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(5)

 キャロルの考えていたことが魔法工芸部全体に発表されたのは、数日後のことだった。


 再び部員全員の集められた魔法工芸部の作業室。皆の前に立ったのは現部長のキャロルと次期部長のセリーナ、そして副部長のセイア。


 そしてアンリが驚いたのは、その隣に魔法器具製作部の部長であるイシュファーと、なぜかエリックが立ったことだ。


「隠していてごめんなさいね。ちゃんと話し合いが済むまではどう転ぶかわからない話だったものだから」


 そんなふうに説明を始めたのはキャロルだった。


 彼女の話によると、今回の新人勧誘期間において、魔法工芸部と魔法器具製作部とで共同の展示を行わないかという話が出ていたらしい。初めてのことだったため、何をどう展示するのか、いつからどんなものをつくるのか、互いの役割分担も含めて全てゼロから考えなければならない状況だった。話し合いの中でどうにもならないことがあれば、やはりやめようと話が立ち消えても不思議ではなかったという。


「あまり早いうちに話して、やっぱり無しでしたってなったらつまらないでしょう? だから、ちゃんと話が固まるまでは私たちだけで話を進めることにしていたの」


 そう言って、その「私たち」が誰であるかをキャロルは順に紹介する。まずはキャロル自身、そして魔法工芸部の次期部長のセリーナと、次期副部長のセイア。それから。


「こちらが魔法器具製作部の今の部長さんで、四年生のイシュファーさん。それから魔法器具製作部の次の部長さんで、三年生のエリックさんよ」


「えっ。エリック、部長になるのっ?」


 アンリが思わず声をあげると、エリックは前に立ったまま「ま、まあ、一応、そういう予定」と苦笑した。話の腰を折るなとアンリは横からウィルやイルマークにたしなめられたが、キャロルは気にせずに「エリックさんは部長にぴったりの素晴らしい子よね」と微笑む。


「今回の話は私からイシュファーさんに持ちかけた話なのだけれど、何をすればよいのか色々と考えて具体的に話をまとめてくれたのは、エリックさんよ。話がまとまったのは、彼のおかげと言っても過言ではないくらい」


「そ、そんな、言い過ぎです……」


 エリックは恐縮した様子で縮こまるが、キャロルの言葉に嘘はないだろう。こういうときに自分の手柄を強く主張しないというだけで、真面目なうえに協調性も高いエリックは、何をするにも優秀だ。話をまとめるのに貢献したに違いない。友人の手柄を思って、アンリは誇らしくなる。


「それでいったい、どういう話にまとまったのですか?」


 問いを発したのはイルマークだった。たしかに、それが肝心だ。今のままではエリックが何に貢献したのかわからない。

 せっかちねえ、と笑いながらもキャロルは説明を続けた。


「それぞれの部活動で展示を行うのは昨年と同じよ。けれど、互いのスペースの四分の一ずつを共用スペースにして、共同制作した作品を展示するの。そこで、魔法器具製作と魔法工芸の実演と体験会も開くつもり」


 昨年、魔法器具製作部が新人勧誘の際に、魔法器具製作の実演をやっていた。今回はそれを二部合同で実施し、さらに体験会まで開くという。


「そんなに大層なこと、今からやってできるの?」


 尋ねたのは四年生だった。昨年も新人勧誘期間を経験しているからこそ、難しさを実感しているのだろう。疑問というよりも、ほとんど否定的な口調だ。


 キャロルは動じることなく「大丈夫よ」と笑った。


「共同展示のための作品についてはこれからイシュファーさんに説明してもらうけれど、皆にとってはそれほど難しくもないと思うわ。体験会ではそれと同じものを、もっと簡単にして新入生に体験してもらうつもり。準備に手間はかからない予定よ」


 それから、とキャロルは急にアンリに目を向ける。


「当日の実演と体験はアンリさんに監督してもらおうと思っているのだけれど、どうかしら。……監督と言っても、難しくは考えないで。危ないところがないか、見守る役だと思ってちょうだい」


 突然の指名で驚きはしたものの、断る理由はない。昨年の新人勧誘で、アンリは魔法器具製作部の実演で事故が起こりそうだったのを止めたことがある。その一件をもとに名前が挙がったのだろう。


 それがエリックの案の一部ならば。アンリは「わかりました」とただ頷いた。


 キャロルはほっとした様子で「じゃあ、何をつくるかの話に移りましょう」と話をイシュファーに引き継いだ。






 イシュファーからの話は単純明快で、たしかに大きな負担なく進めることのできそうな内容だった。


 まず魔法器具製作部で、単純な魔力灯をつくる。それから魔法工芸部で、その魔力灯の覆いをつくる。


 魔法工芸の手法で色付けした薄い布を使って覆いをつくることで、色とりどりの灯りを展示することができるというわけだ。単純なつくりながら、見栄えのする展示になるだろう。


「魔法器具製作部の体験では、単色の魔力灯づくりをするつもりです。魔法工芸部でも、覆いの布への色付けをそのまま体験できるようにしてもらったらどうかと思っています」


 両方の体験会に参加することで、自分好みの色の室内灯をつくることができる。そういうふうに宣伝すれば、集まった二年生たちは、きっと両方を体験したいと思ってくれるだろう。


「両方やってみて、自分に向いていると思ったほうに入部してもらう……今までは両部で新人を取り合うようなことばかりしてきたけれど、今回は、入ってくる二年生自身にちゃんと自分の適性と興味に向き合ってもらって、自分の意思で選択してもらいたいと思っているんです」


 たしかにこれまで、魔法器具製作部と魔法工芸部とはいがみ合うことが多かった。新人を取り合い、ともすれば相手の部活動の悪評を流すことで自分の部活動へ新人を引き込もうという動きさえあった。それが元でさらに関係が険悪になるという悪循環だ。

 しかし、そもそもそうして新人を取り合うのにも理由があった。


「水を差すようで申し訳ないんですけど」


 そう声をあげたのはウィルだ。


「体験をして、どちらにも入部したいという二年生がいた場合にはどうするんですか? 兼部を認めるんですか?」


「ううん、そこまではまだ」


 残念そうに首を振って答えたのはセリーナだった。


「本当はそこまでいきたかったんだけれど、なにせ素材採取場のことがあるから。それをどうするか決めないと話が進まないのだけれど、さすがにこの短期間でそこまで決めることはできなかったの」


 部活動の生命線とも言える素材採取場。魔法器具製作や魔法工芸でも、魔法関連の素材を使用することが多い。その素材を採取するための場所が街の西側の森にあるのだが、学園から貸し出されている土地を魔法器具製作部と魔法工芸部とで分け合っている。

 分け方は単純で、それぞれの部活動の部員数で按分している。だから、部員数が多いほうが場所を広く確保できるのだ。この分け方こそ、これまで両部が新入部員を取り合ってきたことの原因だと言っても過言ではないくらい、大きな問題だ。


 セリーナの言葉を、エリックが苦笑しながら補足する。


「今年一年で素材採取場のことを話し合って、来年には、兼部も認められるようにできればいいなと思っているんだけれど。とりあえず、そのための第一歩が今回の新人勧誘期間の取り組みっていうところかな」


 ということは、少なくとも今年はまだ兼部ができないというわけか。もしも兼部ができるなら魔法器具製作部に入ってみたい……アンリは密かにそんなことを思っていたわけだが、今年はまだ、その夢は叶わないようだ。


「えっと……じゃあ本当に、どっちの部活動に入ろうか悩んでいる二年生に相談されたら、どうしたらいいんだろう。魔法器具製作部と合同でやっている体験会の場で、堂々と魔法工芸部をお勧めしてもいいの?」


 どうやらウィルは具体的に、新人勧誘期間における二年生への接し方を気にしていたらしい。自分のことしか考えていなかったアンリとは大違いだ。


 ウィルの問いには、セイアが答えた。


「もちろん。そこは各自、自分の部活動の宣伝のしどころってことで。そこで相談されたのが運命だと思って、そのときにはしっかり魔法工芸部をお勧めしないと。大丈夫、そういう約束はできているから!」


 勢いの良いセイアの言葉に、イシュファーとエリックは苦笑している。本当に約束してあるのだろうかといぶかしんだのは、アンリだけではあるまい。結局キャロルが落ち着いた声音で「セイアさんの話は本当よ」と助け舟を出した。


「合同の体験会の場でも、それぞれ自分の部活動の宣伝をしましょうねっていう約束になっているの。だから、もしも魔法器具製作部の人がそういう相談を受けたら、魔法器具製作部の宣伝をするでしょうね。一応、これからは一緒に仲良くやっていきましょうっていう話になっているわけだから、相手の悪口を言うのはやめておきましょう」


 ああ、そういうことかと。部長のキャロルの説明でもって、部員にもようやく理解が広がった。要は、お互い様というわけだ。


 その後もいくつか細々とした質問は出たが、今回の取り組みに反対する部員はいないようだった。聞けば、魔法器具製作部における説明でも、おおむね同じような反応だったらしい。


 互いに罵り合い、新入部員の取り合いに精を出してきた両部活動。しかし蓋を開けてみれば、どうやら皆、そんな関係性にうんざりしていたようだ。


 今こそ、新たな関係を築いていくべきときだ。それを皆が感じている。

 きっと良いことが起こるはずだ。その素晴らしい予感に、アンリは胸が高鳴るのを感じた。

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