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 年が変わって、朝の魔法訓練にも変化があった。


 朝の魔法訓練は一年近く前、当時一年だったコルヴォとサンディに魔法指導を頼まれたアンリが始めたものだ。仲間はずれにするなと言ってウィリーにも声をかけさせて、最初は一年生三人を相手にアンリが魔法を教える場だった。


 そこにアンリと同学年のテイルが加わり、ついでウィルも加わった。ウィルは元々、職業体験へ参加するための選考試験に向けた訓練として参加していただけのはずだったのに、気付けば試験が終わってからも、当たり前のように参加している。


 年が明けて、全員の学年が一つずつ上がった。アンリたちは三年生に、コルヴォたちは二年生に。


 そして、新たに一年生が二人、ここに加わることになった。


「は、初めまして。一年一組の、エルネスト・グリフと申しますっ」


「同じく一年一組の、クリス・ストランダです。本日から、どうぞよろしくお願いいたします」


 真新しい制服に身を包み、初々しい雰囲気を纏った一年生の二人は、先輩たちに向けて元気よく自己紹介をして頭を下げた。二人とも緊張に身を固くしながらも、目には期待をいっぱいにたたえている。


「エルネストは俺の孤児院の後輩で、クリスはそのルームメイト。エルネストに、友達と一緒に魔法を教えてあげるって約束しちゃったんだ。個別に教えるよりここに加わってもらったほうが二人のためだと思って連れてきたんだけど、いいよね?」


 補足するようにアンリが説明すると、コルヴォたち二年生三人は後輩が仲間に加わったことを純粋に喜び「もちろんです」と笑顔で二人を迎え入れた。

 三年生のテイルは「元々アンリに教えてもらう場なんだから、アンリの勧めで来たのを追い返すわけがないだろ」と笑う。


 ところがウィルだけが、少し困った様子で首を傾げた。ウィルには前もって相談してあって、朝の訓練に参加させるのは賛成だと言ってくれていたはずなのに。

 どうしたのだろうとアンリが視線を遣ると、ウィルは「反対するわけじゃない」と慌てたように言った。


「僕だって賛同した話だし、二人に参加してもらうのは良いことだと思うよ。ただ実際にこうやって集まってみると、さすがにこの場所だと手狭なんじゃないかと思って」


 たしかに、ウィルの言うとおりではある。


 アンリたちの朝の訓練は、学園の中庭で行っている。人数も少ないし、大きな魔法を使うわけではないからということで、後付けではあったがアンリの担任のレイナにも許可を得てのことだ。


 しかしながら、新たに二人を迎え入れるとなると、全部で八人。そのうえ二年生に進級したコルヴォたちは、これまでよりも大きな魔法を使いたくなってくるだろう。的当てにせよ、単に魔法を打ち上げるだけにせよ、中庭だけでは十分な広さが確保できない。


 改めてぐるりと中庭を見回したアンリは「そうだなあ」と腕を組んだ。


「レイナ先生が前に、朝でも訓練室を貸してくれるって言っていたから。広めの部屋が借りられないか、ちょっとお願いしてみようか」


「それがいいよ。訓練室ならもっと堂々と、いろんな魔法も使えるしね」


 こうしてウィルの後押しも受け、訓練の場を移すことを考え始めたのだった。






 とはいえ、レイナへの相談が済むまでは今までの場所を使うしかない。


 中庭でアンリたちはいつものように、水魔法による水球を浮かべた。もう一年も続けている訓練なので、コルヴォたちも慣れたものだ。握り拳ほどの大きさの綺麗な球を簡単につくりだし、胸の高さに浮かべる。球は安定していて、大きくも小さくもならず、形も安定している。


 いつもならここから、球を別の形に変えていくところだ。花や鳥、動物など、そのときどきで課題を設け、その形に変えていく。誰が一番上手くつくることができたか、どういうところを意識したら上手くいったか、後で話し合うこともある。


 しかし、今日は水球を浮かべたところでいったん止めて、その次へは進まないことにした。


 初めての参加となるエルネストとクリスに、この訓練の方法について説明するためだ。案の定、二人は訝しげな顔をして、上級生たちの地味で奇妙な訓練を眺めている。


 コルヴォたちも、自分たちの通ってきた道だ。二人の反応に怒ることもなく、むしろ得意げな顔で胸を張る。


「地味だと思うだろ? でも、これ、意外とすっごいことなんだぞ」


「何を自慢しているのよ、コルヴォ。ほら、操作が疎かになってる」


 サンディの言うとおり、一年生二人に対して先輩風を吹かせようとしたコルヴォの水球の表面がやや揺れていた。コルヴォは慌てて挽回を図る。こういうときに動揺して球が壊れてしまう、ということがなくなったのは、この一年の訓練の成果と言えるだろう。


 二人のやり取りに苦笑しつつ、アンリはエルネストとクリスに「魔力を操作する訓練だよ」と説明した。


「簡単な魔法を正確に使えるようにすることで、魔力をしっかり操作できるようにするんだ。防衛局でもやっている訓練……のはずだよ、聞いたところによるとね」


 アンリの説明に、クリスは納得した様子で頷いた。一方でエルネストは意味がわかっていないようで、不安そうな顔をしている。そんな顔になってしまう原因を、アンリはわかっているつもりだ。


「クリスはもう魔法が使えるよね。誰かから習ったのかな」


「は、はい。入学前まで、家庭教師の先生に教わっていました。基本五系統の魔法を含めて、簡単な生活魔法であれば使えます」


 予想通りの言葉にアンリは頷く。クリスの中の魔力には、魔法が使える人特有の制御された様子が見られる。きっと、幼い頃から魔法を習っていたのだろう。


「それじゃあクリスは、見よう見まねでいいからコルヴォたちと同じ訓練をやってみようか。水魔法で球体を作って、それをそのまま、自分の前に浮かせておくだけ。やってみて」


 言われた通りに、クリスが水球を作って胸の前に浮かせる。なかなか上手い。


 しかし綺麗な球体を維持できたのは十秒ほどだっただろうか。すぐに形が崩れ、ばしゃりと落ちて足下を濡らす。


「……というわけで、それを長く維持する訓練だよ。たぶん、先輩たちがコツを教えてくれるから。頑張って」


 それからアンリはエルネストに向き直る。エルネストは先輩たちの訓練に混ざり始めたクリスを羨ましそうに見つめていたが、アンリの目が自分に向いたことに気付くと、気まずそうに俯いた。


「ええと……その、僕は」


「エルネストは、魔法はまだ使えないんだったよね」


 孤児院で家庭教師を雇っているはずもなく、アンリと同じ時期に孤児院にいたわけでもないエルネストは、まだ魔法が使えない。家庭教師を雇わない家の子供は中等科学園の授業で魔法を習うらしいので、エルネストもそれで問題はないはずだ。けれども、だから二年生の授業で魔法を習うまで我慢しろと言うつもりは、アンリにはさらさらなかった。


 エルネストには魔法を教えると約束した。アンリには、兄としてその約束を守る責任がある。


「じゃ、まずは魔法を使えるようになるところからだ。大丈夫、すぐにできるようになるよ」


 アンリの言葉に、エルネストは俯けていた顔を上げた。その顔に、みるみるうちに笑みが浮かぶ。


「ほ、ほんとですかっ?」


「うん。でも学園で勝手にやるのは問題があるだろうから、次の休日に外の森でやるのはどうかな。それまでは、つまらないだろうけど、皆の見学。あるいは朝の訓練の参加は魔法ができるようになってからにするっていう手もあるけど、どうする?」


「見学します!」


 水球を浮かべる地味な訓練を眺めるだけなんて、きっとつまらないだろう。それでもエルネストは迷うことなく、見学のほうを選んだ。それだけ魔法というものに対する憧れが強いのだろう。


 教え甲斐のある後輩が来てくれたことを、アンリは嬉しく思う。


 それから冷静になって、はっとして訓練中のほかの皆を振り返った。コルヴォたちは新たに訓練に加わったクリスにコツを教えるのに夢中で、アンリとエルネストの声は耳に入っていないようだ。


 ほっと安堵したアンリは、声を落としてエルネストに耳打ちする。


「魔法を使えるようにする話は、皆には内緒な。ここで訓練している皆にも内緒」


「クリスにもですか?」


「えっと、約束だからクリスには話して良いけど、部屋に帰ってからにして。あと、ちゃんとクリスにも口止めしておくように」


 コルヴォやサンディは、アンリのことを「なぜだかは知らないが、人並み外れて魔法のできる先輩」としか知らないはずだ。ウィリーとテイルに至っては「魔法が得意な先輩、同級生」としか思っていないに違いない。


 魔法を使ったことがない人に魔法を使う感覚を教えるのには、コツがいる。魔法士として働く人でも、それができる人は限られている。だからこそ、家庭教師や学園教師という存在が必要になるのだ。


 けれども昔から魔法に対して勘の良いアンリにとっては、実はそれほど難しいことではない。人が魔法を使えるようになるための最初の一歩の手助けも、何度か経験がある。つまり、孤児院にいた頃、幼い弟たちに教えてやったことがある。


 しかし、そのことをコルヴォやサンディ、ウィリー、テイルに知られるのは問題だ。アンリの魔法力が一般の魔法士以上であることがばれてしまうかもしれない。


 口止めされたエルネストは最初こそつまらなそうに口を尖らせたていたものの、アンリが「頼むよ」と言葉を重ねると、最終的には「わかりました」と頷いた。

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