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 新人への指導から外されてしまったアンリではあるが、魔法工芸部においてなんの役割もないというわけではなかった。


 作業室でふてくされたように黙々と自身の作品づくりを進めていたアンリに対し、セリーナとセイアが苦笑混じりに「アンリ君にお願いがあるんだけど」と話しかけてきたのが昨日のこと。


 そして今日、アンリは二年生たちを引き連れて、西の森に来ている。魔法工芸部の二年生だけでなく、魔法器具製作部の二年生も一緒だ。


「素材採取場は、ここから少し奥に入ったところだよ。この立て看板の位置を忘れないでおいて」


 分かれ道に立てられた学園管理地を示す看板のところで、アンリは後ろを歩く二年生たちを振り返りながら言った。


 二十人余りの大集団が、看板を見て頷く。


 アンリがセリーナたちから頼まれたのは、素材採取場へ新人たちを案内することだった。魔法工芸部と魔法器具製作部、二つの部活動の二年生たちを引き連れて、西の森にある学園管理地の奥にある、部活動に割り当てられたスペースに向かう。


 二十人を一度に連れていくことに、面倒さを感じないわけでもなかった。なにしろ数人を連れていくだけとは違って、はぐれる子が出ないよう、気を張らなければならないのだから。


 それでもこの仕事に対してアンリの抱いた気持ちは、面倒よりも、感動のほうが優っていた。


 魔法工芸部と魔法器具製作部とが、合同で素材採取場へ行こうというのだ。昨年までなら、決して考えられなかったことだ。


 こうして合同で素材採取場へ行くことになったのには、もちろん理由がある。素材採取場の使い方を昨年と変更したことが一番の大きな理由だ。


 例年は各部の所属人数の比率によって、ここからこっちは魔法工芸部、そっちは魔法器具製作部、と線を引くように採取場を分けていた。それぞれ相手の部活動の敷地でどんな素材を取ることができ、どんな植物を育てているのかなど、知る由もなかった。


 今年は少し違う。


 まず真ん中に、両部活動の共有スペースを作った。そこではあらかじめ両部で話し合った植物を育て、どちらの部の部員が採取しても良いことにする。


 そして残りのスペースをこれまで同様に各部の人数比率で分け、それぞれの部活動で必要な素材が採れるように整備する。こちらでは、自分の所属している部活動の管理するスペースからのみ採取することを基本とする。


 ただし、互いに何がどこで採れるかという情報を共有し、もしも相手のスペースでしか採ることのできない素材があれば、管理の手伝いや、あるいは素材同士の交換などを条件として、相手のスペースからの採取もできることとする。つまり、互いに素材を融通し合おうというわけだ。


 これまでほとんど交流がなく、いがみ合っていたと言っても過言ではない両部の歩み寄り。その事実に感激して、アンリは二年生の引率を引き受けたのだった。


 もちろん引率は一人ではない。魔法器具製作部からはマリアが来ていて、後ろから二年生たちの様子を見てくれている。そして、そのさらに後ろには、魔法工芸部の顧問教員であるサミュエルがついてくれていた。


「着いたよ。ここが魔法工芸部と魔法器具製作部の素材採取場。あっちの印のほうが魔法工芸部で、そっちの印は魔法器具製作部。まずはそれぞれ、自分の部活動の敷地に何があるのかを見てみようか」


 素材採取場に着いたところで、アンリは引き連れていた二年生たちに場内を自由に探索するよう促した。二十人余りが散り散りになって広い敷地内を見て回る。


 そしてその隙に、道中では後輩たちがはぐれないようにと後ろから見張っていたマリアが、アンリの近くに寄ってきた。


「こんなに大勢でここに来たのなんて初めて。二年生たちを見ておかなきゃって思うと緊張するけど、賑やかなのは楽しくて良いね」


「うん。なんだか嬉しいな、魔法器具製作部と仲良くできて。こうしてマリアとも一緒に来られるし」


 部活動の外では仲の良いアンリとマリアだが、さすがにこの素材採取場に一緒に来るのはアンリにとって初めてのことだ。友人同士であっても、魔法工芸部と魔法器具製作部という部活動の隔たりは、やはり大きかった。


 その溝が埋まりつつあることを、アンリは嬉しく思う。マリアもきっと同じ思いなのだろう。にっこりと、嬉しそうに微笑む。


「そうだね。私も、アンリ君と一緒に来られて嬉しい。これからはイルマーク君とも、ウィル君ともここに来られるんだね」


「うん。今度、いつもの皆で一緒に来てみようか。この森って、学園管理地以外にも面白いところが結構あるんだよ」


「……それは、ええっと。うん、アンリ君が一緒なら大丈夫、かな?」


 マリアの笑顔が少しだけ引きつった。もしかすると、西の森が危険だという意識に引っ張られているのかもしれない。先生の引率のもとで学園管理地に来るのならまだしも、自分たちだけで西の森を歩き回るのは心配だ、ということなのだろう。


 それでもアンリが「大丈夫だって」と笑って言うと、マリアも元の自然な笑顔に戻って「そうだよね」と頷いた。






「そこの洞窟近くの地面から採れる土は、陶芸に使えるよ。まあ、陶芸用の土には好みがあるから、ここから採った土をそのまま使っている人はあまりいないけど。あと、洞窟の入り口あたりの岩は、削り取ると魔力石の材料になる。それから……」


 二年生たちがある程度全体を見終えた頃合いを見計らって、アンリは魔法工芸部の用地内で採れる素材について、大雑把な説明を始めた。二年生たちはアンリの説明に熱心に耳を傾け、ふむふむと頷いている。


「ここで採れる素材の台帳が、作業室の奥の棚に置いてあるよ。部活動の中で魔法素材が必要になったときには、まずその台帳を見て、この素材採取場で採れるものならそれを使うようにする。台帳になければ、残念ながらほかに入手方法を考えなければいけないけど」


「ここにあるものなら、自由に採っていいんですか?」


「無くならない程度ならね。どのくらいまで採って良いかは台帳に書いてあるから、慣れないうちは台帳を確認してから来るといいよ。今日は場所の確認だけのつもりだから、台帳は見ていないけど……まあ、ほしい物があったら言って」


 とはいえ、二年生たちはまだ初心者キットに取り組んでいる最中だ。必要な素材はキットに含まれているので、今ここで採取しなければならない素材はないだろう。アンリはそんなふうにのんびりと思っていたのだが、一人が「あの」と手を挙げた。


「僕、初心者キットが終わったら、つくりたいものがあるんです。そのために魔彩草がほしいんですけど」


 意欲に溢れる彼は、二年三組のアルヴァ・ベイス。実家が魔法工芸品を扱う商店をやっているという彼は、入学前からずっと魔法工芸に興味を持っていたそうだ。そうして魔法系の部活動に入ることのできる学年になって、当然のように魔法工芸部を選んだ。そんなアルヴァだからこそ、初心者キットを終わらせた先のことにまで目が向いているのだろう。


「なるほど、魔彩草ね」


 アンリは少しだけ考える。たしか魔彩草は、部活動で素材を保管している部屋に余りがあったはずだ。いずれ使うにしても、今採取する必要はない。

 けれどもせっかくここまで来たのだから、実際に素材を採取する体験をしてもらうのも悪くない。


「じゃあ、あっちへ行こう。魔彩草はたくさん生えているから、皆、一人一本くらい採ってみようか」


 魔彩草は雑草として扱われることも多いほど、いたるところに根付き、ぐんぐん育つ。わざわざ栽培するほどのものでもないので、この素材採取場の中でも特定の栽培地というものがない。一本や二本なら、そのあたりの木の根元にでもすぐに見つけられるほどだ。

 けれども二年生全員分となると、群生地でまとめて採取したほうがやりやすいだろう。そう思って、アンリは魔彩草の群生地に足を向けた。二年生たちは慣れない足取りながらも、せっせとアンリについてくる。


 彼らの様子を見て、アンリは二年ほど前のウィルのことを思い出した。今や森の中を散策することに何のためらいもないウィルだが、一年の最初の頃はさすがに歩き慣れておらず、ただ平坦な道をまっすぐ進むだけでも、こわごわと足を踏み出していた。


 今の二年生たちの様子は、当時のウィルにそっくりだ。


(ウィルに教えていた頃のように、丁寧に教えてやらないと。……でも、そういえば散策のときの基本的な装備は伝え忘れたな)


 素材採取にも護身用にも使えるナイフ。持っていると何かと便利な縄。飲み物や簡単な食料。怪我をしたときに応急処置をするための道具。暗くなってしまった場合を想定した魔力灯など。


 素材採取場までの簡単な道のりとはいえ、森に入るにあたっての最低限の装備というものがある。ウィルに森歩きを教える際には、そうした装備のこともちゃんと説明してから始めたものだが、今回、二年生たちにはそこまで話はしていない。


 元々アンリ自身はそうした装備を全て自身の魔法でまかなっている。最近ではウィルも、魔法を活用することで道中の荷物を減らしているようだ。ウィルと二人で出かける際にも軽装のことが多いので、初心者向けの装備というものがあることを、アンリはすっかり忘れてしまっていた。


 いや、初心者向けどころか、もしかするとそのくらいの装備を整えて出てくるほうが、中等科学園生としては「普通」なのかもしれない。あまり甘く見ていると、素材採取の引率でさえ、セリーナやセイアから「普通ではない」と止められてしまう可能性がある。


(ま、まあ、今日は最初の案内だけだし。次に素材採取に来るときに、本格的に一から教えよう。……次があれば、だけど)


 これ以上、後輩たちに接する機会が無くなりませんように。

 アンリは祈るように思いながら、二年生の歩調に合わせてゆっくりと素材採取場の中を歩いた。

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