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上級魔法戦闘職員が今さら中等科学園に通う意味  作者: 南波なな
第10.5章 それぞれの休暇2
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(4)ロブ 2

 空が白み、星々が薄れながら姿を消しはじめた。東の空を見遣れば、地平線近くに漂う雲の奥で、空が濃く赤く焼けている。

 もう少しで朝日が姿を現すだろう。この仕事で唯一良かったと思えるのは、王宮の屋根の上という普段は立ち入ることなど考えられない場所から眺める景色を堪能できることか——そんなことを考えながら、ロブはゆっくりと体を起こした。


 総責任者などという役を任されたとはいえ、さすがに昼夜を通して数日間続くパーティの警備を不眠不休で務めるつもりはない。そろそろ交替の時間だ。


(次はラーシュだったか。あいつにはこの魔法は引き継げないな)


 今回の警備にあたって、ロブは王宮に高性能の感知魔法を仕掛けている。先日、イーダの街の学園行事で警備にあたった際、街全体に仕掛けたのと同じ魔法だ。


 その気になれば魔法の範囲内のどこで何が起きているのか全て知ることもできるが、さすがに全てに意識を向けると気が狂いそうになるので、必要な情報に限って意識に引っ掛かるよう魔法を調整している。たとえば招待客と従業員以外の人間が王宮に立ち入ろうとしたとき、王宮の中で諍いが起こったとき、攻撃用の魔法が使われたとき。そういう情報が、ロブの意識に自然と流れ込んでくる。


 警備の仕事にうってつけの魔法だが、複雑で難しく、使える人間が限られてしまうのが難点だ。防衛局戦闘部の精鋭が集まる一番隊であっても、ロブと同じ水準でこの魔法を使いこなせる隊員は、片手で数えられるほどしかいない。


 ロブと交替で全体指揮を務めることになる一番隊隊員のラーシュも優秀な魔法戦闘職員ではあるが、この魔法を安定して次の交替のときまで展開し続けられるかといえば、難しいところだ。


(もうちょっと腕の良い魔法士が育ってくれるといいんだけどなあ)


 決して口に出したりはしないが、ロブは今の戦闘職員たちの魔法力に不満を持っている。特に一番隊の職員たちだ。一番隊という防衛局の中でもトップの隊に所属するなら、もっと高い魔法力を有していてしかるべきだ。


 しかし、いかんせん人材が不足している。ロブの求める魔法力を有している人間だけで一番隊を構成しようとしたら、防衛局中の人員をかき集めたとしても、今の一番隊の半分以下の人数になるだろう。いくら精鋭といっても、それではさすがに任務に支障が出てしまう。


 なぜ優秀な人材がいないのか。大きな原因のひとつは指導不足と努力不足だとロブは考えている。


 魔法力の優劣は才能による、と一般的には言われている。魔法力とは生まれつきである程度決まってしまっているもので、才能がなければどんなに努力をしても魔法が上手くなることはないという考え方だ。


 この考え方に、ロブは否定的だ。


 たしかに魔法を使えるか否か——つまり体内に魔力を貯めることができるかどうかは、生まれつきで決まる。そして魔力を貯められる量も、生まれつきである程度決まってしまう。訓練で鍛えることができるとはいえ、限度がある。


 けれども、生まれつきの才能に左右されるのはそこまでだ。


 体内の魔力をいかに効率的に使うか。いかに制御し、複雑な魔法操作を可能にするか。さらにはいかに魔法を活用し、目的を達成するか。


 こうした魔法制御力と呼ばれるもの、あるいは魔法を生かすための発想力。これらは生まれつき身についているものではなく、訓練や経験により学んでいくものだ。良き指導者からの指導によって、あるいは自らの努力によって、この力はいくらでも伸ばすことができる。


(その辺りの認識が足りねえんだよなあ)


 職員の中でも、魔法力は努力ではどうにもならないものだと思っている者が多い。そのうえ防衛局の指導体制も不十分だ——大きな戦争もない平和なこの時代において、ただ魔法力を上げるばかりの指導ができないのは致し方ないことなのかもしれないが。


 それでももう少ししっかりと時間をかけて指導してしっかり訓練をやらせれば、もっと腕の良い魔法士が育つのではないか。ロブは常日頃から、そんなふうに考えている。


(俺の立場だと、言うならやれって言われそうだけど)


 国外任務が多く名ばかりとはいえ、仮にも防衛局一番隊の副隊長という役職に就いているのだ。ロブが本当にやろうと思えば、指導体制の強化くらい、進言するか、あるいは実行できるだけの力はある。


 それをしないのは、後進の育成に対してそれほど興味がないからだ。今日のような任務の際に、たまに愚痴のように「もっと良い魔法士がいれば」とこぼすことくらいはある。しかし、だからといって自分の時間を削ってまで防衛局全体の魔法力向上に寄与しようと思うほど熱心にはなれない。縁あって自分の部下になった者の指導くらいはするが、それ以外の指導まで買って出るつもりはない。


(ま、隊長も何も考えていないわけじゃないみたいだし、俺が動かなくても何とかなるだろ)


 怪我で現役を引退した職員をわざわざ指導員として呼び戻したり、職業体験として中等科学園生を積極的に招き入れたり。最近の防衛局では新人の勧誘や育成に力を入れようという機運が見られる。


 おそらく隊長の意向だろう。彼もロブに近い考えを持っている。そのうえロブに比べると責任感も強いので、実行するにあたっての行動力がある。


(あいつの場合はアンリに対する親心かもしれないな。今のままだとアンリは孤立するかもしれないし)


 アンリ・ベルゲン——十数年前に防衛局が保護した孤児。防衛局一の魔法士は誰かと問われれば、ロブは迷うことなく彼の名前を挙げる。


 その魔法力の高さは尋常ではない。


 保護した当時から人並外れた魔力貯蔵量を有しており、それは本人の成長とともに増え続けている。加えて、その膨大な魔力を使いこなすべく幼い頃から続けてきた訓練により、今ではその身に貯めた膨大な魔力を使いこなせるだけの魔法制御力も身につけている。


 ついでに言えば魔法制御力の訓練のために戦闘部の訓練に参加していたため、単純な戦闘力も高い。アンリほど能力の高い戦闘職員は、歴戦の職員でも少ないだろう。


 だからこそ不安だ、といつか隊長がこぼしていたことがある。


 これまではアンリが子供だったからこそ、特例のようにして、隊長や周りの隊員たちが彼を隠し守ってきた。しかし今後、アンリが一般の隊員と変わらぬ年齢になったとき。さすがに今の特別扱いを続けるわけにはいかない。


 戦闘力だけなら一番隊職員に勝るとも劣らないアンリだが、若いからこその経験不足はいかんともしがたい。上級戦闘職員に求められる判断力、統率力、対応力、責任感——アンリ自身がどう考えているかは知らないが、ロブから見れば、経験で身につくはずのこうした総合的な力はまだまだ不足している。隊長も同じ考えだろう。


 特別扱いをやめるということは、そうした総合的な力も踏まえてアンリの立ち位置を決めるということだ。


 そうなれば、まずは同じ年代の職員たちと共に研修を受け、それから同じ水準の能力を有する職員たち、あるいは同程度の経験年数の職員たちと共に任務に当たることになるはずだ。経験不足を補うために一番隊という所属を離れ、下の隊に配属されることもあり得る。


 総合的に見て同程度の能力の職員——その中に入れば、アンリの魔法力の高さはいっそう際立つことになるだろう。


 そうなれば、おそらくアンリは孤立する。妬み嫉みを受けるかもしれないし、そうでなくても、共に競い高め合う仲間は望めないはずだ。その環境下で、果たしてアンリは腐らずにこの仕事を続けていくことができるだろうか。


 きっと隊長は、それを心配しているのだろう。だからこそ、アンリと同年代にあたる者たち、つまり今の新人や、これから防衛局に入ってくる中等科学園生たちの教育に力を入れ始めたのだ。アンリの能力の高さはもはやどうしようもない。それなら逆に、少しでも周りの能力を上げておこうというわけだ。


(そこまで過保護にならなくても、アンリなら大丈夫な気もするけどなあ)


 大人に混ざって訓練を受け、数々の任務をこなすなかで、アンリは逞しく賢く育った。厳しい環境で腐るほど弱くはないはずだ。


 隊長も頭ではわかっていることだろう。それでも心配してしまうのは、アンリがまだずっと幼い頃から面倒を見てきたがための、親心のようなものだ。その気持ちは、ロブにもわからなくはない。


(……さて、そろそろ行くか)


 色々考えている間にも、仕事をサボっていたわけではない。


 交替相手であるラーシュが使えるように、魔法をやや簡易に調整し直した。範囲を王宮全体ではなく出入口や重要人物の周辺のみに限り、代わりに意識に掛かる条件を外して範囲内の全ての事象を感知できるようにした。ラーシュは複雑な魔法が苦手な一方で、情報処理能力は高い。絶えず感知される様々な情報にも、的確に対処できるだろう。


 魔法の調整を終えたロブは、屋根の上から滑り降り、雨樋をつたって地面に降りた。もちろん誰かに見られては自分が不審者になってしまうので、その点には十分に気をつけつつ……


「え、ロブさん。何やってるんですか、こんなところで」


 突然声をかけられて、ロブはぎょっとして振り返った。相手の姿を見て脱力する。


 隠蔽魔法で上手く隠れていたはずなのに。そのうえ周囲の気配には気を配っていたはずなのに。それにもかかわらず簡単に自分の存在に気付かれたうえに、こちらは声をかけられるまで全く気付かなかった。


「……アンリこそ。お前、こんなところで何やってんだ」


 噂をすれば影——噂をしていたわけではないが、今の今まで考えていた相手が目の前に現れた。

 その偶然に、ロブは呆れて大きくため息をついた。

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