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授業が始まる前の朝の教室で、レイナから一枚の紙が配られた。紙には「交流大会公式行事参加希望票」と書いてある。
まだ年が明けたばかりだというのに、どうやら半年以上先の交流大会のことを考えなければならないらしい。
「皆、知っていることとは思うが、三年からは交流大会で公式行事に参加してもらうことになる。公式行事の種目は四種類。各々参加する種目を決めて用紙に記入し、締切までに提出すること」
用紙には正確な締切日時や、四つの種目の詳細についても記されていた。
締切はひと月後。種目は騎士科との合同模擬戦闘、騎士科との合同演舞、研究科との合同製作、研究科との合同研究発表の四種類だ。自身の関心や得手不得手にあわせて選ぶようにと、レイナから補足が入る。
「イーダにある三つの中等科学園が協力して開催する大会だ。どの種目を選ぶにしても、他の学園生と組んで臨むことになる。仲間と共に高め合い有意義な大会にできるよう、種目は慎重に選びなさい」
交流大会の公式行事は少々珍しい見世物だ。
たとえば模擬戦闘。模擬戦闘と言えば一人対一人で行われるのが普通だが、交流大会では魔法士科の生徒と騎士科の生徒とで二人組をつくり、組同士の対戦が行われる。つまり魔法と剣とを組み合わせた二人対二人の対戦が見られるというわけだ。
合同演舞や合同製作、研究発表も同様に、他学園の生徒と協力して臨むことになる。
面白い取組みではあるが、反面、自分が失敗すれば共に取り組んだ相手まで巻き込んでしまうという危険性がある。興味があるというだけで不得手な分野の種目を選ぶのは自重すべきだろう。レイナもそういう意味で「慎重に」と言っているに違いない。
「組となる他学園の生徒については、種目が確定した後に改めて報告してもらう。自身であてがあれば自由に組んでもらって構わないが、あてが無ければ後日開催する交流会で相手を探すと良いだろう」
配られた用紙には、レイナの言う「交流会」についても記載されていた。
簡単に言ってしまえば、普段やり取りのない他学園の生徒たちと顔を合わせ、話をする場を学園が設けてくれるということだ。友人関係などの伝手がないなら、そこで組むべき相手を探せということらしい。
アンリはふと、年末にイルマークの家へ遊びに行った際、アリシアという騎士科の女子から一緒に模擬戦闘に出てほしいと頼まれたことを思い出した。
他学園に知り合いのいないアンリにとって、それが唯一の伝手だ。昨年の交流大会の模擬戦闘で戦いぶりも見ているから、弱くないのは知っている。なんといっても、イルマークに勝ってしまったほどなのだから。
(でも、いくら強いと言っても……)
二対二の模擬戦闘は、よくある一対一とは違う。個々の強さだけでなく、二人の連携が必要だ。よく知りもしない相手をただ強いからという理由だけで選んでは、きっと失敗してしまう。
多少失敗したところでアンリにとっては痛くも痒くもないが、中には交流大会に将来を賭けている人もいるのだ。交流大会の公式行事は多くの分野から注目されており、大人たちにとっては優秀な学園生をスカウトする場となっている。ここで卒業後の進路が決まる学園生も、少なくない。
アンリにとってはさほど重要な場でもないが、将来を見据えて真剣に取り組む学園生の足を引っ張るような真似だけはしたくない。
「わかっているだろうが、公式行事は多くの分野から注目されている。若手の発掘のために目を光らせている大人も少なくない。君たちの将来に大きく関わることだから、真剣に取り組むように」
レイナの言葉に全員が「はいっ!」と力強く応える。その力強さは、レイナの前だからという表面上のものだけではないだろう。やはり皆、将来を見据えて、公式行事に対する意気込みを強く持っているのだ。
「それでは各自熟考のうえ、期限までに提出すること。悩むことがあれば、相談はいつでも受け付ける」
それだけ言い置くと、レイナは教室を出て行った。今日の朝一番の授業は選択授業だ。これから皆、教室を出て、それぞれの授業のある部屋へと向かう。
アンリが行くべき部屋は、戦闘魔法実践の授業が行われる訓練室。同じ授業に向かうウィルと並んで歩きながら、アンリはウィルに尋ねた。
「ウィルはもう、公式行事でどの種目を選ぶか決めた?」
「うん、まあね。研究発表にしようと思っているよ」
その意外な答えに、アンリはぎょっとして言葉を失った。頭が良く座学科目の成績も良いウィルではあるが、意外と負けず嫌いで好戦的なところがある。選ぶならきっと模擬戦闘だろうと思っていたのに。
アンリの反応に、ウィルは苦笑混じりに「意外かな?」と呟くように言った。
「たしかに、最初は模擬戦闘がいいかなって思っていたんだけど」
どうやらウィル自身にも、自分に向いているのは模擬戦闘だという自覚はあるようだ。「じゃあ、どうして?」というアンリの問いに、ウィルは「将来のことを考えて」と当たり前のように答えた。
「僕の進路の一番の候補は、高等科への進学だから。研究発表で教授たちに注目されると、進学にも、進学した後の研究活動にも有利になるらしいんだ」
そういうものなのか、とアンリは感心してため息をついた。言われてみれば高等科学園は、中等科学園で学ぶ以上の知識を得るために研究活動を行う場だ。進学を見据えたうえで有効な種目は何かと考えれば、研究発表であることは言うまでもない。
とはいえアンリにとってはあまりにも馴染みがなさすぎて、実感がわかなかった。
「研究って、何をやるの? 魔法に関係すること?」
「具体的なことはペアになった子と考えるけど、流石に魔法に関連することでないと意味がないからね。魔力と物質の結びつきに関することとか、魔力制御と魔法精度の関係性とか、そのあたりかなあ」
どうやらウィルはずいぶんと難しいことを考えているらしい。頭が痛くなりそうなテーマだな、とアンリは顔をしかめる。そんなアンリを見て、ウィルは笑った。
「魔法のことでアンリがそんな顔をするなんて。どのみち僕がどんなに頑張って研究したとしても、アンリにとっては知ってる話しか出てこないと思うよ」
「そうは言っても、俺、理論はそんなに得意じゃないよ。いつも魔法は感覚的に使っているから」
「よく言うよ。魔法の授業なら試験だって満点のくせに」
「それはまあ、初歩の知識くらいなら」
「交流大会の研究発表だって、きっとアンリから見たら初歩の初歩みたいなものだよ」
それはどうだろうか。もしかしたら全体的にはそうかもしれないが、ウィルの研究発表が初歩で終わるとはとても思えない。付き合わされる研究科の生徒は、ウィルのやることについていけるだろうか。
と、そこでアンリはふと首を傾げる。
「……っていうか、それって研究科の人と一緒にやる意味はあるの? なんだか、ウィル一人でもできそうな気がするけど」
「とんでもない」
アンリの言葉を、ウィルは強く否定した。
「あのね、アンリ。僕たちは学園で、魔法のことを中心に学んでいるだろう? 同じように研究科の人たちは、物事の調べ方とか、仮説を立証する方法とか、そうやって調べたことを説得力ある形にまとめる方法や広く発表するやり方なんかを学んでいるんだよ。僕の研究を交流大会でうまくアピールするには、研究科の人の協力が不可欠だ」
「ふうん……なんだか、ウィルならそういうことも含めて、全部一人でできそうだけど」
「まさか、そんなことはないよ。それに、仮にできたとしても、これは交流大会だから。研究科の人と合同でやらないと意味がないだろ」
それはそうなのだが。このままだとウィルと組む研究科の学園生は、何の努力もなく成果を上げることにならないか。アンリには不安でならない。
一緒に研究発表に臨む研究科の学園生に心当たりはあるのかと尋ねてみると、初等科学園のときの友人が何人かいるとウィルは言った。しかしまだ声をかけたわけではないので、一緒にやってもらえるかどうかは未知数だという。「誰も誘いに乗ってくれなければ、交流会で誰か探すよ」とウィルは気軽に言った。
ウィルの研究の成果を自分の者としてしまうような悪い相手と組むことにならないか、アンリは今から心配だ。もしも交流会で相手を探すことになったら、アンリもついて行って、ウィルの相手を一緒にちゃんと見極めなければなるまい。
「そう言うアンリはどうなのさ。どの種目にするかは決めた? 相手は?」
ウィルを案じるアンリの気持ちなど知らぬ様子で、ウィルは逆に、好奇心を含んだ声でアンリに尋ねた。アンリは「うーん」と苦笑交じりに答える。
「まだ考え中。面白そうなのは模擬戦闘かなって思うけど……でも皆、将来のためにって頑張るんだろ? その中に俺が参加するのは、何か申し訳ない気がするんだよなあ」
「気持ちはわかるけど、そんなに深く考える必要もないとは思うよ」
「そうかな。それなら模擬戦闘か……そういえば、合同製作っていうのも面白そう」
その名の通り、魔法器具や魔法工芸品といった魔法関連の物を協力して製作して展示するのが合同製作だ。研究科の学園生が設計図を描き、魔法士科の学園生がそれを形にするのが主流だということだが、役割分担に関しては二人で話し合って決めて良いらしい。魔法器具であればアンリは設計も製作も得意なので、どんな役割になっても構わない。きっと、相手の役にも立てるだろう。
合同製作というアンリの選択肢に、ウィルは「それこそ、アンリ一人で全部できるじゃないか」と笑った。
「相手は交流会で選ぶの? アンリの相手になる生徒は、ずいぶん楽ができそうだね」
「まさか。俺、ちゃんと相手の役割は邪魔しないようにするつもりだから。楽なんてさせないよ」
どうだか、とウィルがまた笑う。ウィルの言いたいことはわかる。アンリも自分で言いながら、自分が本当にそんなふうに振る舞えるかといえば自信がない。結局、つい口か手を出したくなってしまって、相手の役目を奪ってしまうに違いない。
「……俺、どの種目にしたら良いかなあ」
「まあ、まだ提出期限までは時間があるから。ゆっくり考えなよ」
そんな話をしているうちに、アンリたちは訓練室に着いた。ほかの同級生たちと共に部屋に入る。
そのとき、アンリはふと視線を感じて顔を上げた。見ると、既に訓練室の中に入っていた同級生たちの中から一人、アンリを睨んでいる奴がいる。レオ・オースティンだ。
何も言わずにアンリを睨んでいた彼は、アンリが彼に視線を向けたところで、ふいと目を逸らせた。偶然ではないだろう。
(…………本当に、いったい何なんだろう)
こんなに日常的に睨まれるようなことを何かしただろうかとアンリは思いを巡らせる。しかし、やはり心当たりはない。何か理由があるのなら、さっさとそれを解消したいのだが。実害がないとはいえ、いつもいつも同級生から睨まれているというのは、気分の良いものではない。
機会があれば聞いてみるとウィルは言ってくれたが、アンリには、その機会を待つのももどかしく感じられてきた。




