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 魔法工芸部では、新人勧誘期間に向けた準備が着々と進んでいる。


 アンリは昨年の交流大会でつくったのと同じようなアクセサリーを三つ用意した。魔力を込めることで形を変えるアクセサリーだ。


 それから似たような仕組みで、自分で魔力を込めなくても形が変わるアクセサリーもつくってみた。小さな突起を押すだけで魔力石が起動し、勝手に魔力を流し込んでくれる仕組みだ。魔力を操作できない人でも使えるようにした。


 そんなアンリのアクセサリーを見て、キャロルが首を傾げる。


「アンリさんのつくる物って、どうにも魔法器具っぽいのよねえ」


「ええと、まずいですかね……」


「いいえ、作品としては素晴らしいんじゃないかしら。でも今回の場合は展示場所に気をつけないと、お隣の魔法器具製作部の作品と勘違いされてしまうのではないかと思って」


 共有スペースで合同展示と体験を行う都合上、今回の新人勧誘の展示では、魔法工芸部と魔法器具製作部の展示場所が隣同士になる。間には仕切りも設けない予定だ。魔法工芸部としての色をちゃんと出さないと、全部が魔法器具製作部と思われてしまうかもしれない。


「たしかに……共有スペースの近くにはキャロルさんの作品とか、いかにも魔法工芸っぽい作品を置くのが良いかもしれません」


「私のも駄目よ。私がつくっているのは魔力灯だから、共有スペースに展示する合同制作の作品と種類がかぶってしまうでしょう」


 そういえば、新人勧誘期の共同制作でつくるのは魔力灯だった。そしてキャロルが部活動で継続して制作しているのも、魔力を通すとさまざまな色合いで光る魔力灯。どちらも魔力灯という意味では、近しいものになってしまう。近くに展示しては、それこそ共有スペースと魔法工芸部のスペースとの区別がつかなくなってしまう。


「じゃあ、イルマークのつくるアクセサリーか、セリーナやセイアのつくる家具とかですかね」


「そうねえ。できれば去年アンリさんのつくってくれたような、パッと目につく物があると良いのだけれど」


 昨年アンリがつくったのは腕輪だった。しかし腕輪そのものが映えたというよりも、設計図とともに飾るという見せ方が良かったのではないかとアンリは考えている。それを思いついた当時の部長の発想力の賜物だ。


 それに匹敵する何か。魔法工芸に関してはいまいち発想力に自信のないアンリには、思いつける気がしない。


「……布を飾るのはいかがでしょうか」


 そんな中、それまで話に加わらず自分の作業に集中していたイルマークが、不意に言った。アンリとキャロルが顔を向けると、作業がひと段落したのか、手を休めたイルマークが顔を上げる。


「共同制作では、魔力灯に布をかぶせるのでしょう。それと同じような布を単独で、我々の展示スペースの入口に飾ってはどうでしょう。それを入口として、中に入ってもらってほかの作品を見てもらうような形で」


「あら、それは良い考えね」


 イルマークの提案に、キャロルは声を弾ませた。どんな具合になるかを想像したのだろう。


 共有スペースにはたくさんの魔力灯を展示する。色とりどりの魔力灯は、その明るさもあって、さぞ二年生たちの目を引くことだろう。そしてそこから連続する隣のスペースに、同じく色とりどりの布が下げてあれば。こちらもついでに見ていこうと思ってもらえるかもしれない。


「魔力灯の覆いに使うのと同じ布はもちろんだけれど、加えてもう少し色々と、趣向を凝らしたものを飾っても良いかしら。……ねえ、アンリさん。飾る布の色柄付けをアンリさんにお願いしてもよいかしら」


「えっ、俺ですか」


 突然の指名にアンリはぎょっとする。


 たしかに新しく展示すべきものの発案があったのだ。しかも個人でつくりたい作品ではなく、部活動として用意すべきもの。誰かがつくらなければならない。


「アンリさん、ちょうど自分の作品づくりが終わったところでしょう。それとも、これから他にも何かつくる予定があるかしら?」


 キャロルはよく周りを見ている。たしかにアンリは、予定していた作品づくりをちょうど全て終えたところだった。当初は何か新しいものもつくってみたいと考えていたが、今のところ何も思いつかない。共同制作の件もあるため、自分の作品については欲張るのをやめて、ここまでにしておこうと決めたのだ。


「いえ、まあ……たしかに時間の余裕はあるんですけど」


 しかしアンリには懸念があった。作品づくりの作業ペースこそ速いアンリだが、何をつくるかを決めるのにはなかなか時間がかかる。布に色を付ける作業自体に不安はないが、肝心の、どの布にどんな色でどんな柄を付けるかというデザインをこの期間で完成させられるかどうか。そこに自信がない。


 そんな顔をしなくても大丈夫よ、とキャロルがにっこりと微笑んだ。


「デザインは私がつくるから、アンリさんは私の描いたとおりに布に色をつけてくれればいいの。それなら大丈夫なんじゃない?」


 さすがはキャロルと言うべきか。アンリがなぜためらっているのかさえ、しっかり理解しているようだ。


 アンリの苦手な部分をキャロルがやってくれるのならば、心配することは何も無い。アンリもほっとして笑顔になることができた。


「ありがとうございます。それで良ければ、いくらでもやりますよ」


「そう言ってもらえて良かった。図案を描くのに二、三日もらっても良いかしら」


「ええ、もちろん。なんなら展示の前日でも大丈夫ですよ」


 何をつくるかさえ決まっていれば、つくるのに時間はかからない。特にアンリにとって、魔法素材で布を染め、絵を描くのは容易い。一日あれば百枚でもこなせるだろう。


 アンリがそう言って自信を見せると、キャロルは「ふふっ」と声をあげて笑った。


「アンリさんが言うと、冗談でも本気のように聞こえるから不思議ね。大丈夫よ、そんなにぎりぎりにはならないから」


 アンリに冗談のつもりはなかったのだが。


 それじゃあよろしくね、とキャロルは自分の作業台へと戻っていく。残されたアンリの横でイルマークが「本気でしたよね」と呆れた様子でアンリを睨んだ。






 数日後には魔法器具製作部から、共同制作で使う魔力灯の見本がひとつ届けられた。灯りそのものは親指ほどの大きさで、土台を含めても手のひらに載せられるくらいの小さなものだ。展示用にはこれを三十個と、一回り大きいものを二十個つくる予定だという。大きいほうの見本はまた後日だ。


 見本が届くと同時に、部員たちには布と図案が配られる。


 そう、図案だ。色付けや模様描きの作業は部員全員で行うが、元となる色や絵柄はあらかじめセリーナとセイアで描いたものなのだという。統一感を持たせるためとのことだ。自分の望む図案にできないということで渋い顔をする部員もいたが、アンリにとっては願ったり叶ったりの話だった。


 ついでにキャロルから魔法工芸部の展示に使う布の図案も受け取って、アンリは早速色付けを始める。


「……意外と難しいですね」


 アンリと同じく布への色付けを始めたイルマークが顔をしかめている。


 アンリも同感だった。布に色を付ける作業は魔法工芸部に入った際に、初心者用の練習キットでやったことがある。けれどもその時とは布の種類が違い、布を染めるために使う素材も違う。そのうえ用意された図案は全てバラバラだから、色や模様に合わせて異なる染め方をしなければならない。


 染色のための素材には、短時間で染まりやすく扱いやすいものを選んでいる。それでもようやくコツを掴んだと思ったら、次は全く違う方法で布に色をつけなければならない、そんな作業の繰り返しなのだ。新しい手法を何度も学ばなければならないわりに、学んだ手法は次に活かせない。忍耐との勝負になる作業も多い魔法工芸ではあるが、これほど徒労感のある作業もそうそうない。


 最初の三枚ほどでそんな状況に気づいたアンリは、面倒くさく思って周りを見渡した。皆、イルマークと同じような渋面をしながら、布の色付けに必死になっている。


(……これなら誰も、俺の手元なんて見ないかな)


 布の全体に色を付けるには、素材を溶かした染色液に布を浸すのが一般的だ。その染色液をつくるところが色付けの始まりのわけだが、アンリはそこでズルをしようと考える。素材に魔力を通し、素材の色味の要素をそのまま魔法で布に移せば、染色液をつくる工程も布を浸して絞り乾かす工程も省略することができるはずだ。


 問題はやや精緻な魔力操作が必要になるので、おそらくウィルやアイラほどの魔法力があっても不可能であること。つまり、中等科学園生の魔法としては不自然であることだけだ。


 誰も見ていないのであれば、問題はない。


 ところが見られたくないと思うときほど、他人は見ているものらしい。


「……それはどうかと思いますよ、アンリ」


 アンリが右手でそっと素材に触れ、左手で布に触れて魔法を使おうとした、ちょうどそのとき。隣の作業台から、低く小さな声がかかった。見れば、イルマークが作業を中断してアンリの手元をじっと睨んでいる。


「でもさ、ほら、イルマーク以外は誰も見ていないから」


 アンリの言い訳に、イルマークはため息をついた。


「作業工程を見なくても、出来上がりを見れば不自然であることはわかりますよ。他の人が一枚仕上げる間に十枚仕上げたら、アンリが何か普通ではないことをしたなんて、一目瞭然です。それでもよければ、どうぞご自由に」


 突き放すようなイルマークの言葉。しかし的を射ていて、なんとも言い返しようがない。


「………………わかった、普通にやる」


 しばらく言い訳を考えていたアンリだったが、結局魔法を使うための都合の良い理屈に思い至ることはできず、これまでと同じように大人しく染色液をつくるところから作業を再開することにしたのだった。

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