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 こうしてアンリの三者面談とエルネストの学園見学とが終わった。昼休みから夕方まで、短くはあったが色々なことがあって、アンリにはとても長い時間に感じられた。


 そろそろお暇するわと時計を見て言ったサリー院長を、アンリたちは正門で見送る。


「それじゃあ、アンリさん。また年末のお休みに顔を出してくださいね」


「はい、院長先生」


 サリー院長はエルネストとともにイーダの外れの宿に泊まって、明朝の馬車で首都へ帰るという。明日の見送りは不要と言われているので、次に会えるのは長期休暇でアンリが首都へ戻ったときだろう。


「来るときには、成績表を忘れずに」


「……はい」


 感慨深い別れのはずだったのに、サリー院長の言葉に、アンリはもうすぐそこに迫っている学年末試験のことを思い出した。


 年間の成績は、試験の結果ばかりで決まるものではない。けれども先ほどの面談での話によれば、レイナから見てアンリの授業態度は悪くないとのことだ。


 これで成績がふるわなければ、試験のせいだということになってしまうだろう。


「ふふ。楽しみに待っていますからね」


「……頑張ります」


 楽しそうに微笑むサリー院長に、アンリはただそう答えることしかできなかった。






 それから試験までのわずかな期間、アンリは毎日、嫌になるほどに勉強に打ち込んだ。


 苦手な科目に取り組む時間は果てしなく長く感じられ、にもかかわらず、勉強しなければならない範囲を思うと時間が全く足りないように思われるから不思議だ。


 座学で授業を受けている科目では、多くで筆記試験がある。寮の部屋で机に向かって歴史の教本を開いていたアンリは、はたと気づいたことがあって顔を上げた。


「ねえ、ウィル。試験ってさ、三年生になってからもあるんだよね?」


「そのはずだけど。どうしたの、急に」


「選択授業でも試験はあるのかな? もしそうなら、できれば試験勉強が辛くならないような科目を選びたい」


 アンリの正直な言葉に、ウィルは呆れた顔をして肩をすくめる。


「そりゃ、気持ちはわかるけど。でも試験の内容で授業を決めるなんて、本末転倒だろう。試験はあくまでも、その科目の習熟度を測るだけのものなんだから。学びたい内容の授業を選んでちゃんと学べば、試験の結果なんて自ずと付いてくるものだよ」


「……ごめん、ウィル。相談する相手を間違えた」


 記憶力が良く、試験勉強で苦労している様子のない優等生であるウィルに聞くのがそもそも間違っていた。反省するアンリを前に、ウィルは「誰に相談したところで同じだよ」とむっとした様子で言ったが、おそらくそんなことはないはずだ。少なくともハーツに相談すれば、アンリの気持ちはよりわかってもらえるだろう。


「ウィルはもう、どの授業を選ぶかは決めたの?」


 話題を変えるために尋ねると、ウィルからは「まあね」と、これまた優等生らしい答えが返ってきた。


「父さんとも話ができたし、色々考えるところはあったけど、もう決めたよ。あとは提出するだけ。アンリは?」


「俺も、だいたいは決めたけど……」


 先輩に話を聞き、二番隊の人たちに話を聞き、レイナとの面談でも相談した。そのうえで、アンリはもう一応の結論に至っている。


 けれどもそれを提出前にウィルに話したら、ウィルの反応によっては決意が鈍るのではないかという予感がした。

 だからアンリはウィルに話さずに済むように、話をごまかすことにする。


「……でも、まだ少し考えているところもあるから。期限までには提出できるようにするよ」


「当たり前だよ。期限を過ぎたら、きっとレイナ先生に怒られるよ」


「そうだね、気を付ける」


 ウィルに対する答えとは裏腹に、アンリももう用紙は記入済みで、後は提出するだけだ。だから、期限を過ぎてしまうなどということもきっとあり得ない。


 それでもウィルの言葉を受けて、絶対に期限までに提出しようとアンリは改めて決意を固くした。






 魔法力検査で実力を隠すようなことはするな、とレイナには釘を刺された。


「検査用紙での検査で嘘はつかなくて良い。君の試験結果は私と学園長、それに昨年の担任だったトウリにしか共有されない」


 指導室に呼び出されてその話をされたとき、アンリはしまった、と顔を覆った。レイナに色々とばれてしまったことをトウリに伝えるのを忘れていた。レイナにも、実はトウリがアンリの実力や身分を知っているということを伝えていなかった。


 アンリの反応に、レイナは肩をすくめる。


「……まさか彼に嘘をつかれていたとは気付かなかったが、まあ、致し方のないことだろう。私は気にしていないから、君も気にしないことだ」


 あとでトウリに謝らなければと、アンリは強く思った。気にしていないとは言うものの、レイナがトウリに何と言ったかはわからない。


 とにかく試験中に不正を働く必要はない、とレイナは改めて言い直す。


「今までの君の行為も、事情を鑑みれば理解はできる。しかし褒められた行いではないからな。今回からはそんなことをしなくても済むように、学園長とも相談してのことだ。気にしなくて良い」


 ただ、とレイナは少しだけ気まずそうな顔をする。


「知っての通り、二年生の学年末で行う魔法力検査では、一年生のときと違って魔力貯蔵量の検査は行わない。代わりに、魔法の実技検査を行うことになっている」


 たしかに既知のことだったので、アンリはただ素直に頷く。


 一年生の学年末に行われる魔法力検査はかなり簡易的なもので、どんな魔法を知っているか、使えるかというのを検査用紙で調べたうえで、魔力をどの程度体内に貯めることができるか、つまり魔力貯蔵量を専用の魔法器具で計測するだけだった。


 それに対して二年生では、使える魔法の種類を検査用紙で調べたうえで、実際にどの程度魔法を使いこなすことができるか、実技を確認する場があるのだ。実技検査は、用紙を使った検査の後に、一人ずつ個別に訓練室で行うと聞いている。


「実技による魔法力の測定も、他の生徒や教員には漏れないような形で行う。しかし、これについてはある程度、力の加減をしてほしい。何度も訓練室を壊してしまっては、学園の運営に支障をきたす」


 言われずとも、さすがに学園の中で全力の魔法を撃ったりはしない。しかしレイナが何を言いたいのかは、アンリにもわかっている。以前、レイナに言われてアンリが強い魔法を撃ち、訓練室を破壊したときのことを思い出しているのだろう。


「重魔法として重ねられる魔法の数は、わかる範囲で二十だったか。訓練室どころか、学園全体を吹き飛ばしかねないな」


 実はつい先日、二十五まで試して成功したばかりだが……とアンリは考えたものの、もちろん口には出さない。ただ「わかっています」と殊勝に頷いた。


「そもそも重魔法を使うつもりはないので、大丈夫です。訓練室を壊すようなことは、もうしません」


 ありがとう、とレイナが安堵した様子で頷いた。その場でどの程度の魔法ならということを話し合って、魔法の威力はアイラが使える程度までに抑えることと決めた。


「とはいえ、彼女の魔法の威力もなかなかのものだが。来年は、彼女にも同じ配慮を求めなければならないかもしれないな」


「来年というか、今年も気をつけたほうがいいと思いますよ。アイラはもう、重魔法が使えますから」


「…………そうか」


 レイナが深くため息をつく。彼女の憂いを一つ増やしてしまったようで、アンリは少しだけ申し訳なく思った。けれども事実は変えようがない。


「そうだな。彼女の魔法にも気をつけておくことにしよう、ありがとう。とにかく君は、訓練室を壊さないでくれ」


 これ以上レイナの心労を増やさないように、アンリは「はい」と静かに頷いた。






 かくして迎えた試験当日。


 まず行われたのは、魔法知識を含めた各科目の筆記試験だ。解答用紙を前にして、アンリは頭を抱えるようにして悩みながらも、なんとか欄を埋めていく。


(一応、答えが全く思いつかない問題はないし。試験勉強を頑張った甲斐はある、のかな……?)


 もっと勉強を頑張っていれば、こんなに悩まずすらすらと答えを思いつけていたかもしれない。きっとウィルなどは、その域に達しているだろう。それを思うとアンリが勉強を頑張った程度など、まだまだだ。


 それでも、できる限りは頑張ったはずだ。途中で防衛局の任務があったり授業選択のために悩むことがあったりと障害がある中でも、アンリは自身にできる範囲で、試験勉強をしてきたつもりだ。その証拠に、昨年の試験のときよりは手応えがある。


(今年は普段の授業も寝ないでちゃんと受けていたし。そういうのも、ちゃんと役立っているのかも)


 授業中に先生の話していた、豆知識のような小話。授業に関係あるのかないのかいまいち判別の付かない無駄話。はっきりと覚えているわけではないが、なんとなく記憶に残っている話。そんなところに、試験のヒントが転がっていたりする。それに気付くことができたのは、授業中に寝ないでちゃんと先生の話を聞いていたからだ。


(来年も、授業はちゃんと受けよう。大丈夫、選択授業は興味のある科目ばかりだから、眠くなるなんてこともないはず)


 試験時間が終わり、解答用紙が回収される。


 しっかり最後まで答えを書き切ることができたことに満足しながら、アンリはもう来年のことを考えていた。

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