(3)アリシア 3
交流大会では、イーダにある三つの学園の生徒たちが協力しあえるイベントが公式行事として開催される。そのうちの一つが、騎士科の学園生と魔法士科の学園生が二人一組となって、二対二で対戦する模擬戦闘だ。
剣の腕に自信を持つアリシアはこの模擬戦闘に出場し、自分の強さをアピールしたいと考えている。防衛局か、騎士団か、あるいは傭兵になるか——将来の道はまだ決めかねているところだが、いずれにしても、自身の力を認めてもらわない限り、どこに就職することもできない。
そしてアピールのためには当然「誰と組むか」も大切だ。あまり弱い人と組んで負けばかりになってしまうと、アピールにならない。
それでアリシアは、同学年で強い魔法士科生を探していたのだ。
「アンリくんには負けちゃったけど、私、騎士科の中では結構強いほうだよ。私と組むのはアンリくんにもメリットになると思うけど」
化物と噂されるほどに強いアンリだ。年が明ければ、おそらくほかの騎士科生からも声がかかるだろう。この休暇中にアンリと出会うことのできたアリシアは幸運だった。ほかに先んじて、アンリを勧誘することができる。
「……ええと」
「あ、もちろん、今すぐに決めてっていう話ではないから」
答えに迷うアンリに対して、アリシアは謙虚な姿勢を示してみせた。
今日の目標は、アンリを模擬戦闘のパートナーとして確定させることではない。初対面で一度対戦しただけの相手をパートナーにしろと言っても、決められないのは当然だ。そのことを、アリシアはちゃんと理解している。
「ただ、私はアンリくんをパートナーにしたいと思っているの。そのことだけ知っておいて。これからほかからも声がかかると思うけれど、むやみにそっちに決めてしまう前に、私のことも選択肢に入れておいてほしい」
あまりぐいぐい押し込んでは、逆に悪印象を与えてしまうだろう。それよりは謙虚な姿勢を見せて、アンリと良好な関係を築いておきたい。そんなアリシアの下心いっぱいの言葉に、アンリは「うん、わかった」と素直に頷いた。
「俺、まだ交流大会で模擬戦闘に出るかどうかは決めてないけど。もし模擬戦闘に出るとしたら、そのときはアリシアと組むことも考えるよ」
「……はい?」
今度はアリシアが、呆けた顔を見せる番だった。
あれだけ高い戦闘力を持ちながら、どうやらアンリはまだ交流大会で模擬戦闘に参加することは決めていないらしい。そのことに、アリシアは驚きすぎて言葉が出なかった。
「いや、俺、たしかに魔法戦闘は好きだし得意だよ。でもほら、交流大会って色々あるだろ。魔法器具とか魔法工芸とか。俺、そっちにも興味があるし」
言い訳のように言葉を並べるアンリ。アリシアは、イルマークを含めたほかの三人の表情を窺った。しかし三人は呆れた様子ながらも「やれやれ」と、肩をすくめたり苦笑したりしているだけだ。アンリの言葉に心底驚いたのは、どうやらアリシアだけらしい。
アリシアが戸惑っているのを見てイルマークが「アンリはこういう人なんです」と、説明するように言った。
「魔法に関することであれば何でも群を抜いているんですよ、アンリは。魔法戦闘にしても、魔法器具にしても。アンリであれば、公式行事で何を選んだとしても、良い成績を残すことは間違いないでしょうね」
魔法器具のことはアリシアにはわからない。しかし、たとえば騎士科なら、交流大会では模擬戦闘のほかに剣舞という種目がある。しかし戦闘と剣舞の両方を交流大会で披露できるほどの水準まで極めている生徒などほとんどいない。交流大会でどちらを選ぶかは、当人がどちらを得意としているかによって自動的に決まると言っても過言ではない。
どちらの種目を選ぼうか、などという悩みは発生しようがないのだ。
「イルマーク、それは言い過ぎだって」
アリシアの戸惑いには気付かない様子で、アンリは、ただイルマークの言葉を否定するために声を上げた。
「俺、魔法工芸はちょっと苦手だから。たぶん魔法工芸を選んだら、良い成績にはならない」
「魔法工芸部にいながら、よくそんなことが言えますね……まあ、いずれにしても魔法工芸で交流大会に参加する選択肢は捨てていないのでしょう? 選択肢に含まれている時点で、十分できるほうだと思いますよ」
そうかなあ、とアンリはのんきに首を傾げる。
そんなアンリを眺めてアリシアは、これが「化物」と噂される人の実態か、と思った。
実のところ、アリシアはアンリに対する「化物」という認識を改めようと思っていたところだった。模擬戦闘を通じて、アンリが強いことは理解したつもりだ。けれどもアンリの戦い方は堅実で地味だった。とてもではないが、模擬戦闘大会の会場を滅茶苦茶にするような戦い方をするとは思えなかったのだ。
アンリ自身が言うように、あれは対戦相手の魔法が凄かっただけなのだろう——模擬戦闘を経たからこそ、アリシアはそんなふうに考え始めていた。
けれども、これまでのアンリの言動を見ていて、アリシアは改めて思う。
(この人……噂になっているのとは別の意味で、たぶん、化物みたいな人なんだ……)
交流大会で、強い魔法士科生と組む。そうして活躍して自身を売り込むことが、アリシアの目標だ。
しかしその「強い人」として、アンリを選んで良かったのか——誘ったばかりにもかかわらず、アリシアは自分の選択に不安を感じたのだった。
あっという間に三日が過ぎた。
アリシアの家に遊びに来たり、仲間とどこかに出かけたり——帰省中にも関わらず慌ただしく過ごしていたイルマークは、もうこの町を去ってしまうらしい。
「せっかくの長期休みなのに、忙しいね」
「そうですね。しかし、楽しいですよ。将来のことを思えば、こういう休みの過ごし方も良い経験です」
町外れまで見送りに来たアリシアに、イルマークは目を輝かせながら言った。そうだね、とアリシアは頷く。
イルマークが旅人である彼の祖父母に憧れていることをアリシアは知っている。学園の卒業後に祖父母と一緒に旅して回ろうとしていることも、その上で、いつかは自立して一人で旅をしようとしていることも。
そんな自分の将来に対して、イルマークは意欲的だ。友人と一緒にではあるが、こうして休みを旅に充てることまでしている。目標に向かって頑張る幼馴染みの姿は、アリシアには羨ましく思えるほどに、輝いて見えた。
「イルマークはすごいね。ちゃんと、夢に向かって動けてる」
「何を言っているんですか。アリシアこそ、頑張っているじゃありませんか」
羨む気持ちから思わず出てしまったアリシアの言葉に、イルマークが力強く言い返した。
「交流大会で良い成績を残すために、初対面のアンリを誘うなんて。なかなかできることではないと思いますよ」
「えっと、褒めてる?」
頑張りを褒められているのか、無謀さを責められているのか。わかりかねてアリシアが首を傾げると、イルマークは笑いながら「責めてなんていませんよ」と言った。
「たぶん、アンリはこれから引っ張りだこになりますよ。そんなアンリに一番に声をかけたんだから、アリシアはすごいですよ。ちゃんと頑張っていると思いますし、先見の明があります」
責めていないと言うわりに、なんとなく棘のある物言いだ。何が言いたいのだろうか。
なおもアリシアが首を傾げたままでいると、イルマークは「ただ」と、苦笑のような笑みを浮かべた。
「アンリはあのとおり、模擬戦闘に出るかどうかすら迷っている状態ですから。もしかすると、アリシアの頑張りは無駄になってしまうかもしれません。……そのときは」
イルマークは言いづらそうに言葉を止めた。そんなことは想定済みだとアリシアは言い返そうとしたが、その前に、意を決した様子でイルマークが改めて口を開いた。
「そのときは、もしよければ、私を誘ってください。私はアリシアに負ける程度の力しかありませんし、アンリには到底敵いませんが……しかし、次の交流大会までには私ももっと強くなるつもりです」
思わぬ申し出に、アリシアは咄嗟に返す言葉が見つからなかった。
一方でイルマークは、一度言葉にしたことで覚悟が決まったのだろう。たがが外れたように話し続ける。
「元々私は、アリシアを誘うつもりだったんです。騎士科で一緒に模擬戦闘に出ようと誘えるほどの知り合いは、ほかにいませんから。ただ、私が誘うよりも早くに、アリシアがアンリに声をかけてしまいましたから。それに、アリシアは強いペアを探しているようですから、私では力不足かと思って、誘うのを躊躇してしまいました」
前回の交流大会で、イルマークはアリシアに負けている。これまでそのことを気にする素振りは見せていなかったが、決して忘れたわけではないのだろう。
イルマークは真っ直ぐにアリシアを見つめて続ける。
「しかし、やはり後悔はしたくありません。言わずに別れては今後誘う機会もなくなりそうですし、ちゃんと言っておこうと思いまして。私は、アリシアと組みたいと思っています。ですから、もしもアリシアがアンリと組めなかったときには、私と組むことを考えてください」
わざわざ「アンリと組めなかったら」などという条件をつけるなんて。相変わらず律儀だなと、アリシアは思った。
もっと強引に誘ってくれても良いのに。そうしたら、アリシアはきっと——。
「……わかった。じゃあ、アンリくんに断られたら、連絡する」
自分の気持ちに蓋をして、アリシアはそっけなく答えた。イルマークは、アリシアがアンリを誘ったことを褒めてくれている。せっかくのイルマークからの評価を、自分の言動で無駄にしたくはない。
アリシアの葛藤に、イルマークは気がついただろうか。今すぐにでも「アンリの答えなど待たずに、私と組んでください」と強く主張してはくれないだろうか。
アリシアの都合の良い期待をよそに、イルマークはただ安堵した笑顔を浮かべて「お願いします」とだけ言った。
優等生め、とアリシアはイルマークを憎く思う。いつもは好ましく思う彼の生真面目さだが、こういうときには憎らしい。
けれども帰り際に、イルマークはふと振り返ると、他の誰にも聞こえないような小声でアリシアにだけ耳打ちした。
「アリシアからの誘いを断るように、アンリを説得してみせます。私と組む準備をしていてくださいね」
それだけ言うと、イルマークはアリシアからの返事も待たずに行ってしまった。アンリの魔法を使って瞬時に移動した彼らは、見送りの甲斐もなく、すぐにアリシアの視界から消えてしまう。
彼らが去ってしばらくしても、アリシアは、その場を動くことができなかった。




