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カリキュラムの参加審査は、いたって単純なものだった。実技では訓練室に大量に作られた的を、制限時間内にいくつ破壊できるかが試された。
アンリは火魔法でひとつずつ地道に射ることで、全ての的を破壊した。ウィルはアンリから教わった水魔法で全ての的を狙ったが、遠くの二、三個は、水の勢いでは壊せなかったという。噂では、アイラは炎をまとった竜巻を発生させて、全ての的を落としたらしい。防護壁も一枚犠牲になったとか。
魔法研究部の面々もそれぞれに努力はしたようだが、アンリとウィル以外では、大量の水をぶつけることで、的を二、三個壊すのがやっとだったようだ。
筆記試験は教室で行われたが、簡単なテストのようなものだった。ちなみに簡単だと思ったのは、アンリとエリックだけだったらしい。
そして数日後の朝。講堂前の掲示板を眺めてマリアは喜びに跳ね回り、他の魔法研究部のメンバーも感嘆の声を漏らした。掲示板には審査の結果が貼り出されたのだ。
二年生の名前が十人ほど並んだ下に、一年生の名前があった。
アイラ・マグネシオン
ウィリアム・トーリヤード
アンリ・ベルゲン
マリアが我が事のように喜ぶのは、アイラの他に選ばれた面子が二人とも魔法研究部のメンバーだからだろう。アイラに売られた喧嘩に、勝ったつもりでいるようだ。もっとも、当のアイラには喧嘩を売った気はないだろうが。
一方で、アンリの隣で掲示板を眺めていたウィルは、安心したようにため息をついた。
「ああ、よかった。アンリのおかげだよ」
こちらはこちらで、余程この体験カリキュラムに参加したかったらしい。初めは軽い気持ちの様子で、アンリにも参加を勧めるほどだったのに。それほどの熱意を持っていたとは知らず、アンリには意外に思われた。
「ウィルの努力の成果だよ。そんなに行きたかったんだな」
「最初はそうでもなかったんだけど。やっぱり防衛局の仕事を見てみたいと思って」
「ウィルは防衛局を志望してるの?」
アンリの問いに、ウィルは困ったように眉を歪めながら笑った。
「うん。でも、ちょっと迷ってるんだ。だから実際に見てみれば、決心もつくかと思って」
なるほどねとアンリは頷いたが、内心ではやや不安にも思っていた。中等科学園生の体験カリキュラムで全体像が掴めるほど、防衛局の仕事は甘くない。一部の体験だけで適否を判断するのは、よくないのではないか。
しかし人がせっかくやる気になっているのに、水を差すこともないだろう。アンリは黙ってウィルの合格を祝った。
アンリ自身はといえば、実はこの結果を昨日のうちから知っていた。前の晩に隊長から入った通信を思い出す。
『アンリ、防衛局の体験カリキュラムに参加するんだって?』
『審査を受けただけで、まだ決まってはいないですよ』
『決まったよ。ミルナが嬉しそうに自慢してた』
隊長の声はやや不機嫌だった。アンリの行き先が戦闘部でなく、研究部であることが気に食わなかったらしい。
戦闘部でも体験を受け入れようかと物騒なことを言い出す隊長を宥め、必要な連絡をいくつか交わして通信を切ったのだった。
ともかくそんなやり取りがあったために結果を知っていたアンリは、掲示板に自分の名前を見つけたからと言って、なんの感慨もわかなかった。しかし、冷めたアンリの周りで、友人たちは騒ぐ。
「やったなアンリ! ウィル!」
「いいなあ二人とも。僕も来年は行けるように頑張ろうかな」
「おめでとうございます」
「やったねえ!」
結果に驚きざわつく掲示板の前の生徒たちの中で、魔法研究部の喜びの声はひときわ目立っていた。そうして喜んでくれる仲間の存在が、アンリには嬉しかった。




