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入学までのひと月は、慌ただしく過ぎた。
入学検査に、入寮準備、そして現職の業務引継と、今後の業務に係る隊長との打合せ。中等科進学は致し方ないにしても、もう少し早く知らせてくれればこの慌ただしさはなかっただろうと、アンリは恨めしく思ったものだ。しかし誰かを恨んだところで、暇が増えるわけではない。結局アンリは恨みを行動力に変えて、せめてさっさとやるべきことを片付けていくしかなかった。
そうして気付けば入学式前日、アンリが孤児院を出て、寮へと引っ越す日になっていた。アンリの進学する魔法士科の中等科学園は、孤児院及び防衛局のある首都から馬車で行くと一日ほどかかる、隣の都市イーダに所在している。本当なら余裕を持って昨日出発したかったところだが、準備が追いつかなかった。
「アンリさん、お元気で。健康に気を付けてくださいね」
「院長先生も。手紙書きますね」
「そんなこと気にせずに。学園生活を楽しむことを第一に励んでください」
中等科へ進学したり、独り立ちしたりして孤児院を出て行く子どもたちに、サリー院長はいつもそうやって声をかける。けれどいざ手紙が届けば、一通一通に嬉しそうに目を通すのだ。そのことを、アンリはよく承知していた。いつもの、絶対に従わなければならない言葉とは違う。
「それじゃあ、行ってきます。皆さんお元気で!」
見送りに出てきてくれた孤児院の仲間たちに大きく手を振って、アンリは歩き出した。荷物は空間魔法で小さな鞄にすべて収めてしまっているので、ほとんど手ぶらだ。目的地までは飛翔魔法を使えばほんの数分だが、防衛局の敷地を出るには、正門で手続きをとらなければならないことになっている。
「お、きたきた。アンリー!」
見送りの第二弾は、防衛局の正門で待っていた。隊長を筆頭に、防衛局でアンリと同じ隊で働く同僚たちだ。わざわざアンリを見送るために、仕事の手を止めて正門まで出てきてくれたらしい。
「そんな……いつでも来られる距離なんですから、見送りなんていりませんよ」
「冷てえこと言うなよ! 俺らのアンリが中等科に入学するんだ。本当なら入学式までついて行きてえくらいなのを、ここで我慢してやるってんだ!」
「アンリを呼ばなくてすむように、我々も努力しますよ」
「あんまり期待しないんで、いつでも呼んでください」
「……もうちょっと信頼してくれてもいいだろ」
くだらないやりとりを終え、アンリは正門の屯所で長期外出の手続きをとる。もちろん、アンリの言葉も口だけで、同僚のことは信頼していた。しかし自分がいなくても問題がないと言われてしまうのは、寂しいものだ。自分を頼らなければならない事態など起こらなければよいと期待すると同時に、自分ももっと役に立ちたいのにと強く思う。
しかし、中等科への入学ももはや決まったことだ。皆でアンリの背中を押し、アンリのためを思って送り出してくれている。自分にできることは、皆の期待に応えて中等科学園で無事に生活することだけだ。これを任務と思って励もうと、アンリは前を向く。
正門から防衛局の敷地を出たアンリは、飛翔魔法を思う存分使い、馬車なら一日かかる道のりをものの数分で飛び越えた。