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新人勧誘期間が終わり、各部活動に、新しく二年生が入部した。
魔法工芸部にも、新たに十人の二年生が入部した。コルヴォたちと合わせると、二年生は十三人だ。現在の三年生が五人だから、倍以上の後輩が集まったことになる。
新入部員十人のうち、元々魔法工芸に興味があって入部したと言ったのは、三人だけだった。うち一人は、コルヴォたちのクラスメイトだ。
他の七人のうち五人は、魔法器具製作部の展示を見にきた際に、隣で展示をしていた魔法工芸部を見てこちらに決めたらしい。そして残りの二人は、魔法戦闘部でアンリの模擬戦闘を見たという子たちだった。彼らは魔法戦闘部と魔法工芸部を兼部するらしい。
新人勧誘で魔法器具製作部と合同の展示を行ったことや、騙されたような気分になりながらもアンリが魔法戦闘部に顔を出したことにも、それなりに意味はあったようだ。
「たくさん入ってくれて何よりね」
キャロルが嬉しそうに微笑む。
これまで部長の職を務めていたキャロルは、新人勧誘期間を終えて、部長職を引退することになった。代わりに部長となるのはセリーナだ。
とはいえキャロルも部活動そのものを辞めるわけではない。魔法工芸好きのキャロルなら、きっとこれからも部活動には顔を出してくれることだろう。
「しかし、部屋が狭くなってしまいましたね」
作業室を見渡して、イルマークが言う。
部員の数が増え、作業台が二台不足したのだ。それで、急遽追加の作業台を用意し、作業室に押し込んだ。これまでの作業台を少しずつ詰めて無理やり追加したので、部屋全体が窮屈になってしまっている。
それでもアンリが「まあ、魔法器具製作部よりは良いと思うけど」と言うと、イルマークも「たしかに」と苦笑しつつ頷いた。
元々部員数の多い魔法器具製作部では部員数分の作業台が確保できないため、新人は作業台がほとんど使えない。先輩の作業を見て学べと言われたり、いざ作業をするにあたっては、作業台が半分しか使えなかったりする。
昨年以前からそんな状態なのだが、今年は魔法器具製作部でも、昨年より新人が多く入ったと聞く。作業台の確保がいっそう厳しくなって、きっと部長のエリックは頭を悩ませていることだろう。
それに比べれば部屋が多少狭く感じられようと、一人一台の作業台を確保できている魔法工芸部は恵まれていると言える。
「ま、ちょっと狭いけど、きっとすぐに慣れるでしょ」
「新人の皆には初心者キットを用意したから。先輩たちは後輩が困っていたら、ちゃんと教えてあげてね」
セリーナとセイアが明るく話をまとめると、右も左もわからずに不安そうにしていた二年生たちは、ほっと安堵の顔を見せた。
最初は初々しく緊張していた二年生たちも、十日ほど経つとずいぶんと部活動に慣れ、活発に楽しそうに魔法工芸に取り組むようになっていた。
そんな彼らの指導に最も活躍したのは、意外にも三年生ではなく、同じ二年生であるコルヴォとサンディ、ウィリーの三人だった。
「ねえコルヴォ、ちょっと教えて。ここさ、どうやったらうまく形を作れるのか、よくわからないんだけど……」
「それは普通の粘土細工と同じだって。魔法だけに頼ろうとするからうまくいかないんだ。水を足して土をよく練って、滑らかにしてからじゃないと」
「あ、そういうことか。ありがとう、やってみる」
「うん、頑張って」
こんな具合で、同じ二年生であるということが功を奏したようだ。新人の二年生たちは、作業の中でわからないことがあるとまずコルヴォたちを頼った。コルヴォたち三人も、自分たちが何かを教えられる立場になったということが嬉しいらしく、新人たちからの相談には積極的に応えている。
とはいえ、新人が十人いるのに対し、コルヴォたちは三人しかいない。当然、三人だけでは対応できないことがある。
そんなときこそ、三年生の出番だ。
セリーナとセイアが作業室内を見回って、手が止まってしまっている二年生に丁寧に声をかけて回る。
「大丈夫? 何かわからないところはない?」
「あ、すみません部長。実は……」
こうして部長と副部長が二年生たちの相談に乗ることで、コルヴォたち三人の手の届かない二年生たちを掬い上げる。
さらにイルマークも、後輩たちの指導には一役買っていた。
部活動の中で役職のないイルマークは、部長たちに比べると後輩たちの指導については一歩引くような姿勢でいることが多かった。後輩たちがあれこれ悩みながら初心者キットに取り組むかたわら、イルマークは自身の作業台で黙々と、自分の作品づくりに集中しているように見えた。
それでいてときどき、ふと気づくと、二年生の近くに立っているのだ。
「何か、お困りなのではありませんか?」
「あ、ええっと……実は、この絵の具の作り方のところで」
「ああ、その部分には私も去年苦労しました。混ぜる際に、材料を少しずつ加えていくことが鍵なんですよ」
イルマークの口調はとっつきにくい印象を与えるようで、最初こそ二年生は戸惑い、怯えている様子さえあった。
しかしイルマークの教え方が的確かつ丁寧で、しかも親身になってくれるものだから、二年生たちはすぐに彼に懐いた。二、三日もすると、自らイルマークのところへやってきて、あれこれと質問する二年生も出てきたほどだ。
そしてそんなイルマークの様子を見て、アンリは「自分も頑張ろう」と後輩たちの指導に意欲を燃やす。特に、アンリの姿を見て入部してくれた二年生がいるのだ。それが魔法戦闘部での姿であるというのは少々気にかかるところではあるが、それでも、アンリを慕って来てくれたことには違いない。
そう思って積極的に彼らに接しようと思ったアンリだったが、そこに思わぬ障害があった。
「二人とも、大丈夫? うまくできてる?」
「ひっ、あ、アンリさんっ! は、はいっ! だ、大丈夫ですっ!」
「…………っ!」
アンリに憧れて魔法工芸部に入ったのは、二年一組のコーディアナ・ティシムという女子と、同じく一組のボルド・ゴンデという男子の二人。二人とも素直な良い子で、おそらく最初は興味がなかったであろう魔法工芸にもしっかりと向き合い、自分なりの関心事を見つけて真面目に取り組んでいる。
しかしそんな二人の頑張りに報いるべくアンリが様子を見に行くと、なぜだか二人とも、体を強張らせてしまうのだ。
それでもまだコーディアナのほうは、アンリに返答をくれるだけ良い。ボルドなど、固まったまま声も出せなくなるようで、目をまん丸にしてアンリを見つめたまま、何も言わずに動かなくなってしまう。
「ええと……大丈夫なら、良いんだけど。がんばってね」
アンリがなんとかこう言うと、コーディアナはうわずった声で「は、はいっ!」と叫ぶように応え、ボルドは相変わらず何も言わずに、ただ体を震わせる。
そうしてアンリはどうにか笑顔を崩さずに二人のそばを離れて自分の作業台に戻り、こっそりとため息をつくのだった。
二人の反応には、見覚えがある。上級魔法戦闘職員の制服を着て防衛局にいるとき、ふと見知らぬ若い職員に話しかけると、同じような反応をされるのだ。
コーディアナとボルドの二人に、アンリが防衛局の職員であるということを知られているわけではないだろう。二人は単純に、憧れの相手を前にして過度に緊張してしまっているだけだ。
「アンリも大変ですね」
「イルマークはいいな。二年生に好かれて」
「アンリだって、好かれていないわけではないでしょう」
隣の作業台を使うイルマークも、どうやらアンリと二年生二人の状況は察しているらしい。しかし解決策までは思いつかないのか、助言をくれるわけでもなく、単に同情の目をアンリに向けるだけだ。
「あの二人は諦めて、ほかの二年生たちに教えてきてはいかがですか」
「うーん。俺もそうしようと思ったんだけど、セリーナに止められちゃって」
数日前、アンリはコーディアナたちに話しかけるのをもはや諦めて、別の二年生の指導をしようかと作業室を見て回ったのだ。しかし二年生に話しかける前にセリーナに呼び止められ、作業室の外へと出された。
彼女曰く、アンリの魔法工芸のやり方は特殊であるとのこと。新人たちがアンリのやり方を学ぶと、変な癖がつくか自信を失うかのどちらかになるだろう。アンリに憧れて入部した二人は仕方がないが、ほかの新人への指導には極力関わらないでほしい——もう少しオブラートに包むような言い方ではあったものの、セリーナは概ねそんなことをアンリに伝えてきたのだった。
アンリからすれば、唖然とするしかなかった。これまで魔法工芸部では、アンリはほとんど普通のやり方を踏襲し、普通のやり方で作品づくりに努めてきたつもりだ。決して特殊なやり方をしているわけではない。だから、こんなことを言われるとは夢にも思っていなかったのに……
と、ここまでアンリが話したところで、イルマークが唐突に笑い出した。えっ、とアンリが顔を向けると、どうやらイルマークも無意識だったらしい。堪えきれずに、と言ったほうが正確だろうか。
「す、すみません。笑うつもりは、なかったんですが」
そうは言いつつも笑いが止まらない様子で、アンリに遠慮するように顔を背けながら肩を振るわせている。
「ええっと。俺、そんなに変な話、したかな?」
「変、というか……アンリは自分の魔法工芸のやり方が、普通だと思っているのですか」
「えっ。普通だろ?」
アンリにも、中等科学園で学ぶほかの人たちに比べて自分がさまざまな面で「普通ではない」という自覚はある。しかしそれは、魔法戦闘や魔法器具製作においてだけだ。この二つの分野については防衛局での経験があるので、普通でなくなってしまうのはもはや仕方がない。
一方で魔法工芸は、中等科学園で学び始めたことだ。だから魔法工芸に関していえば、アンリは普通にやれているはずなのだ。
ところがイルマークは「まさか」と笑いながら首を振った。
「二年生たちを見てください。普通は初心者キットの作品をつくるのに、これくらいの時間をかけるものです」
イルマークの言葉に、アンリは作業台に向かって一生懸命初心者キットに取り組む二年生たちの姿を改めて見渡した。入部して十日目の彼らは今、人によって進み具合に若干の差はあるものの、だいたいが初心者キットのうち三つ目をようやくつくり上げたところだ。
それに比べると、とアンリは一年前を思い出す。たしかアンリは初心者キットの作品づくりのうち三つ目までを、最初の一日で終えたのだった。つまり今年の二年生が十日かけている工程に、アンリは一日しかかけていないということだ。
これでは「普通ではない」と言われても、仕方がないのかもしれない。
「で、でも俺だって、教えるときくらいは普通のやり方を教えるよ。変なやり方を教えたりはしないって」
アンリの苦し紛れの言い訳に、イルマークは呆れた様子で目を丸くする。
「今の今まで、自分が普通でないと気づいていなかったのですよね? それでどうして、普通のやり方を教えられるなどと自信を持って言えるのですか」
そう言われてしまうと、アンリには、もはや何も言い返すことはできなかった。




