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上級魔法戦闘職員が今さら中等科学園に通う意味  作者: 南波なな
第10.5章 それぞれの休暇2
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(6)エルネスト 2

 話の結果としてエルネストが落ち込んでしまったからだろうか。


 食事が終わると、アンリは「ちゃんと説明するよ」と改めて口を開いた。


「エルネストの言う通り、たしかに俺は学園では魔法力を隠してる。それは、そのほうが学園生活が快適になると思ってるからだよ」


 聞けばアンリの魔法力は学園生の中でずば抜けているどころか、大人の魔法士に比べても遜色無いらしい——むしろ、並の魔法士よりもずっと高い魔法力を持っているという。


「でもさ、学園生でそんな魔法力を持っているなんて知られたら、ちょっと騒ぎになると思わない?」


 そう問われて、エルネストは考えた。


 同級生に比べて少し魔法ができる程度なら、教師に褒められるとか、友達に頼られるとか、そのくらいの話だろう。


 しかしそれが、教師よりもすごい魔法力となったらどうだろうか。


 友達には、頼られるどころか恐れられるかもしれない。何しろ魔法だ。強い魔法というのは攻撃的に使えば暴力にもなるものだ。アンリの性格がどうかなど考えもせずにアンリを恐れる同級生もいるだろう。


 さらに言えば、もしもその高い魔法力ゆえに教師に妬まれたとしたら。本来、教師とはそういうことはしない人のはずだが、教師だって人間だ。自分よりも魔法力の高い生徒がいたら嫉妬もするだろう。たとえその気持ちを隠したとしても、態度に漏れ出てしまうことがあるかもしれない。そうなったら、授業にも出にくいだろう。


 わかるだろ、とアンリは重ねた。


「そうなったらちょっと嫌だなって思うから、学園ではあんまり魔法を使わないようにしてるんだ。だからエルネストも、あんまり俺の魔法の話とか、皆の前ではしないでくれると助かるんだけど」


 こんなふうに言われたら、エルネストも頷かざるを得ない。どんなにアンリがすごいか周りに自慢したいが、それがアンリにとって迷惑だというのなら、やるべきではない。


 それでも、どうしても諦めきれずに、エルネストは少しだけ食い下がることにした。


「えっと、アンリさんがこないだ孤児院でやってくれた、花火の魔法のことは?」

「だめ。あれも、誰でもできる魔法じゃないから」


「アンリさんが孤児院で魔法を教えていたことは?」

「だめ」


「アンリさんがこうして院長先生のサンドイッチを運んでくれたことは?」

「だめ」


「アンリさんが魔法でイーダまで行こうとしたことは?」

「だめだってば」


 とりつく島もない。


 何なら良いのだろうか。エルネストはしばし言葉を止めて考えた。そもそもエルネストは孤児院で暮らした時期がアンリとはずれているので、アンリのことをよく知らないのだ。知っているのは今話に挙げた程度のことしかない。……いや、もうひとつあったはずだ。


「じゃ、じゃあ、あれはどうですか。こないだ学園に行ったときに、魔法を見せてくれたじゃないですか。こないだ孤児院にも来てくれた人と、魔法で戦ってましたよね。それで、アンリさんが勝って。すっごく格好良かったです! あのときのことなら、いいですよね? だって、学園の中のことだし!」


 たしか相手はアイラという女性だった。先日、エルネストが中等科学園の見学に行った際、アンリとその友人たちはエルネストに様々な魔法を見せてくれた。その一環として、アンリはアイラと魔法戦闘をしてみせてくれたのだ。アイラの魔法は素人目にも強そうで、バチバチと弾けるような雷光も放っていた。それをアンリは難なく防ぎ、かわし、最後まで涼しい顔を崩さずに魔法戦闘を終えたのだ。


 あのときのことならば。なにせ、学園の中でのことだ。隠さなくても良い範囲のことしかやっていないに違いない。


 ところがアンリはエルネストの言葉に「ああ、あれか」と苦笑した。


「うーん。あれも、できればやめてほしいな。アイラに簡単に勝ったなんて広まったら、話題になりそうだから……」


「ええーっ」


「アイラって、すごく強いんだよ。学園では誰にも負けないくらい。それは誰でも知っていることだから、そのアイラに勝ったなんて知られたら、皆に注目されちゃうよ」


 アンリは嫌そうに顔をしかめる。まさかそんな顔をされるとは思わず、エルネストも困ってしまった。


「でも、アンリさんが勝ったのは事実じゃないですか。それに、見ていたのは僕だけじゃなかったです」


 その場にはアンリの友人数名が一緒にいた。彼らは皆、アンリが勝つと納得したような、呆れたような顔をしていた。アンリが勝つことを予想していたような顔だ。そのうえ対戦相手だったアイラも、負けたことには悔しそうにしつつも、意外そうな顔はしていなかった。


 彼らは皆、アンリの魔法がすごいことを知っているのだ。


「あー、えっと。そうだな、学園の中でも何人か、俺の魔法のことを知っている人はいるよ。そのうち紹介するけど、その人たちになら、俺の魔法の話をしてもいいよ」


 なんだか複雑な話だ。学園の人たちにアンリの魔法の素晴らしさを広めるのはだめ。けれども一部の、もう既にアンリの魔法力を知っている人に対してであれば、話しても良い。


 しかしそれでは、エルネストのやりたいことを叶えることはできない。


「それじゃあだめです。俺、アンリさんの凄さをたくさんの人にわかってもらいたいのに。もう知っている人に話したって、意味がないです」


「うーん、だからさ……」


 アンリは困ったように頭を抱えた。それを見てエルネストも気付く。話が最初に戻ってしまった。


 結局のところ、目立ちたくないというアンリの望みと、アンリのことを世に知らしめたいエルネストの思いとは、まったく逆の方向を向いているのだ。どちらかが諦めない限り、結論が出ずに、いつまで経っても話は堂々巡りしてしまう。


「卒業まで、俺は大人しくしていたいんだって。あんまり目立つようなことはしたくないの」


 だんだんとアンリの口調もぞんざいになってきた。エルネストは悲しくなってくる。アンリを困らせたいわけじゃない。むしろアンリのためにも、アンリの素晴らしさを周りに伝えたいだけなのだ。


 魔法ができるということは、すごいことだ。たしかに、あまりにできすぎると周囲にわかってしまうのは、面倒事を引き寄せてしまうかもしれない。けれどもそれを怖れて魔法ができることを隠してしまうなんて、もったいない。


 アンリの生活に支障のない範囲で、アンリの魔法力を周囲に知らしめることはできないだろうか。


 エルネストが悩んでいる間に、アンリは「そうだ、こういうのはどうだろう」と、何か思い付いた様子で明るく言った。


「エルネスト、魔法を教えてほしいって言っていたよね? 朝、授業が始まる前の時間を使って、教えてあげるよ。その代わり、俺の魔法のことは皆に黙っておいて。これでどう?」


 アンリの提案に、エルネストは愕然とする。ひどい。たしかにアンリから魔法を教わることは、エルネストの以前からの望みだ。アンリにもそれは伝えてある。しかしそれを、交換条件のようにされてしまうなんて……。


 無意識に、エルネストの目からぽろりと涙が落ちた。途端にアンリはぎょっとした様子で身を引く。


「えっ!? ちょ、ちょっと、泣かないでっ。悪かった、悪かったってっ!」


「ふぇっ……な、泣いてないで、すっ」


 エルネストは慌てて顔を背ける。あまりにも悲しくて自然と涙が溢れてしまっただけで、泣いてどうにかしたいわけではない。


 こんなことではアンリを困らせてしまう。迎えにきてくれて、いろんな話を聞かせてくれて、魔法を見せてくれて、優しくしてくれる。まだアンリのことは少ししか知らないが、それでもエルネストはアンリを頼りになる兄のように思っていた。困らせたいわけではない。


「えっ、ええっと、わかった、ごめん。今のは無し。エルネストがどうであっても、魔法はちゃんと教えるからっ」


「う、うう……別に、無理してそんなこと、言わなくても、いい、ですっ……」


 一度泣き始めてしまうと、泣き止もうと思ってもなかなか涙が止まらない。むしろ泣き止もうと思えば思うほど、涙がぽろぽろと溢れてくるようにさえ感じる。


 泣き続けるエルネストの前で、アンリはおろおろと戸惑っていたが、やがて意を決したように「わかった!」と強く言った。


「一人だけ。ルームメイトでも、同じクラスで仲良くなった人でも良いよ。一人だけ、エルネストの信用できる同級生にも、一緒に魔法を教える。それで、その子には俺の魔法のことを話してもいい。……急にたくさんの人から注目されるようになったら、俺も居心地が悪いから。まずはそのくらいにしておいてくれないかな」


 エルネストの信用できる一人だけ。その一人には、アンリの素晴らしさを訴えて良い、と。


 どのみち引っ込み思案のエルネストでは、どんなに望んでも、最初からたくさんの人に話を広めるなど難しいだろう。だからこれは、エルネストにとっては願ってもない条件だ。


 泣いてどうにかしようと思っていたわけでは決してない。


 けれどもこうしてうまいところに話が落ち着くと、エルネストの涙は自然と収まったのだった。

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