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その後の三者面談で、レイナはアンリが魔法戦闘職員であることにはほとんど触れなかった。三年生でどの授業を選んだらよいかという話でも、魔法器具製作や魔法指導に関心があるならば、と言っていくつかの授業をアンリに勧めただけだ。
それからレイナはサリー院長に、アンリの授業態度が全般的に悪くないことや、魔法の実践授業には特に積極的に参加していること、授業の外では良く後輩の面倒を見ていることなど、普段のアンリの生活態度のことを話して伝えた。
そんなふうに見られていたのかと、アンリはこそばゆく思って机に視線を落とす。前にウィルが三者面談のことを、親と教師が自分の前で自分のことを話すのが嫌だ、と言っていた。たしかにこれは恥ずかしく、あまり何度も経験したいものではないかもしれないと、アンリも強く思う。
しかしそんなアンリの気持ちとは裏腹に、サリー院長は「あらまあ」「そうなんですか」などと相槌を打ちながら、楽しそうにレイナの話を聞いている。
「この子も連絡はくれるんですけれど、学園生活の細かいことまではあまり教えてくれないもので。先生にご迷惑をおかけしていないなら良いんですけれども」
「迷惑というほどのことは、取り立ててはありませんよ。まあ、今日のように、驚かされることは間々ありますが」
やがて面談のために用意された時間もそろそろ終わりという頃になって、レイナは「最後に」とようやく最初の話に少しだけ触れた。
「今日の面談で聞いた君の身分については、ここだけの秘密にしておこう。あまり喧伝してよいものとも思えないからね。私は君を、ただの一人の生徒として扱う。それはこれまでと変わらない。君も、学園ではそのつもりで生活するように」
元より特別扱いなど望んでいないアンリは、安堵の気持ちとともに頷いた。
二年生に上がった当初、アンリはこのレイナという教師のことを、もっと堅物で融通の利かない人物だろうと考えていた。一年経った今ではそうではないことがわかっているし、そのことを、この面談でも実感した気分だ。
サリー院長もレイナの配慮に、深く頭を下げた。
「お心遣い、感謝します。どうか、アンリのことをよろしくお願いいたします」
顔を上げた院長の顔には、慈しむような微笑みが浮かんでいる。面談の当初に見せた芝居がかった笑みとは違って、今度こそ、心の底からの笑みだった。
面談を終え、指導室を出るに当たってレイナが「そういえば」と最後に付け足すようにアンリに言った。
「授業の選択については、今日の話を元に、あとは自分で考えてみなさい。どうしてものときは相談に乗るが……君の場合、少なくとも一つは将来進むことのできる道が決まっているんだ。あまり難しく考えすぎずに、視野を広く持って、どの授業を取るか考えてみると良いだろう」
魔法戦闘以外の授業。それどころか、今は全く興味が無い分野の授業を選んでみても良いのではないか。案外、授業を受ける中で面白さを発見することができるかもしれない、とレイナは言う。
「通常、希望進路がある程度決まっている生徒にこんなことは薦めないのだけれどもね。そういう生徒にとって希望進路はあくまで『希望』であって、約束された進路ではないから。むしろ、希望を現実にするために必要な授業を積極的に選ぶように薦めている」
それに比べてアンリの場合、少なくとも「魔法戦闘職員」という職はただの「希望進路」ではない。何事も無ければ進むことのできる、確約された進路だ。だから、少しくらい冒険するつもりで授業を選んでみても良いーーレイナが言いたいのはそういうことらしい。
ただ、とレイナはそこで少しだけ首を傾げる。
「授業のときも、交流大会のときも、君は魔法戦闘をするときにはすごく楽しそうにしている。魔法戦闘職員以外の道を模索することも大事だが、今やっていることにもしっかり目を向けて、自分の適性と興味の向く先をしっかりと見極めなさい」
そんな話を最後に、指導室を出ることになった。
指導室を出たアンリは、そのままサリー院長とともに訓練室へと向かった。
訓練室では見学するエルネストの前で、マリアが水魔法、ウィルが氷魔法を使ってそれぞれ植物を模した像をつくっているところだった。聞けば最初にハーツが風魔法で室内に強く風を吹かせ、次いでイルマークが炎魔法で天井まで届くほどの火柱を披露し、それからエリックが木魔法で優雅な蔦を壁に這わせたところだという。エルネストは十分に楽しめているようで、今もマリアとウィルの魔法を熱心に見つめていた。
「アイラは何かやらないの?」
「そうね、マリアたちが終わったら何かと考えていたところだけれど、アンリが来たならちょうど良いわ。二人で模擬戦闘なんてどうかしら?」
げっ、とアンリは眉を顰めて、要らぬことを言ってしまったと後悔した。
「いや、模擬戦闘はさ、またの機会にしようよ」
「あら、どうしてかしら」
アイラがくすりと笑う。どうしてもこうしても、やりたくないからだが。ハンデをつけなければ訓練室とはいえ危険なことになりかねないし、アイラ相手に下手なハンデをつけると負けかねない。
「模擬戦闘なんて危ないことをしなくても……」
ほかに見せられるものはたくさんある。そう言おうとしたアンリは、それまでマリアとウィルの魔法に見入っていたはずのエルネストが、いつの間にかアンリとアイラに対して熱い視線を向けているのに気が付いた。
いったい何なんだろう。アンリが戸惑っていると、横からエリックが「実は」と小声で教えてくれる。
「実はこの訓練室に来る途中、別の部屋で先輩たちが模擬戦闘みたいなことをしているのを、少し見てきたんだ。ちょっと……ううん、かなり期待しているかも」
アイラやアンリの言った「模擬戦闘」という言葉が耳に入って、期待が膨らんだに違いない。アイラが勝ち誇った様子で強気に微笑む。アンリはエルネストの視線を避けるように目を背けてみたが、彼の期待が逸れることはなかった。
ここで応えなければ、失望されるに違いない。
「……わかった。じゃあ、アイラが攻撃で俺が防御。アイラの攻撃を五回防ぎきったら俺の勝ちってことで、どう?」
通常の模擬戦闘ではなく、攻守を分けての模擬戦闘。魔法戦闘部ではよくやる方法だと聞いている。これならわかりやすいし、何よりアンリにとってやりやすい。攻撃だとどこまでの魔法が許容範囲か分かりにくいが、防御なら、アイラの使った魔法に合わせて魔法を展開すれば良い。
アンリの提案に、アイラは一瞬だけ不満げな顔を見せたものの「まあ、いいわ」とすぐに頷いた。
「なんであれ、貴方と訓練する機会は逃したくないものね」
「じゃ、マリアとウィルが終わったら。戦闘訓練ってことでいいよな?」
正式な模擬戦闘となると、教師に立ち会ってもらう必要がある。結果は記録され、内容も含めて魔法の成績に反映される。
そこまでの大事にしたくないときに使うのが戦闘訓練という方便だ。戦闘形式の訓練であって、模擬戦闘ではないーーそういう口実で、教師の立ち会いや成績への影響を考えずに、魔法戦闘を行う。
あまりに危険なことをすれば叱られるだろうが、戯れ程度の軽い魔法の応酬くらいなら、教師も黙認してくれる。
「かまわないわ。正式な模擬戦闘はまた今度、別の場でやりましょう」
アンリにとってはなかなか頷きづらい言葉ではあったものの、ひとまずの合意には至り、こうしてエルネストに見せるための魔法戦闘を行うことになったのだった。
戦闘の結果は、アンリの勝利となった。
当然の結果だった。そういうルールにしたのだから。使用魔法の制限もなく、アンリはただアイラの魔法を五回防げば良いだけ。極端なことを言えば、身の回りに結界魔法を展開しておくだけでも勝てるのだ。よほどの油断やミスをしなければ、アンリが負けるはずもない。
もちろんアンリもエルネストが見ていることを意識して、それなりに見映えの良い戦いを心がけた。氷魔法の槍を氷魔法の壁で防いでみたり、炎魔法による多数の炎弾に対して一つ一つ水魔法の水球を当ててみたり。雷魔法が飛んできたときには、飛翔魔法を使って大きく動いて避けることもした。
単純な結界魔法で防いだのは、アイラが炎と雷の重魔法を使ってきたときだけだ。見映えのする受け方を考える暇もなく攻撃が迫ってきたので、それだけは結界魔法で防いだ。危うく攻撃を受けるところだったと、内心でひやりとしたほどだ。
それでも、結局アイラの魔法攻撃が、わずかであってもアンリに当たることはなかった。
「すごい! やっぱり、かっこいいですね!」
魔法戦闘を終えてすぐ、エルネストは興奮した様子でアンリに駆け寄った。
「やっぱり僕、アンリさんに魔法を教わりたいです!」
きらきらと目を輝かせるエルネスト。その言葉に、アンリは問題をひとつ思い出した。訓練室の隅で静かに見学していたサリー院長を慌てて振り返る。アンリが孤児院にいた頃、小さな子たちにこっそりと魔法を教えていたこと。それが先ほど、サリー院長にバレてしまったのだ。何を言われるだろうか。
しかしアンリの不安をよそに、院長は穏やかに微笑んだまま「かまいませんよ」と言った。
「アンリさんが小さい子たちに魔法を教えていたことくらい、ちゃんと承知していますよ。隊長さんにも相談して、危険はなさそうだからと放っておいただけです」
それはそれで、アンリにとって衝撃的な事実ではある。びっくりしたアンリだが、驚きのために固まっていられる時間もない。目の前では期待に目を輝かせた弟分が、アンリの応えを待っている。
「え、ええと……うん、考えておくよ。だからまず、エルネストは入学できるように、試験を頑張って」
「……! はいっ!!」
喜びに感極まった様子で、エルネストは大きな声で返事した。




