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上級魔法戦闘職員が今さら中等科学園に通う意味  作者: 南波なな
第10.5章 それぞれの休暇2
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(4)ロブ 3

「つまりアンリはラーシュの頼みで、あいつを手伝うためにここに来たと?」


「まあ、俺としては友達に会えれば良かったんですけど。それで近くまで来たらラーシュさんがいて、流れで手伝うことになったというか」


 警備本部に向かって歩きながら、ロブはアンリに事情を尋ねた。防衛局職員とはいえ任務に参加していないはずのアンリが王宮の敷地内に入り込んでいたのは問題だと思ったわけだが、さすがにアンリも無許可でうろついていたわけではないらしい。


「友達の家を訪ねたら、今はパーティに行っているって聞いたんで。じゃあ出てくるまで近くで待ってようかなと思ってぶらついていたら、ラーシュさんに声をかけられたんです」


 アンリがいれば仕事が楽になると思ったのだろう。ラーシュはアンリに王宮周辺の警邏を頼んだらしい。時間に余裕のあったアンリはそれを引き受けたが、防衛局の制服も着ていない状態で他人に見つかっては自分が不審者扱いされかねない。そこで隠蔽魔法を使って自分の姿を隠しつつ、ラーシュに言われた範囲を見回っていたそうだ。


「ラーシュの担当時間はこれから日暮れまでだ。丸一日付き合うつもりか?」


「まさかですよ。俺、友達に会いに来たんだって言ったじゃないですか」


 そう言いながら、アンリはポケットに手を突っ込んで、中から手のひらに乗るくらいの石のような丸い塊を取り出した。


「これ、さっき作った魔法器具なんですけど。感知魔法みたいな、周囲の情報を使用者に伝える機能を付けてみたんです。これをいくつか設置してみようかなって。上手く働くことだけ確認したら帰るつもりです。たぶん、その頃には友達も出てくると思うんで」


 簡単に言ってのけるアンリを前に、ロブは頭を抱えそうになる。こいつ、さっき作った、とか言ったか。


「それ、ちゃんと動くのか」


「さっきテストしたときには問題なかったんで、たぶん大丈夫だと思いますよ。一応、もう一回ちゃんとテストするまでは俺も残るつもりですし」


 やっぱりそうか、とロブは大きくため息をついた。


 きっとアンリはラーシュに頼まれて仕事を引き受けつつ、しかし一日は付き合っていられないという事情を鑑みて、役に立ちそうな魔法器具を作れないかと考えたのだろう。そうして思いつき、実際に作ってしまうことができるのがこのアンリという子供だ。


 ラーシュには相談しただろうか——意外と真面目なところのある子だから、アンリはきっと相談しただろう。一方でラーシュは適当なところのある人間だから「いいね、それ!」などと言って、アンリの案に乗ったに違いない。その光景が目に浮かぶ。


 いつもならロブも、面白がって見て見ぬふりをしていたところだ。しかし今回は立場が違う。この任務の総責任者として——というよりも、安定した国外任務のためにこの任務を成功させなければならない身として、このアンリの暴走を許すわけにはいかない。


「……やめとけ、アンリ。まだ研究部も通していない魔法器具なんて。ここは王宮だ、何かあったときの責任なんて俺は取りたくない」


 ロブが苦い顔で言うと、アンリはびっくりした様子で目を丸くした。そんなに予想外だっただろうか。


「もう設置したのがあるなら、回収してこい。ラーシュには似た効果の魔法を引き継ぐから、魔法器具なんてなくても問題はない」


 感知魔法を引き継ぐことは、ラーシュには事前に伝えてある。しかし、ラーシュにとっては魔法を引き継ぐよりも、魔法器具を使ったほうが楽だろう。だからアンリの申出を簡単に良しとしてしまったに違いない。

 ラーシュには後できつく言って聞かせなければ。気が重い。


 アンリとしても迷惑な話だろう。なにせ一度は認められた話を覆されたのだから。怒るだろうか、意気消沈するだろうか——ロブの懸念に反して、アンリは驚きから覚めると「ですよね」と言って、へらりと笑った。


「いや、俺も駄目だろうとは思ってたんですけど。駄目元で提案したら意外とラーシュさんが乗り気になっちゃったんで。でも、ロブさんに止められるとは思わなかったです。てっきりあとで隊長に叱られるくらいかなって」


 まだどこにも設置はしていないから大丈夫、とアンリは言う。その答えと反応に、ロブはほっと安堵の息をついた。機嫌を損ねたアンリを宥めるという余計な仕事は増やさずに済んだわけだ。


 一方で、アンリの言葉は心外でもある。


「お前、俺のことをなんだと思ってるんだ。隊長が止めることなら俺だって止めるぞ」


「えっ、でも、イーダでは模擬戦闘大会の会場をめちゃくちゃにしちゃったじゃないですか。隊長はあんなことしなかったですよ」


「……あれは忘れろ」


 あのときは少々やりすぎてしまった。その自覚はロブにもある。それを基準にされてしまっていることに、ロブは頭を抱えたくなった。


 一方でアンリは怪訝そうに首を傾げる。


「なんでですか。だってロブさんは、普段からあんなじゃないですか」


「そりゃお前との魔法戦が楽しいからってだけだ。仕事じゃそこまでふざけてねえよ」


 そうなんですか、とアンリが意外そうな顔で言うので、ロブは再び頭を抱えたくなる。


 どうせやらなければならない仕事なら楽しんでやろうというのがロブの信条だ。だからアンリの目には、ロブがふざけているように見えるのかもしれない。それでもロブだって、破ってはならない最低限の一線くらいは絶対に守る。それを理解してもらえていないとは。


「そういえば学園で先生やっていたとき、意外と真面目にやってるなって思いました」


「意外じゃねえよ、あれが普通だ」


 これ以上この話題を続けるのはよろしくない——ロブがそう思い始めたところで、ようやく警備本部の天幕が見えてきた。ロブとアンリが並んで天幕に入ると、中にいたラーシュの表情がわかりやすく固まった。


(……こいつ、わかっててやりやがったな)


 ロブに見つかれば止められるとわかっていて、それでもアンリの魔法器具を利用しようとしたらしい。バレないとでも思ったのだろうか。


「あー、えっと。副隊長、おつかれさまでっす!」


 誤魔化すように満面の笑みを浮かべたラーシュを、ロブはただ冷たく睨んだ。






 ラーシュの悪戯は次の査定に反映させることとして、ロブは魔法の引き継ぎを終えると、アンリとともに天幕を離れた。


「アンリ、このあと時間ないか? せっかくだから、訓練室でちょっと付き合わねえ?」


「……ロブさん。俺、友達に会いに来たんだって言いましたよね?」


 アンリと言えば魔法戦。アンリとの模擬戦闘は、ロブにとって国内での数少ない楽しみの一つだ。ところがアンリはそれをあまり好んではいないらしく、魔法対決を持ちかけると、いつもこうして何かしら理由をつけて逃げようとする。

 だからロブはいつも問答無用で魔法を仕掛けるところから始めるのだが、さすがに王宮の近くで攻撃魔法を放つほどロブも馬鹿ではない。


「いいじゃねえか。どうせしばらくは出てこないだろ? 待っている間に一戦」


「いやですよ。そんなこと言って、ロブさん夢中になったら絶対に一戦じゃ終わらないじゃないですか。それに、俺の友達、たぶんもうすぐ出てくるんで」


 友人の家に行ったアンリはそこの家人から、友人がそれほど時間をおかずに帰ってくるという話を聞いてきたらしい。家で待つよう勧められたがそれは退屈に思えたので、こうして王宮まで会いに来たのだという。


「夜通しでパーティに参加した親を迎えに来ただけらしくて、すぐに帰ってくるって言っていました」


「それってつまり、親と一緒に馬車に乗って帰るってことだよな。友達に会うって、お前、どうするつもりだ?」


 王宮の敷地の出入りは大抵が馬車だ。一部の使用人やロブたちのような警備員は裏口から徒歩で出入りすることもあるが、パーティに参加するような貴族が馬車を使わずに正面の門をくぐることはあり得ない。アンリの友人も、当然馬車で出てくるはずだ。その友人と会って話をしたいということは、往来で馬車を止めるか、こっそりと馬車に乗り込むくらいしか方法がない。しかし友人だけならともかく親も乗っている馬車に勝手に乗り込むなど、失礼にも程がある。


 どうやらアンリはそもそも「友人が馬車で出てくる」という基本的な事実に思い至っていなかったらしい。ロブの言葉に愕然とした様子で目を見開き、それから視線をいくらかさまよわせ、最後に「……いいですよ、一戦くらいなら」と誤魔化すように言った。


「訓練室で時間を潰して、それからもう一度、改めて友達の家に行くことにします」


「それがいい」


 説得しようと思って言ったのではなく単純な疑問だったわけだが、結果的に模擬戦闘の約束を取り付けられたのはロブにとって幸いだった。次に国を離れたら、またしばらくは帰ってこないつもりでいる。アンリとの魔法戦もしばらくお預けだ。その前に運良く訪れたこの機会を、存分に楽しんでおきたい。


 期待に目を輝かせたロブを見て、アンリが「ああ、それですよ」と言った。


「俺、その顔のロブさんしか見たことなかったんで。……今日はちょっと、良い経験になりました」


 アンリの言い様にロブは苦笑する。アンリは構わずに、そのまま続けた。


「今まではロブさんを見ていて、こんな人でも戦闘職員やってるんだから俺も戦闘力さえあればいいのかなって思ってたんですけど。でも、今日のロブさんを見てたら、やっぱりそれだけじゃ駄目なんだなって思いました」


「……なあ、俺、褒められてる? けなされてる?」


 さあどうでしょう、とアンリが笑う。


 本当に、こいつの中で俺の立ち位置はどうなっているのだろうか——ロブは呆れつつも、これも身から出た錆かと諦めてため息をついた。そもそもこれまでアンリの前でふざけすぎていたのだろう。


(ま、何はともあれ、こいつが良い経験になったって言うなら、それでいいか)


 本当に逞しく育ったものだ。アンリはいつのまにかロブを含めた周りの大人たちのことをよく観察し、自分の糧にしているようだ。


 子供の成長は早いという。ロブに自分の子供はいないが、アンリを見ていると本当にそうだと実感する。


(次会うときには、どんなになっていることやら)


 孤立するかもしれないという隊長の懸念はおそらく杞憂に終わる。このまま成長を続けた数年後のアンリなら、防衛局でもうまくやっていくことができるはずだ。


 今回の任務さえ上手くいけば、次にロブが国に帰ってくるのはおそらく数年後。その頃にはアンリは学園を卒業し、次の道を歩み始めていることだろう。


 次の帰国の楽しみ——魔法戦以外の楽しみができたなと、ロブはにやりと笑みを浮かべた。

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