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教員室を訪れたアンリを、トウリは奥の指導室へ連れていった。硬いソファに腰掛け、小さなテーブルを挟んで向かい合う。
「なんで呼び出されたのか、わかってるか」
「……授業中に寝てたからですかね?」
「ちがう」
トウリは強く否定して、ため息をついた。俺が気付かないと思ったのかと、苛立ちのこもった声がアンリを責めた。
「通信具を出せ。お前、授業中に外部と通信しただろう」
トウリの言葉に、アンリは目を見開いた。
通信魔法に気付かれていたとは、思いもよらなかったのだ。隊長から入った通信も、アンリから仕掛けた方も、隠蔽魔法により魔法の使用は隠していたはずだった。
「……ええっと」
「ずいぶんいい魔法器具を使っているな。俺は見破るのが得意な方だが、ほとんどわからなかった。それこそ、お前が変な声あげなきゃ気付かなかったかもしれねえな」
とにかく出せと迫るトウリへの対応に、アンリは迷っていた。
実のところ、トウリはひとつ勘違いをしている。通信に使われる魔力を見破ったのだろうが、それを通信具、つまり通信用の魔法器具によるものと考えているようだ。
しかし、アンリが使っていたのは、通信魔法だった。器具を使わず、自らの魔法で通信をしただけだ。出せと言われても、出せるものがない。
悩んで黙り込んでしまったアンリのことを、どのように捉えたのだろうか。トウリはまた深くため息をついた。
「入学から三ヶ月しか経っていないが、お前のことも多少わかってきたつもりだ。授業中の居眠りは感心しないが、不真面目なやつじゃない。何か理由があるんだろう、言ってみろ」
どうやら言い訳は許されるらしい。同情的なトウリの言葉に勇気をもらい、アンリは口を開いた。
「地元でお世話になってた人から、連絡が入ったんです。昼間に連絡をくれるなんて珍しいから、何かあったのかと思って、つい」
「つい通信を受けて、話し込んだわけだな。それで、何か困ったことでもあったのか」
「多少は。でも、先生に話すほどのことじゃありません」
まさか犯罪組織に狙われているかもしれないなどと、言ったところでトウリを困らせるだけだろう。これでトウリが強いて内容を聞きたがったらどうしようかと、アンリは頭を悩ませた。
トウリはやや迷った様子を見せたが、結局、内容には触れないことにしたようだ。
「……今後、緊急の連絡は学園宛てに入れてもらうようにしろ。内容によっては授業中でも生徒に取り次ぐようになっている」
「はい」
表面上は頷いたアンリだが、心中ではきっぱり無理だと結論づけていた。防衛局の戦闘部局の実質トップである隊長から公に緊急連絡が入るなど、しゃれにならない。アンリの身分を公にするだけでなく、場合によっては、国家の危機をさらけ出すようなものだ。
「それから、授業中はもちろんだが、校舎内で通信具を使うこと自体、校則でそもそも禁止されているんだ。通信具を出せ」
「……もう使いませんから、見逃してもらえませんか」
「没収するわけじゃない。通信ができないように、学園の防犯機構に登録するだけだ」
妥当な対応だと思えるが、簡単に応じることはできない。モノがないのだから。かといって、正直に通信魔法を使ったのだと告白したら、自分の魔法力をばらすようなものだ。通信具を用いない通信魔法は、戦闘魔法の中でも難しいものに分類されている。通常の戦闘魔法が使えないのに通信魔法が使えるなど、不自然きわまりない。
アンリは最後の手段として、素直に従うフリをしてポケットに手を入れた。最大限の注意を払い、アンリのできる最高レベルの隠蔽魔法をかけて、空間魔法でポケットの先を寮の自室の机の中へ繋げる。そこから通信具をつまみ上げて手に収め、空間魔法を切った。
アンリはテーブルの上に、小石のように小さな黒い器具をことりと置いた。ポケットに入っていたものを取り出したように見せたつもりだが、さてトウリは気づいただろうか。
しばらく器具を見つめたトウリは、ふむ、と頷いて、手首に巻かれた腕輪を通信具に近づけた。カチッと小さな音が鳴る。教師が皆似たような腕輪をしていると思ったら、防犯機構の一部だったのか。こんな折にも関わらず、アンリは場違いに感心した。
通信具はすぐにアンリに返された。
「わかっているだろうが、その通信具はもう校舎内では外との通信には使えん。……ほかの通信具を使おうだなんて思うなよ。今回は初めてだからこれで済ませてやるが、繰り返したら相応の罰則があるからな。もう二度とやるな」
「はい、すみませんでした」
アンリは素直に謝って、通信具をポケットへしまった。促されるままに部屋を出てトウリと別れ、大きく安堵のため息を吐いた。
なんとかごまかせた。全力の隠蔽魔法なら一応通用するようだ。
再び空間魔法でポケットを寮の机に繋ぎ、通信具を机の中に戻す。
そういえば先日も、水魔法の隠蔽をアイラ・マグネシオンに見破られたっけと、アンリは苦く思い出した。戦闘職員ではないから簡単な隠蔽でもばれないだろうなどと、舐めてかかったのがいけなかった。
隠すときには全力で隠そう。そうすればバレない。
アンリにとって、大きな教訓を得た日となった。




