもアンリとしては、あの程度で「やらかした」と思われていることが納得いかないのだ。


「俺はただ、鞄からナイフを取り出しただけじゃないか」






 素材採取場見学の最後に、魔彩草がほしいという声に応えるべく、アンリは魔法工芸部の新人全員を引き連れて歩みを進めていた。


 魔法工芸部の後ろから、魔法器具製作部の部員たちも興味深げについてきていた。どうやらマリアが「素材を採取するところも見てみよっか」と、魔法器具製作部の二年生たちの背中を押したらしい。今後は魔法器具製作部の部員たちもともに素材採取をする機会も増えるかもしれない。そう思えば、マリアの呼びかけも悪いものではなかった。


 ただ、先頭を歩くアンリの心中には、ちょっとした焦りが生まれていた。


(……ナイフを持ってくるのを忘れたんだよな。採取方法を、どう説明したらいいだろう)


 魔彩草は根を残せばまた生えてくる強い植物なので、引き抜かず、茎の根本のほうから刈り取るのが一般的だ。だから採取の際は、刈り取り用のナイフが必要になる。


 ところがアンリはいつもこれを、魔法で代用している。魔彩草は魔力に弱い植物でもないので、魔法を使って採取しても何の問題もない。


 ただ、それが中等科学園生にとって一般的な採取方法かといえば、話は別だ。


 魔法を使って小さな植物の細い茎をすっぱりと切り落とすには、繊細な魔力操作が必要になる。普通の学園生は、まだそこまで精密な魔法操作ができない。だから、採取はナイフで行うのが一般的だ。


(次からはナイフを持って来るようにっていう説明をしながら、今回だけはってことで魔法を使うか。でも、魔法を使うところはあんまり見られたくないし……)


「アンリさん、見つけましたよ! これですよね、たくさんあります!」


 あれこれ考えながら歩いていたアンリの後ろから、アルヴァが声をあげた。振り返ると、彼は大きな木の根元からにょきっとまっすぐ上に伸びる茎を掴んでいる。鮮やかな青緑色の細長い葉を何枚かつけたそれは、確かに魔彩草だ。近くには二十人が採っても余るほど、たくさん生えている。


 アンリの向かっていた群生地より手前だが、ここで採取を始めても問題はないようだった。


「ええと……うん、そうだね。じゃあ、それを採ってみようか」


 二年生たちの手前、アンリはにこやかに言ったが、内心では焦っていた。採取方法をどうするか、まだ自分の中で決めることができていなかった。


 アルヴァが「どうすれば良いですか」と窺うようにアンリを見上げている。魔彩草は目の前に生えているのだから、もう迷っている暇はない。


「えっと、魔彩草はね、根っこを残して、茎の下のほうを切るんだけど……」


 魔彩草の手前で、アンリはそんな説明をしながらゆっくりとしゃがみこんだ。どうしよう——魔彩草はもう目の前だというのに、どうしたらよいのか結論が出ない。せめてもの時間稼ぎでゆっくりと手を伸ばし、魔彩草の茎をそっと優しく掴む。


 アンリの頭にぱっと事態の解決策が閃いたのは、ちょうどそのときだった。






「持っていた鞄の中に手を突っ込んで、空間魔法を使ったんだよ。それで、寮の部屋にあったナイフを掴んで鞄から取り出した。持って来たナイフを鞄から出したように見せかけるつもりだったんだ」


「……つもりだった?」


 アンリの中途半端な説明に対して、ウィルが眉を寄せて首を傾げた。事情を知らないハーツも同じく首を傾げるが、エリックとマリアはくすくすと面白がって笑い出す。魔法工芸部の誰かから話を聞いていたらしいイルマークは、呆れた様子で肩をすくめた。


 皆の様子を一通り見渡してから、アンリは苦い顔をしつつも、ウィルのために説明を追加する。


「取り出したナイフがさ、ちょっと大きめだったんだよな。その鞄から出すには、ちょっと不自然に見えるくらいの……」


「ちょっとじゃないってば。だいぶ大きかったよ」


 アンリの説明に対して、マリアがすぐにケチをつける。アンリは黙ってそっぽを向くが、マリアの言葉が正しいことは一応わかっていた。


 アンリの取り出したナイフは、アンリが持っている物の中でも大振りのものだった。一方で鞄は小さめで、実際にナイフを入れたなら、おそらく半分以上が鞄の口から外にはみ出してしまっていただろう。


 しかもね、とマリアは楽しそうに続ける。


「アンリ君ったら、ケースも鞘もなしに、抜き身のナイフをそのまま鞄から出したの。周りの二年生たち、皆、びっくりしていたんだから」


 そのときの情景を思い出したのか、マリアはこらえきれずに声を立てて笑った。


 アンリにとっては笑い事ではない。急いで手探りで取り出したものだから、鞘を忘れてしまっただけなのだ。

 それだけなのに、まるで異様なものを見るかのような目を周囲の全員から向けられた。なんともいたたまれない気分になって、魔彩草の採取どころではなくなってしまった。


 それでもなんとか「ええと、実はこの鞄、中の容量を増やした魔法器具なんだよ」とアンリが言い訳すると、二年生たちは「三年生にもなればそういうこともあるのかもしれない」というくらいの理解をしたらしい。やや納得できかねるという表情ながらも、あからさまに訝しむような視線はなくなった。


 その後は何の不都合もなく魔彩草の採取ができたのだから、アンリにとってこれは「やらかした」うちには入らない。そう自分に言い聞かせている。


 アンリとマリアの説明を聞いて、ウィルは「なるほどね」と苦笑した。


「まあ、その程度で済んだならよかったんじゃないかな。なにせアンリだからね、もっと大変なことが起きたって、不思議じゃなかった」


 ウィルの言葉に、マリアやエリックが「なるほど」と笑って頷く。アンリにとっては全く笑えないし頷けない。マリアやエリックの反応にも納得がいかない。


 けれどもただ何かを「やらかした」と思われているよりは、まだ良いのではないか。そう思えば下手に大きな声で異議を唱えることもできず、アンリはただ黙り込むしかなかった。






 少しして笑いを収めたエリックが「でも、アンリ君の苦労もわかる気がする」と、やや同情的な顔をして言った。何を今さら、とアンリは笑われたことを恨みに思って返事もしないが、エリックは構わずに続ける。


「何も知らない二年生に一から教えるのって、思っていたよりもずっと大変だよ。一年前は僕だって新人だったはずなのに、そのときの気持ちをすっかり忘れちゃっているんだ」


 あれこれと丁寧に教えなければいけないと思えば思うほど説明が細かくなって、むしろ理解してもらえないことがある。かと思えばエリックにとってはすでに当たり前になっていることを説明し忘れてしまって、二年生が失敗してしまうこともある。


 困っちゃうよね、と疲れた笑みを浮かべるエリックは、魔法器具製作部の部長としてやはり相当苦労しているらしい。


「僕はけっこう丁寧に教えているつもりなんだけどさ。案外、マリアちゃんの大雑把な説明のほうが、二年生たちには受け入れられたりするんだよね」


「大雑把って、失礼ね」


 エリックの愚痴混じりの言葉に、マリアは頬を膨らませて言った。


「エリックの説明が小難しいからいけないんでしょ。私だって聞いてると、途中で頭がこんがらがってきちゃうんだから」


 初心者である二年生にはもっと簡単にわかりやすく説明してあげるべき、というマリアの主張に対してエリックは「わかりやすく説明しているつもりなんだけど」と困り顔のまま首を傾げる。


 そういうことってあるよね、と話を引き取ったのはウィルだった。最近ウィルは魔法工芸部に顔を出す頻度が減っている。魔法戦闘部での新人指導に注力しているらしい。


「魔法戦闘部でも、いろんな二年生がいるよ。細かく丁寧に教えないとわからない子もいるし、丁寧に説明してもろくに聞いてくれない子もいるから」


 人によるんだろうね、とまとめたウィルの言葉に、エリックは本当にそうだと深く頷く。


「僕が二年生のときってどんなだったかなって、思い出しながらやっているつもりではあるんだけれど。でも、今の二年生たちは一年前の僕とも、やっぱり違うんだよね。単純に一年前を思い出すだけだと、ちっとも上手くいかないよ」


 わかるわかる、とウィルが頷く。どうやら二人とも、部活動における新人指導にかなり心を砕いているらしい。真剣に向き合っているからこそ、悩みも尽きないのだろう。


 そんな二人の様子を見て、どうやらこれ以上自分の失態を笑われることはないらしいと悟ったアンリは、こっそりと安堵の息をついたのだった。

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