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(4)

 変化があったのは、学園だけではない。


 防衛局では年明けとともに大きな人事異動があった。実力が認められ、より若い番号の隊に異動した者。反対に実力不足により、下の隊に再配置された者。定年により退職する職員がおり、一方で当然、新たに入ってきた隊員もいる。


「で、一番隊には何の動きもないんですか?」


「ないよ。そもそもうちの隊は、新人の職員が入るようなところではないからな」


 授業後に防衛局本部にある一番隊隊長の部屋に呼び出されたアンリは「休職中ながらも引き続き一番隊隊員としてよろしく頼む」とのありがたい辞令をもらった後、のんびりと人事異動のリストを眺めていた。防衛局戦闘部の全ての隊の異動リストだ。


 一部の職員としか付き合いのないアンリにとって、リストに載っているのはほとんどが知らない名前だ。けれども新人の一覧に目を遣ると、探していた名前はすぐに見つかった。ヤン・ルカス。アンリの通う中等科学園を卒業した先輩だ。


「新人研修は班ごとでしたよね。俺、見るならヤンさんのいない班がいいんですけど」


「ああ、そうだな。そのヤンという子と、あと五人、アンリの学園から来た新人がいる。一応、その子たちとは別の班にするつもりだ」


 新人研修に講師として関わらないかと隊長に誘われたのは、昨年末。アンリもやってみようという気にはなったものの、アンリ自身には新人研修を受けた経験がなく、実際にどんなことをやればよいのかわからない。


 それなら一度見学してみるか、と隊長に提案された。新人研修の期間は長い。ひとまず見学してみて、できそうだと思ったら研修期間の後半にでも講師として入ってみれば良い、と。アンリにとっては願ったり叶ったりの条件だが、良いのだろうか。


 しかし詳しく聞いてみると、隊長の提案はアンリのためというよりも、むしろ新人職員のためらしい。最初から講師として上級戦闘職員が現れたところで、新人職員は恐縮してしまって訓練にならないだろうと隊長は言った。それよりも見学として上級戦闘職員が研修の場に姿を見せるだけのほうが、新人の気は引き締まるに違いない、と。


「それって、俺なんかでも役に立ちますかね?」


「上級用の制服を着ていれば、誰だって同じさ。一般の隊員、特に新人にとっては、上級戦闘職員っていうのはそれだけで憧れの的なんだ。自覚しておけ」


 そういうものか、とアンリは苦笑しつつ研修の日程表に目を通す。数ヶ月間を使って行われる研修。見学にせよ講師にせよ、アンリが顔を出せるのは学園の休日と研修の日程が重なっている日だけだ。今の予定では、全体で十日間程度。


「わかりました。じゃあ、次の休日の頃にまた来ます」


「ああ、よろしく。……そうだ、もう帰るなら、帰りにミルナのところに寄って行け。何か頼みたいことがあるそうだ」


 ミルナからの頼みと言われると、嫌な予感しかしない。


 しかしミルナにはいくつも借りがあるので、断ることもできない。アンリは顔をしかめつつ「わかりました」と承諾して部屋を出た。






 研究室を訪ねると、ミルナは待っていましたと目を輝かせた。


「アンリくん、いらっしゃい! さあ、こっちに来て。ここに座って。今、ココアを入れるわね!」


 明るくアンリを迎え入れる笑顔も、アンリの好物を用意しようという優しさも、当のアンリには不吉にしか感じられない。それでもアンリは抵抗せずに、ミルナの言葉に従って勧められた席に着いた。ほどなくして、あたたかい湯気をたてたココアのカップが目の前に置かれる。


 最後の抵抗としてこのココアを飲まないという手もあるが、そもそも借りが多いことを考えると、今から抵抗しても意味はないだろう。

 ということでありがたくココアをいただきながら、アンリは「それで」と、できるだけ早くに話を終わらせるべく本題に入った。


「今日は俺、何をすればいいんでしょう。実験ですか? それとも、魔法器具製作の話ですか?」


「まあまあ、落ち着いて。そんなに話を急がないの。どう、学園生活は? 三年生になったんでしょう、楽しんでいる?」


 ミルナは自分の手元にもカップを用意して、アンリの向かいに座った。どうやらしっかり時間をかけて、ゆっくり話をしようという作戦らしい。それでアンリに何をさせようとしているのかまでは、まだまださっぱりわからないが。


 どうせ逆らったところでろくなことにはならないので、アンリは大人しく会話に応じることにする。


「楽しいですよ。三年生に上がったからどうというのは、まだよくわからないですけど」


「まだ数日しか経っていないから、そんなものよね。部活動はどう? もうそろそろ、新人さんが入ってくるのかしら?」


「新人勧誘期間は、まだもう少し先ですね」


 魔法系の部活動で新入部員の勧誘を始めるのは、二年生が授業で魔法実践を習いはじめて、魔法を使えるようになってから。そのため新人勧誘期間は学年が変わって大体ひと月後に設けられている。


 そのことをアンリが説明すると「そういえばそうだったわねえ」と、ミルナは懐かしむように微笑んだ。


「でも、アンリくんはその通例よりも早くに入部したんでしょう? 今年は、そういう子はいないのかしら?」


「そういえば、今のところは聞いてませんね」


 新人勧誘期間までは積極的な勧誘は控えること。これが、魔法系の全ての部活動における暗黙の了解だ。


 けれども魔法の使える下級生が自ら希望して部活動へ入部することまでは禁止されていない。アンリは昨年、新人勧誘期間よりも少し前に魔法工芸部に入部した。さらにその後、新人勧誘期間を経て、本来なら入部までまだ一年あったはずのコルヴォ、サンディ、ウィリーの三人も入部した。


 アンリは失念していたが、今年だって同じように、早めに入部する下級生がいてもおかしくない。


 むしろキャロルなら、もしかすると既に知り合いの一年生や二年生にこっそり声をかけているかもしれない。なにせ昨年、アンリはそういう形で魔法工芸部に興味を持ったのだから。


「だとすると、アンリ君にはまだ下級生の知り合いはいないのかしら」


「うーん、そんなに多くはないですけど。でも、去年から魔法工芸部に入っている子とか、孤児院の後輩とか、何人かはいますよ」


 あら、とミルナが目を丸くする。その表情がいかにもわざとらしかったので、そろそろ話の本題に入るかとアンリは警戒した。


「アンリ君の後輩で去年からっていうことは、一年生で魔法の部活動に入った子っていうことよね。優秀ね」


「入学のときから魔法ができていた子たちです。そのうちの一人は、去年ミルナさんのところの体験に参加したはずですけど」


 例年、防衛局の研究部で行われている体験カリキュラム。一年生と二年生の中から希望者を募り、防衛局の研究部で研究の仕事を体験する。希望者が多いと魔法による選考試験を行って、上位に入った学園生が参加することになっている。

 そんな体験カリキュラムの一年生の枠に、昨年、ウィリーが入っていたはずだ。


「ああ、ウィリー君ね。そういえばそうだった。彼、アンリくんの部活動の後輩だったのね。……残念ね、一度カリキュラムに参加した子は、今年もというわけにはいかないから」


 ミルナがため息まじりに言う。もしかすると、体験カリキュラムに優秀な後輩を推薦してほしいとか、そういう話だったのだろうか。だとすれば、警戒するほどの話でもない。


「ウィリーの同級生で二人、去年の体験カリキュラムには参加できなかった子がいるんですけど。その子たちも、ウィリーに負けず劣らず優秀ですよ。体験カリキュラムに参加するように、勧めておきましょうか」


「あら、ほんと? 助かるわ」


 ミルナが顔を輝かせる。やはり、今日の本題は体験カリキュラムのことだったようだ。それならアンリにとって、恐れるほどの話ではない。


「もちろん勧めるだけで、申し込むかどうかは最終的には本人次第ですよ。あと、選考試験で通るかどうかも、俺の知るところではありませんから」


 自分から話を切り出したという強みを活かし、アンリは強気に条件をつける。こう言っておけば、アンリはコルヴォたちに一言声をかけるだけで、義理を果たせるという算段だ。とはいえ、そんなアンリの言葉をミルナが素直に受け入れてくれるかどうかは、別問題ではあるが……


「ええ、もちろん。それは当然よ」


 アンリの不安をよそに、ミルナは意外なほどにあっさりとアンリの話を受け入れた。


 なんだろう、違和感がある。自分の望むものがあるとき、ミルナは最高の形でそれを叶えようとする。妥協することなど滅多にないし、あったとしても、最初から諦めることはあり得ない。


 こんなふうに、最初からすんなりとアンリの条件を受け入れるなんて。珍しいどころか、違和感しかない。これは、もしかすると……


 アンリの抱いた違和感が警戒心に変わる前に、ミルナはにっこりと笑みを深めた。


「期待しているわ。……じゃあそろそろ、今日来てもらった本題のほうに移りましょうか」


 ああ、やっぱり。

 ようやくミルナの意図に気づいて、アンリはがっくりと肩を落とした。


 つまりミルナにとって体験カリキュラムの件はおまけにすぎず、本命は別のところにあったのだ。

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