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 三年生では選択授業が多く、同じクラスであってもあまり授業で一緒にならない同級生というのも多い。


 それでも同じ授業を選んでいれば一緒に授業を受けることになるし、なぜだか苦手な同級生ほど、授業で顔を合わせるハメになってしまうものだ。


「今日の授業では、先ほど指定した二人組で模擬戦闘を実施してもらう。自他ともに怪我や事故の無いよう、魔法の使い方は十分に吟味しなさい」


 アンリの選んだ魔法戦闘実践という授業。担当教師はレイナで、補助としてほかの教師が数人ついている。補助教員が必要なほどに危険な授業であることを自覚し心して臨むようにと、最初の授業の際にレイナがいつも通りの鋭さで言っていた。


 そんな言葉もあって緊張感の高まった二回目の授業。まずは自身とクラスメイトの実力を知るためにと、模擬戦闘を行うことになったのだ。模擬戦闘の相手は自分では選べず、レイナから指定される。


 訓練場の真ん中、同級生たちの目の前で、一対一の対戦が順々に行われていった。


「次、アンリ・ベルゲンとレオ・オースティン」


 名前を呼ばれ、アンリは心中で深く深くため息をつきながら立ち上がった。もちろんレイナの前だ、表向きには「はいっ!」と気合いの入った返事を忘れない。


 一方で対戦相手のレオ・オースティンも力強く応じながら立ち上がる。その目がアンリを鋭く憎々しげに睨んだ。


(本当に、俺、何かしたかなあ……)


 彼に睨まれることになったきっかけ自体なら、アンリにも自覚がある。昨年、防衛局戦闘部の職業体験に向けて行われた参加者選考のための試験で、アンリはただの見学だったにもかかわらず、余計なことを口走ったのだ。


 アンリとしては事実を口にしただけだったし、レオに聞かせようと意図したわけでもなかった。しかし静寂のなかでの呟きはアンリが思った以上に大きく響き、周囲の注目を集め、レオの耳にも届いてしまった。


 レオはそれを侮辱と捉えたらしい。アンリとしては、レオの使った魔法が戦闘魔法ではなく生活魔法であることを、周囲に解説しただけのつもりだったのだが……。


 初めてレオに睨まれたのは、そのときだった。


 けれどもレオはその後、防衛局戦闘部の職業体験に参加することになった。職業体験では防衛局の訓練に参加し、一番隊隊長による魔法のデモンストレーションを観る機会もあったと聞く。


 そんな経験をしたのだから、アンリとの諍いなど些細なこととして忘れ去られるに違いない。アンリとしてはそう思っていたのだが、その後も廊下ですれ違うたび、憎々しげな、あるいは軽蔑するような視線を彼から感じるのだ。


 こんなにも強く長く恨まれる理由には、さすがに心当たりがない。


 直接何かを言われるわけではないから、アンリはひたすらその視線を無視し続けた。気のせいだろうと自分に言い聞かせ、今年になって同じクラスになったものの、これまで一度も言葉を交わしていない。


(ちゃんと聞いてみたほうがいいのかな。でも、それはそれで怒らせそうだし……)


 自分のことを嫌っているらしい相手に「なぜ俺のことが嫌いなの?」などと真正面から聞きに行く勇気は、アンリにはない。だからこのまま、相手から何かを言われるまでは無視を続けようと思っていたのに。


 それなのに、こうして模擬戦闘で向かい合うことになってしまうとは。


 心中で不運を嘆きながらも、アンリはきびきびとした動作で皆の前に出て、所定の円の中に立つ。


 今回の模擬戦闘は、無条件の模擬戦闘ではなかった。訓練室には円が二つ描かれていて、それぞれの円の中に摸擬戦闘を行う者が立つ。円から出ずに魔法を使って、相手の円の中に魔法を届かせれば勝ちだ。もちろん、相手からの攻撃を自分の円の中に届かせないための防御魔法も認められている。使う魔法の種類に制限はない。


 アンリが円の中心に立つと同時に、レオも反対側の円に立った。いつものように鋭くアンリを睨んでいる。もっとも今は模擬戦闘の対戦相手だから、たとえ友好的な相手であったとしても、多少の敵意を持って睨むものなのかもしれないが。


「用意はいいか。……それでは、始め」


 二人の準備が整ったのを見て、レイナがそれまでの試合と同様の静かに落ち着いた声で、模擬戦闘の開始を宣言した。






 模擬戦闘は、アンリの負けに終わった。


 同級生たちからは、アンリは懸命に攻めたように見えたはずだ。木魔法で蔦を相手の円に向けて伸ばしたり、水魔法で相手の頭上から水をかぶせようとしたり。土魔法で作り出した泥団子を手に握り相手の円に向けて投げつけるという、およそ魔法士らしくない奇抜な攻撃も試してみせた。


 そういった攻撃は、すべてレオの魔法によって円に届く前に弾かれた。木魔法は炎で焼かれ、水魔法は風で散らされ、泥団子は岩の壁で防がれた。いつの間に戦闘魔法をこんなにも使いこなせるようになったのだろうと、アンリは本心から感心したものだ。


 一方でレオからの攻撃も鋭かった。槍の穂先のように鋭利な氷がいくつも宙を飛び、アンリに対して鋭く迫る。円に攻撃を届かせれば勝ちの模擬戦闘なのに、レオの氷魔法は確実にアンリを狙っていた。その執念に、アンリは心中で苦笑する。


 さすがに正面からの攻撃はちゃんと防がないと不自然だろう。そう思ったアンリは、円の外側に土魔法で小さな壁を作った。自身は円の内側で小さく屈み、壁の影に隠れる。


 ドドドッと、氷が土壁に刺さる鈍い音が響く。氷の槍は発射してからまっすぐ進むだけで、壁を避けるほどの制御はされていないようだった。それなら、こうして隠れたまま相手の魔力切れを待つのもひとつの作戦だ。


 ドドドドドッと追加でいくつもの氷の槍が壁に刺さった。アンリは土魔法に追加の魔力を入れて、壁が壊れないように補強する。それで、しばらくは大丈夫のはずだった。


 しかし、レオもただ正面から攻めただけではなかった。


 突然、後ろから迫ってきた魔法の気配。アンリははっとした顔をして、振り返った。


 まっすぐ飛ばす氷の槍に、ひとつだけ、向きを操ってアンリの背後から攻める槍を混ぜていたのだろう。背中の側からアンリを襲う槍。振り向いたときには、その槍はすでにアンリの円の内側にいた。


 そしてその氷の槍も例に漏れず、単なる円の内側ではなく、アンリ自身に向かっていた。


 アンリは咄嗟に自分の近くに土壁を作る。ドスッと音を立てて、氷の槍は壁に突き刺さった。


「勝者、レオ・オースティン!」


 レイナの声が響いた。


 壁に阻まれてアンリの元には届かなかった氷の槍だが、もちろん円の内側にはしっかりと到達していたのだ。


 模擬戦闘後、レオはレイナから軽い叱責を受けたようだった。危険な魔法は自粛するように言ったはずだと咎めるレイナに対し、レオは「すみません、制御に失敗しました。次からはもっと慎重にやります」などと答えていた。あれだけ堂々とアンリを狙っておきながら、なんとも白々しい嘘をつくものだ。


 しかしながら、レイナは彼の言葉はどうやら受け入れられたらしい。「以後、気をつけなさい」と言うだけで、レオを強く責めることはなかった。


 とにもかくにも、こうしてアンリはレオに負けたのだった。






 アンリが負けたその模擬戦闘のことにウィルが言及したのは、その日の授業が終わり、部活動も終えて、寮の部屋に戻ってからのことだった。


「昼間の試合、アンリはなんで負けたの?」


「え?」


 ウィルの言い方がどことなく責めるふうだったので、アンリは答えるよりもまず問い返してしまった。


 もちろんアンリの実力をもってすれば、本来はレオに負けるなどあり得ない。しかし学園で普通に生活することを目標とするアンリは、学園では魔法力を制限している。これまでにも授業中の模擬戦闘では程よく手加減をして、あまり勝ちすぎないように、目立ちすぎないようにと気をつけてきた。そのことはウィルも知っているはずだ。


 今回のレオとの対戦も同じだ。背中から迫る氷魔法などもちろん円に入るはるか前から気付いていたが、あたかも近付いて初めて気付いたかのように振る舞った。氷魔法がアンリに刺さる位置に飛んでくるのでなければ、着弾まで気付かないふりをしようと思っていたほどだ。


 同級生たちのなかで、目に見えない位置の魔法を感知できるのはアイラくらいのものだ。それと同等の魔法感知力があるなどと周りに思われたくなかったのだが、不自然だっただろうか。


「何かおかしかった?」


「おかしくはなかったけど。あんなことをされたんだから、ちょっとはやり返してやれば良かったのに」


 おかしいわけではなかった、ということにアンリはまず安堵した。それから、どうやらウィルがレオに腹を立てているらしいということに気付く。


「あんなことって。もしかして、レオが俺に向けて魔法を撃ったこと?」


「他に何があるんだよ」


 ウィルが不機嫌そうに言う。


「あれ、絶対にわざとじゃないか。円の中に魔法を届かせればいいだけなのに、相手を狙うなんて。アンリじゃなかったら怪我をしていたかもしれない」


 授業中、明らかに相手を狙って魔法を撃ったのはレオだけだった。他の皆は礼儀正しく、対戦相手ではなく円の内側を狙っていた。ウィルのように細かい制御を得意とする者は特に、相手に当たらないよう、できる限り円の端のほうを狙って魔法を撃つ傾向があった。


「まあ、模擬戦闘なんだし。相手を狙ったところで、反則というわけじゃないって」


「反則じゃなくたってマナー違反だよ。せっかくレイナ先生が安全に配慮したルールにしたのに。その趣旨をちっとも理解していないじゃないか」


 そういえば、レイナはなぜレオのことを強く叱らなかったのだろうか。相手がアンリだったからだろうか。


 叱責が軽く済んだときには、レオも拍子抜けしたような顔をしていた。きっと彼は、強く責められることも覚悟していたに違いない。


 なぜそうまでして、魔法をアンリに向けたかったのか。それほどアンリが憎いのか。


「ねえ、ウィル。レオってなんで、俺に対してあんなに敵意剥き出しなんだと思う?」


「さあね。元々は真面目で気のいい奴だから、理由がないとは思えないけど……」


 ウィルは昨年の職業体験で、レオと一緒に防衛局戦闘部に行っている。アンリの知らないレオの顔をちゃんとわかっているのだろう。

 それまでの不機嫌な表情をおさめて、ウィルは首を傾げた。


「たしかに、去年のことを引きずっているにしては、長すぎる。……うん、機会があったら本人に聞いてみるよ」


 ウィルが請け負ってくれたことで、アンリはほっと胸を撫で下ろす。これで原因がわかれば、クラスではずいぶん過ごしやすくなるだろう。


 何もかも解決して、レオとも仲良くできればいい。そんなふうに、アンリはのんきに考えた。

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