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上級魔法戦闘職員が今さら中等科学園に通う意味  作者: 南波なな
第10.5章 それぞれの休暇2
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(3)アリシア 2

 住宅街を抜けた先、森に入る一歩手前の広い空き地で、落ちていた枝を使って地面の上に大きな四角を簡単に描いた。


「じゃあ、この線の内側を会場ということにして、外に出たら負けということで」


 アリシアの言葉にアンリは「いいよ」とためらいもなく頷く。もっと広くとか、範囲を無くしてとか、色々と注文が入るものと思っていたアリシアは拍子抜けした。


 魔法には、広範囲に影響を及ぼすことのできるものが多い。魔法を使って戦うなら、戦闘の範囲が仕切られていないほうがやりやすいはずだ。


「いいの? 魔法で戦うんでしょ?」


「うん、いいよ。俺、近接戦闘も得意だから」


 お構いなくと言いながら、アンリは肩を回したり膝を曲げ伸ばししたりと、準備運動を始める。


 どういうふうに戦うつもりなのだろう。アリシアは彼をじっと観察する。


 アリシアが模擬戦闘大会で彼の試合を見たのは一度だけ、会場が壊れてしまった最後の試合だけだ。あの試合では、開始の直後から会場が霧に包まれて、戦っている二人の様子は全く見ることができなかった。だからこそ、アンリが強いのか弱いのか、アリシアには判断がつかないのだ。


 アリシアにとって、アンリの戦い方は未知のものだった。


「本当にやるんですか」


 アンリに目を向けていたアリシアに、横からイルマークの声がかかる。


「言っておきますが、アンリは強いですよ。アンリが負けたところは、ほとんど見たことがありません」


「ほとんどってことは、負けたこともあるんだよね。じゃあ私も、勝つつもりで頑張らないと」


 アリシアが強気に微笑むと、イルマークは眉をひそめて深くため息をつく。


「……まあ、体感するのが一番でしょうね。怪我だけはしないように気をつけてください。それにしても、模擬戦闘なんかして、いったいどういうつもりなんですか」


「彼の強さを確かめたいの。本当に強いなら、お願いしたいことがあるから」


 お願いって何を、というイルマークの問いは「早く始めようよ」とアリシアを呼ばわるアンリの声に遮られて空中に消えた。アリシアはイルマークの問いには答えず「まあ、見ててよ」とにっこり笑う。


「模擬戦闘大会でイルマークに勝ったのがまぐれじゃないって、見せてあげるから。私、騎士科の中でも結構強いほうなんだよ」






 模擬戦闘は、終わってみればあっという間だった。


「じゃあ、俺の勝ちでいいね」


 会場を仕切るために引いた線の、ぎりぎり外側。場外で尻餅をついたアリシアに、優しく笑みを浮かべたアンリが手を差し伸べた。


 素直にその手を借りて立ち上がったアリシアは、自身が汗だくなのに対して、アンリが汗ひとつかいていないことに気づく。


 ただ負けただけではない。アリシアが全力であったのに対して、アンリは力にも心にも余裕があった。圧倒的な実力差だ。


 何が起きたのか。アリシアは思い返す。


 先手必勝の言葉を信じるアリシアは、試合開始とともにアンリに向かって走り込み、剣を振りかざした。速攻を得意とするアリシアだが、その剣はアンリにあっさりと剣で防がれる——試合開始時には魔法士らしく何も手に持っていなかったアンリだが、その手にはいつの間にか短い木剣が握られていた。魔法で生み出したのだろう。たまにそういう手を使う魔法士がいるということはアリシアも騎士科の授業で聞いたことがあるので、驚きはしなかった。防がれたなら、もう一度斬り込めば良い。


 ところがすぐにぞわりと全身の毛が逆立つような危機感を覚えて、アリシアは跳ぶようにして思い切り後ろに下がった。


 その直後、それまでアリシアがいた空間を、木剣がすいっと横薙ぎにする。


(双剣……!)


 アリシアの一撃目を防いだのは、アンリが右手に持った剣だった。一方で攻撃に使われたのはアンリの左手の剣——いつの間にかアンリは両手それぞれに短い木剣を持っていた。


 避けられることを想定していたのか、アンリが動揺することはなかった。距離を取ったアリシアを追うように足を踏み出して、左右の剣を振るう。


 アンリの剣を受けたり避けたりと忙しなく動き回りながら、アリシアは反撃の機会を窺った。アンリはどうやら双剣の扱いに慣れているらしく、双剣遣いにありがちな失敗や隙が見当たらない。


 それならむしろこちらから隙を見せて相手を誘い込み、相手の隙を作り出す作戦はどうだろうか——そんなことを考えていたときに、がくりと、意図せずアリシアの身体が下に沈んだ。


(落とし穴っ……じゃなくて、土魔法っ!?)


 アリシアの足下の地面に、自然にできたとは思えない局所的なぬかるみが現れていた。アリシアの右足が、そのぬかるみに見事に突っ込んでしまったのだ。


 自ら隙を作るつもりが、意図せず隙ができてしまった形になる。誘い出したわけでもないのに、アンリがここぞとばかりに攻めてくる。


(負けてたまるかっ!)


 土魔法を使われたとはいえ、ほとんど剣による試合だ。魔法士科に負けるなんて、騎士科の意地として許せない。


 無事な左足で地面を強く踏み締めて、ぬかるみから右足を引っこ抜く。そのままその足を高く蹴り上げて、足についた泥をアンリに飛ばす。


 げっ、と短く声を上げたアンリが一歩身を引いた。ここだと思って、アリシアは強く踏み込んで剣を振るう。アンリは右手の剣でアリシアの剣を受け止めるが、体勢を崩しながら片手で受けられるほどアリシアの剣は軽くない。ぐいと力を入れて押し込むと、アンリは簡単に後退した。


(このまま押し切れれば……!)


 手を休めずに、アリシアは攻め込み続ける。防戦一方となったアンリは、攻撃を受ける都度、一歩一歩後ろへ下がっていく。もう少しで試合場を区切る線に辿り着く。このまま場外まで押し出せれば、アリシアの勝ちだ。


 もう少しで勝てる——そう思ったからといって、油断したつもりはアリシアにはなかった。ただ、おそらくアンリのほうが一枚上手だったのだ。


 最後の一撃、と思ってアリシアは強く剣を振り下ろした。その一撃を、アンリはすっと横に動いてかわす。


 避けられることも想定のうちだったから、それにアリシアが動揺することはなかった。けれども追撃をと思って剣を横に薙いだとき、そこにアンリの姿がなかったことには驚いた。


(どこに……っ!)


「こっちだよ」


 突然湧いたような後ろからの声に、アリシアは慌てて振り返る。アンリはいつの間にか、アリシアの背後すぐ近くに立っていた。手に剣はない。右手の平をアリシアに向けている。


 その手から、ゴォっと強い風が吹いた。


 振り返ったばかりの安定しない体勢で風を受けたアリシアの身体は、強風で簡単に浮き上がった。


 アリシアはそのまま後ろに——つまり、試合場の外に飛ばされた。地面に打ち付けられるかと思って受け身の準備をしたが、再び風が吹いて、思ったよりもずっとふわりと、優しく落ちることになった。それでも、尻餅をつく形にはなったわけだが。


 会場の範囲を決めての模擬戦闘だ。場外に出れば、当然、負けとなる。


 アリシアはアンリを場外に押し出そうと思っていたわけだが、気がつけば、場外に出たのはアリシアのほうだった。






「なかなか強いね。俺、最初は剣だけで上手く勝てればいいなと思っていたんだけど」


 模擬戦闘を終えて息を整えていたアリシアに、アンリが言った。


「交流大会で見たときから強いとは思っていたけど、その剣はどこで習ったの? 学園?」


「もちろん今は騎士科で先生から教えを受けているけど、元々はこの近所の教室で習ってたよ。イルマークと一緒のところでね」


 アリシアの剣の基本は、その教室で培ったものだ。イルマークよりも筋の良かったアリシアは、先生からよく褒めてもらえた。それが高じて、騎士科の学園に通うことになったのだ。


 それより、とアリシアは逆に問う。


「アンリくんこそ、どうしてそんなに剣ができるの。魔法士科でしょ?」


 魔法士科の学園では魔法を学ぶことが中心で、教養科目として身体を動かす授業はあったとしても、剣技を学ぶ機会などないはずだ。それなのにアンリの剣は、騎士科に通うアリシアと渡り合えるほどに巧みだった。剣だけの勝負だったとしても、アリシアが勝てていたかどうかは五分五分かもしれない。


 悔しさも含んだアリシアの問いに、アンリは肩をすくめた。


「魔法士科を選んだのは、剣より魔法のほうが得意だからだよ。でも、だからって剣が苦手というわけじゃない」


「ふうん。剣はどこで習ったの?」


「ええと……まあ、俺も、地元で。近くに剣と魔法の得意な人がいたんだ」


 どことなく誤魔化すような説明ではあったが、アリシアには深く追及するつもりもなかった。誰から習ったのであろうと、アンリが強いことに変わりはない。


 本当は「魔法で強い」魔法士科の同級生を探していたのだが、魔法に限らず戦闘力の高い同級生であれば十分だ。むしろアンリはあれだけの剣の力を持ちながら、剣よりも魔法のほうが得意だと言ってのけた。ということは、魔法での戦闘も期待できるだろう。


「ねえ、アンリくん。貴方の強さを見込んで、頼みがあるんだけど」


 アリシアがにっこりと微笑んで言うと、アンリは訝しげに首を傾げた。当然だ。アンリはアリシアと今日初めて会ったのだから、急に「頼みたいことがある」などと言われたところで、どんな頼みなのか見当もつかないだろう。アリシアだって、この頼みごとに対してアンリがどんな反応を見せるかわからない——とにかく、当たって砕けるつもりの賭けなのだ。


「次の交流大会では、私たちも公式行事に参加する学年でしょ。騎士科と魔法士科の合同模擬戦闘って知ってる? あれで、私のペアになってほしいの」


 アリシアの言葉がよほど予想外だったのか、アンリは先ほどまで鋭い戦闘を見せていたとは思えないほどの呆けた顔で「は?」と呟いた。

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