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上級魔法戦闘職員が今さら中等科学園に通う意味  作者: 南波なな
第10.5章 それぞれの休暇2
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(4)ロブ 1

 つまらない仕事だ——高く堅固に建てられた王宮の最も高い棟の屋根の上で、不遜にも仰向けに寝っ転がって、ロバート・ダールはぼんやりと夜空に輝く星々を見上げていた。


 真下の王宮では数日前から、年を跨いでの盛大な新年祝賀パーティが開かれている。


 会場となっているホールではこの年末年始の間、昼も夜も煌びやかな魔力灯が灯されて、音楽隊により明るい曲が奏でられている——おそらく音楽隊のメンバーは時間によって交替しているのだろうが、その区切りがわからないほどに、音楽は鳴り止まずにずっと続いている。


 昼夜を問わず明るく保たれた王宮には、夜となく昼となく、貴族たちがひっきりなしに出入りしていた。あらかじめ時刻を指定された招待客は、だいたいその時間に現れる。一方でいつでもお越しくださいとの案内をもらった貴族たちは、各々好きな時間に王宮を訪れる——どうやら時間を指定するなど失礼に当たるほどの高位の貴族や、反対に時間を合わせて主催者から挨拶するほどではないほど低位の貴族だと、日時の指定がないらしい。


 時間の指定のない貴族たちの現れる時刻はまちまちだ。パーティを楽しむのに相応しい晩餐の時間に来る者もいる。一方で、人が少なく主催者も不在にすることの多い真夜中や明け方にやって来る者も、多くはないがある程度いた。おそらく彼らにとっては「王宮のパーティに参加した」という実績こそが大事なのだろう。


 さて、そんな楽しいパーティが繰り広げられている王宮の屋根の上でロブが何をしているかといえば、王宮の警備である。


(一人、二人、三人……全員招待客……と見せかけて、四人目はリストに無い奴だな)


 王宮全体に広げた魔法に引っかかった不審な気配に、ロブは体を起こしかけた。しかし、すぐにまた仰向けに戻る。ロブが出張るまでもなく、近くにいた警備職員が四人目の人物を制止した。


(本当に、つまらない仕事だ……)


 年末年始を通して王宮で開催される新年祝賀パーティ。その警備なのだから、優秀な人材が集まっているのは当然だ。


 総責任者を任じられた手前こうして王宮全体に目を配ってはいるものの、荒事など起こりようはなく、優秀な部下たちの仕事ぶりの観察が主な仕事になっている。


(……なんか面白いこと、起こらねえかなあ)


 屋根の上に寝そべって、堂々と欠伸を漏らしながら、ロブは警備隊の総責任者としてはあるまじきことを考えていた。






 ロバート・ダールは防衛局戦闘部一番隊の副隊長だが、普段は隊の業務には関わらず、単独で国外任務を請け負っている。その性質上、本来なら新年祝賀パーティの警備隊総責任者など、任じられるはずがなかった。

 だから突然隊長に呼び出され、任命書を手渡されたとき、彼は強く反発した。


「はあっ!? なんで俺が王宮警備なんてやんなきゃなんねえんだよ。向いてねえことくらい、あんたならわかるだろ」


「いやいや、適任だと思ったんだよ。何せあの広大なイーダの街の警備責任者を自ら申し出て、交流大会をつつがなく終わらせた実績があるんだから」


 穏やかで、しかし幾分か棘を含んだ隊長の言葉。普段なら職位の違いなど構わずくってかかるところだが、今回ばかりはロブも文句を重ねることができずに黙り込んだ。なぜ警備の責任者にされてしまったのか。その理由が理解できたからだ。


 先日の交流大会で、ロブは大きな不祥事になりかねない危険な行いをした。結果的には大事にはならなかったし、公式なお咎めは何もない。


 けれども非公式なお咎めとして、国外任務が決まった。つまりは左遷、あるいは島流し——危険分子であるロブを国内に留めおくのは良くないという、誰かの思惑による人事だ。


 家族や故郷と離れて何年も戻れないからと、多くの職員に嫌われる国外任務。公式に罰することのできない何かをやらかした隊員に対する処断として、国外任務を命ずるというのはまれにある話だ。


 しかし、実のところロブについて言えば、この人事は罰にも何にもなっていない。


 ロブは国外任務を気に入っている。数年という縛りなど無視して、もうずっと国外にいたいと思っているほどだ。だから、国外任務を命じられることは、ロブにとっては罰どころか、褒美にも等しい——国外任務を命じてもらいたくて、あえて公にならない程度の面倒事を起こそうとするほどに。


「……つまり、王宮の警備担当でもやって、反省しろと?」


「まさか。そんなことは言っていない。畏れ多くも王宮での仕事を、反省の場になど使えるわけがないだろう。華形の仕事だよ、光栄に思うといい」


 白々しい隊長の言葉にロブは苦笑する。


 隊長は、ロブが国外任務を好んでいること——つまり国外派遣がロブにとって罰にならないことを知っている。それで、代わりにロブの罰になり得る仕事を持ってきたのだろう。


 もちろん、それが罰であるなどとは口が裂けても言えないはずだ。王宮の警備という重大な任務を罰として充てるなど、不敬にもほどがある。


 しかし、それを指摘して話を無に帰すよう仕向けることができない程度には、ロブにも先日の一件に対する罪悪感はあった。正体を隠したとはいえ、学生主催のイベントに参加して会場を滅茶苦茶にし、イベントを中止に追い込んだのは、控え目に言ってもやりすぎだった。


「まあ、わかった。だが、俺にお貴族様の相手を期待するなよ?」


「大丈夫だ。さすがにそこまでお前にやらせたら、防衛局の信用が地に落ちる」


 あまりの言いようではあるが、事実ではあるのでロブもいちいち言い返したりはしない。


「お前に任せたいのは現場指揮と、王宮の警備そのものだ。それ以外の諸々は俺がやるから、心配するな」


 互いにこの職位に就く前からの長い付き合いだ。ロブが断れないぎりぎりのラインを、隊長はよく理解している。

 ロブが諦めて深いため息とともに頷くと、隊長はにっこりと笑った。


「ま、これさえ無事に終われば全て水に流してやるさ。せいぜい頑張ってくれ」


 こうして、ロブのにとってのつまらない仕事が決まったのだった。






(まあ、でも、これさえ終われば前のように国外に出っ放しで許してもらえるわけだよな)


 相変わらず屋根に寝っ転がったまま、ロブはぼんやりと考えた。


 諜報員ならいざ知らず、ロブのように正規に国外に派遣されている職員の場合、報告などの用でたまには国に戻ってくるのが一般的だ。


 しかしロブは前回の国外派遣で、数年間全く国に戻ってくることがなかった。報告は全て通信魔法で済ませ、通信では支障のある内容は部下を使って報告させた。国に戻るのが億劫だったからだ。国に戻っている暇などないと思えるほどに、国外には面白いことがあふれている。


 ところが今回、つまり先日の交流大会後の国外派遣では、派遣のための条件が一つ付けられた。定期報告はロブ自身が帰国して直接行うこと、というものだ。


 よほど信用を失くしたのだろう、面倒だが仕方がない——ロブはそう思っていた。それで今回も嫌々ながら、定期報告のために首都まで戻ってきたというわけだ。まさかその機に国内任務を命じられるなど、思ってもいなかったが。


 それでも隊長は、この任務さえ終えれば、全てを水に流すと言った。


 つまりこのつまらない仕事をつつがなく終えさえすれば、以前同様の国外任務に戻れるということだ。次からは報告を部下に任せ、自分は国に戻ることなく、楽しく国外を満喫できる。


 だとすれば、今後のためだ。面倒でつまらない仕事であっても、ここは頑張っておかないといけない。


(とはいえ、さすがにこれだけ厳重な警備の敷かれた王宮で悪さをしようって奴もなかなかいないから、頑張りどころは少ないか……って油断してると、出るんだよなあ)


 警備のための魔法に反応があった。


 今度の不審者は招待客に扮していて、見た目には招待客のようにも見えた。だから、近くにいる警備職員は動かない。防衛局戦闘部と騎士団とから優秀な人材を集めたというが、まだまだ甘い。


(ま、怪しい動きがあればすぐに気付くだろうけど。しかし、そこまで待ってたら俺の評価が下がりかねない。ちょっとくらい、仕事するか)


 ロブは体を起こして、耳元に手を当てた。使い勝手を試してくれと研究部から渡された、耳飾り型の通信具。いちいち触れないと起動できないのは面倒だが、一度起動してしまえば手に持つ必要がないのは悪くない。


「あー、俺だけど。聞こえる? さっき入ってきたグレッケ家のご当主、あれ、偽物だから。さっさとつまみ出しちゃって」


 困惑の声が聞こえたのは一瞬だった。通信を受けた職員は、すぐに切り替えて行動に移る。やはり優秀な人材であることに間違いはないらしい。


 ややあって、不審者はつつがなく王宮の外に連れ出された。


(……俺自身が暴れられないのが、この仕事のつまらないところだな)


 本当はロブが自ら出張って、不審者を引っ捕えるくらいの運動はしたいところだ。しかしそれをすれば大事になるし、そうした大きな事件を起こさず平穏にパーティを終わらせることが、今回のロブの任務だ。


(任務後の楽しみでも考えるか)


 無事に国外任務に戻ったら、何をしようか。

 そんなことに思いを馳せながら、ロブは再び屋根の上に寝転がる。

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