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交流大会の件で頭がいっぱいになりそうなアンリではあるが、目の前の役目もおろそかにはできない。
今日から新人勧誘期間なのだ。
授業が終わると、アンリはすぐに魔法工芸部の展示場所に向かった。作品を並べたり机や椅子を用意して実演と体験に備えたりという作業は前日までに終えているが、最後の確認がある。すべての物が予定どおりの場所に置かれているのを確かめ、今日の担当部員が全員そろったのを確認してから、部屋を開けて二年生を迎え入れることになっている。
「さて、いよいよ今日からね。がんばりましょう」
集まった部員たちを前に、キャロルが幾分か緊張を含んだ声で言った。今日の展示の案内担当はキャロルとコルヴォ、実演の担当はイルマークとセリーナ、体験の担当はアンリとセイア。それからサンディとウィリーが、外から二年生を招き入れる担当になっている。
全員が、キャロルの声に大きく頷いた。初日ということで、皆、気合いが入っている。
(どのくらいの二年生が見にきてくれるだろう……)
アンリの気持ちも、珍しく大きくたかぶっている。昨年の新人勧誘における展示では、見にきてくれた人は少なかった。けれども今年は魔法器具製作部と合同だ。きっと昨年よりも、たくさんの二年生が見に来るだろう。
皆の準備が整ったのを確かめて、キャロルが部屋の扉を大きく開いた。
初日の手ごたえは、まずまずのものだった。
まず、コルヴォに誘われたという男子が五人まとまって来た。コルヴォの案内で展示を見て回った彼らは、その後、セリーナの作品づくりの実演を見て歓声をあげていた。ほかの約束があるから、と体験までは参加せずに帰ってしまったが、彼らがわいわいと賑やかに騒いでくれたおかげで、廊下を歩いていただけの二年生たちも展示を覗いてくれるようになった。
そのうちの一人が、どうやら実演を見てかなり興味を持ってくれたらしい。遠慮がちに「あの、体験ができるんですか……?」と尋ねてきた彼女を、キャロルが優しくセイアのところへ連れてきた。
その子を含め、初日には五人もの二年生が体験に参加した。地染めまで終わった布に、魔法素材を使った染料で自分の好きな柄を描いていく工程だ。最終的には魔力を通して染料を布に定着させることで完成する。魔力を使う部分は難しそうならアンリたち部員が代わりに行うことにしていて、五人のうち三人の分はアンリが魔力を通して完成させた。
自身のアイディアを存分に表現することができる工程ということもあって、完成品を手にした二年生たちは皆、明るい表情をしていた。その布だけをそのまま持ち帰る子もいれば、隣の魔法器具製作部の体験に参加して魔力灯を作成し、合同展示の作品と同じように魔力灯とその覆いとして完成させる子もいた。
魔法器具製作部は魔法工芸部よりも盛況だった。これは例年のことだから仕方がないとキャロルも苦笑していた。趣味の要素が強い魔法工芸部に対して、将来の役に立つ技術を身につけられる魔法器具製作部に人気が集まるのは致し方のないことだろう。
それでも合同展示のおかげか、魔法器具製作部を目的としてやって来た二年生が、そのまま魔法工芸部の展示や実演を見ていくことも多かった。中には「兼部はできるんでしょうか?」と積極的に尋ねてくれる子もいて、アンリには嬉しく感じられた。とはいえ今は「できないんだ」としか答えようはなかったのだが。
展示も実演も体験もそれなりに好評で、訪れた二年生たちは皆、満足した表情で帰って行った。その場で入部届を書いてくれた二年生はいなかったが、かなり入部の方向に気持ちが傾いていると見受けられる子はいた。
「この調子なら、今年は昨年よりももっとたくさんの新人さんが入ってくれるかしらね」
初日の展示を終え、戸締まりを終えたキャロルが期待のこもった明るい口調でこんなふうに語ったほどだ。アンリたちも同意見だった。「明日も頑張りましょう」というキャロルの言葉にも、アンリを含め、その場の部員全員が笑顔で大きく頷いた。
翌日の展示も好調だった。
今度は展示の案内をセイアとセリーナ、実演をキャロルとウィリー、体験をアンリとサンディで担当した。日替わりで担当は変わるが、アンリだけはいつも体験の場にいるようになっている。しかし、だからといって身動きが取れないわけではなく、体験を希望する二年生がいないときには部屋の中を自由にうろつき、隣の魔法器具製作部を覗くくらいの余裕もあった。
魔法器具製作部には、ひっきりなしに二年生が訪れていた。
展示を見学する子もいれば、実演に目を奪われる子もいる。体験の参加希望者も多いようで、主担当になっているマークは始終忙しそうにしていた。
「アンリ君、ごめん、こっちの作業台を少し使わせてもらってもいいかな?」
「いいよ。忙しそうだね、手伝おうか」
「さ、さすがに手伝わせるわけにはいかないよ」
こんなふうにして、魔法工芸部の体験のために用意していた机の一部を魔法器具製作部に貸し出すこともあった。
手伝いは断られたものの、アンリは魔法器具製作部の体験にしっかり目を向けていた。危険がないよう監督するという役目は忘れていない。
元々の場所からはみ出すほどに体験者が増えたことで、魔法器具製作部では体験者にかける人手が足りていないようだった。危険な素材を扱っているわけではないから問題はないのだが、何人かの体験者が、次の作業に進めずに困ってしまっているのが見えた。そのうち一人が、様子を見守っているアンリに気づいて助けを求める視線を寄越す。きっとアンリを魔法器具製作部の部員と勘違いしたのだろう。
無視するのも気が引けて、アンリは彼女のそばに寄った。
「ええと、材料を量るのは終わったところ? そうしたら次は、こっちの器で混ぜるんだ。少しずつ……そう、そんな感じ。最後にその素材を足して、少しだけ魔力を込めてごらん」
アンリの言葉に従って作業したその子の魔力灯は、ほどなくして完成した。上手にできたねとアンリが褒めると「ありがとうございます!」と輝く笑顔が返ってきた。その清々しい反応に、アンリも嬉しくなってくる。
自分で作った魔力灯を大事そうに抱えて帰る彼女を笑顔で見送って、さて持ち場に帰るかと振り返ったアンリはハッとした。
「ア、アンリ君」
すぐ近くに、困ったように眉を八の字にしたマークが立っていた。
しまった、とアンリは自分の失敗に気づく。アンリの役目はあくまでも実演と体験の監督。監督の役は魔法器具製作部にも及ぶが、こうして体験活動に口を出すのは、やり過ぎだった。
一応事前にマークから見せてもらった内容で指導したつもりだが、もしかしたらマークも改良を加えてこの体験会に臨んでいたかもしれない。だとすると、アンリは二年生に間違った方法を教えたことになる。
怒られても仕方がない……そう思ってアンリは覚悟を決めたが、マークはただ困った顔のまま「ええと、アンリ君、その、ご、ごめんね」と謝り始めた。
「僕たちの手が回らないばかりに、魔法器具製作部のフリなんかしてもらっちゃって、ごめん。でも助かったよ、ありがとう。アンリ君って、魔法器具製作のことをちゃんとわかっていてすごいよね。……それにしても、魔法工芸部の体験会にも誘ってみれば良かったのに。誘わなくても良かったの?」
アンリはハッとして扉の外に目を向ける。魔法器具製作部の体験を終えて展示会場を出て行った彼女の姿は、もうここからでは確認できない。
「……全然、思いつかなかった」
呟くようなアンリの一言に、遠くからどっと沸くような笑い声が響いた。見れば魔法工芸部のほうで、セイアたちが「ほらね」とか「やっぱり」とか言いながらアンリを見て笑っている。
どうやらアンリの行動は全て見られていて、しかも、アンリが魔法器具製作の指導に夢中になるあまり魔法工芸部への案内を忘れるところまで、彼女たちにとっては予想のとおりだったらしい。
「気づいていたなら先に言ってよ」
決まりが悪くなったアンリが眉を寄せて苦言を呈すると、セイアは「ごめん、ごめん」と笑って謝ったが、セリーナは「こっちを放って魔法器具製作部の真似なんてしてるからいけないんでしょ」と、笑いながらも拗ねたような声で言った。
これにはアンリも言い返せない。勝手に自分の領分を越えて隣に口を出した挙句、元々の部活動の目的を忘れてしまったのだから。「次は気を付ける」と肩をすくめて魔法工芸部の活動へと戻った。
そんなアンリの姿を見ていたわけではないだろうが、そのあとすぐに、立て続けに三人もの二年生が魔法工芸部の体験に訪れてくれた。さらに時間をおいて数人。結果的には初日よりも多くの二年生たちが魔法工芸部の体験に参加してくれて、アンリの活躍する機会も増えた。
そういうわけで魔法工芸部の新人勧誘は、二日目もなかなかの盛況だったと言えるだろう。
それでも、入部届を出してくれる二年生はまだいなかった。




