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 体験カリキュラムへの参加審査まで一週間を切り、魔法研究部の活動は活気づいていた。といっても見た目には地味なもので、ほとんどがただ水の球を目の前につくり、維持するだけの訓練だ。アンリの提案した訓練方法をトウリが採用し、皆に勧めた結果だった。


 魔法の使い方には性格があらわれるようで、エリックやイルマークは小さく整った球をしっかり維持しているが、少しでも形が崩れるとすぐに魔法が解除されることが続いている。ハーツとマリアの作った球は大きくややいびつだが、多少崩れてもしばらく力を入れて調整すれば、また元の球に戻せるようだった。


 どちらが優れているとは言えない。いずれにせよ正確な球を長時間維持できるようになるまで続けろとのトウリの指示を、皆忠実に守り、地味な訓練を続けている。


 一方でその条件を既にクリアして、次の課題に移っているのがアンリとウィルだった。二人は水を、球ではなく、思い思いの形状に練りあげる。アンリは花や葉や樹を、本物のように精密に作り出す。ウィルはまだ慣れずに、立方体や三角錐などの単純な形をまとめることに必死だ。


「アンリは、他の魔法をやった方がいいんじゃねえか?」


「生活魔法なら、他のも同じ精度でできます」


 トウリの言葉に応えたアンリは、水で作った紅葉の葉を崩すと、手の上に同じ形を土で作ってみせた。ふっと息を吹きかけると表面の土が飛び、中から金色に輝く紅葉が現れる。本物の葉のように薄く、透けるような黄金だ。


「……わかった、もういい。お前は好きなことをやってろ」


 呆れたトウリに見放され、アンリはふたたび水魔法による形成を始めた。ウィルの手本になればいいと思っているのだが、手元の三角錐を維持することで精一杯のウィルには、見えていないかもしれない。


 各々訓練を続け、ところどころでトウリがそれぞれに助言する。アンリはふと思い立って、トウリの手が空いた隙をねらって尋ねた。


「戦闘魔法は教えてもらえるんですか?」


「まあ、そのうちな。だがもう少し皆の訓練が進んでからだ。お前のペースで進めたら、中等科で教えられる範囲なんてすぐに終わっちまいそうだ」


「中等科で教えられる範囲って、どこまでです?」


「あんまり期待するなよ。戦闘魔法といっても、実際に戦闘で使うような危険度の高い魔法はやらない。教えられるのは日常でもよく使えるやつだけだ。風魔法とか氷魔法、それに飛翔魔法とかだな」


 なるほど確かに、防衛局に入って戦闘職員になるのでなければ、本格的な戦闘に使用する魔法を覚える意味はないだろう。むしろ危ないだけだ。だから中等科を卒業したばかりの防衛局の新人はまともな魔法が使えないのかと、アンリは世間の事情を知った。


「ちなみに、重魔法とかの応用は?」


「教えられるわけがないだろう。あのなあ、重魔法ができる人間なんて、国中探したって数えるほどしかいないんだ。一介の中等科教師にそれを求めるな」


 流石にアンリもそこまで求めているわけではない。確認がしたかっただけだ。この学園で重魔法を使ってしまうと、どれほどの騒ぎになるのか。その程度はわからないが、少なくとも教師たちの面目は潰すだろうことがわかった。


「しかし先生。先日の実演で、アイラ・マグネシオンは二種類の魔法を重ねていましたよね。あれは重魔法でしょう? 彼女はやはり、すごい魔法士なのでしょうか」


 気付くと皆、手元の水球を手放してアンリとトウリの会話に注目していた。そのなかで、イルマークが手を挙げて尋ねる。


 ああやっぱりそういう認識になるのかと、アンリは皆の反応を面白く眺めた。トウリの回答を期待する面々の中で、エリックだけが何か言いたげな顔をしている。


「ふむ。アンリとエリックはわかっていそうだな。エリック、説明してみろ」


 アンリと同じことを思ったか、トウリはエリックを指名した。エリックは一瞬目を丸くして、しかし悩むことはなくスムーズに答える。


「あれは、重魔法ではありませんでした。重魔法は魔法を同時かつ一体的に発動するものです。アイラちゃんのは同時ではなかったし、一体性も、本物の重魔法に比べると弱かったと思います」


「正解だ」


 エリックの過不足ない回答に、トウリは深くうなずいた。


「今、エリックが言ったとおりだ。あれは重魔法じゃない。重魔法なんて見る機会も珍しいからわかりにくいだろうが、本物はもっとすごいぞ」


「じゃあ先生、アイラは全然すごくないってことだよねっ」


 マリアの明るい言葉を、トウリはため息混じりに「馬鹿を言うな」と否定した。


「あれはあれで十分すごい。この歳であの威力の魔法が使えれば、そのうち重魔法だって使えるようになるんじゃないか」


 アイラ・マグネシオンの使った魔法は正確には重魔法ではないが、その練習過程でお目にかかる魔法の形態だった。おそらく既にある程度の戦闘魔法を使えるほどの実力があり、これから重魔法にチャレンジしようというところなのだろう。


 あれほどの完成度にあれば、卒業までには成し遂げるかもしれない。


「まあお前らも、今の調子で頑張ればかなりいいところまで行くだろ。今度の審査ばかりが力の見せどころじゃない。長い目で見て努力を続けることも大切だ」


 トウリの教訓めいた言葉で、その日の訓練は終わりとなった。

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