表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
360/467

(26)

 午後の授業が終わるとすぐに、アンリは三者面談のために教員室へと向かった。


 サリー院長との待ち合わせは教員室前。エルネストも一緒だと言うと皆が行きたがったので、マリアやエリック、ハーツ、イルマーク、ウィルも一緒に向かう。さらには、いったい何事かと様子を見にきたアイラも一緒になったので、アンリにとっては三者面談に友人六人を引き連れていくような、妙な気分だ。


「なんだか、恥ずかしいんだけど……」


「教員室の前までなんだから、いいでしょ? なんだったら三者面談の間、エルネスト君に学園を案内してあげる」


 マリアが弾むような口調で言う。どうやら後段の話がマリアの目的のようだ。


 たしかに三者面談の間、エルネストには居所がない。廊下で一人待たせるのも可哀想だから、相手をしてくれるのであればエルネストにとってもありがたい話だろう。


 しかし、学園の案内というのはどうだろうか。


「案内はもう要らないでしょうよ」


 アンリが抱いたのと同じ疑問を、アイラが眉をひそめて口にする。


「その子、お昼からこれまでの間、学園の職員に案内してもらったのではなくて? 今さら私たちが案内する必要なんてないでしょうに」


「でも、やっぱり職員さんが案内するのと、通ってる私たちが案内するんだと、違うでしょ」


 昼休みに人気のお弁当スポットや、授業をサボった学園生がよく昼寝をしている場所。愛の告白によく使われる雰囲気の良い池のほとりや、その池のほとりを遠くから見守ることのできる絶景スポットなど。


 マリアに語らせると、次から次へと案内したい場所が出てくるようだ。アンリたちからすれば、むしろマリアはなぜそんな場所を知っているのかと目を丸くするばかりだが。


 マリアの隣を歩くエリックが苦笑して「ちょっと落ち着いて、マリアちゃん」と止めなければ、さらに様々な案が飛び出してきていたに違いない。


「あのさ、エルネスト君はこれまで学園を見て回ってきたんだから、きっと歩き疲れているよ。案内したい場所があるのはわかるけど、あんまり連れ回したらかわいそうなんじゃないかな」


「あ、そっか、そうだよね。うん、わかった。じゃあ、人が少なくて、ゆっくり休憩できるところを案内してあげるのがいいかな」


 あれこれ言っていたマリアだが、エリックの言葉には反論することなく、素直に頷いた。それならどこが良いだろうと改めて首を傾げて、すぐに「そうだ」と、素晴らしいことを思いついたように満面の笑みを浮かべる。


「訓練室はどう? 私たちの魔法を見てもらうの。試験前の訓練で使っている人も多いから、もしかしたら先輩の魔法も見られるかもしれない」


 魔法の授業に使われる訓練室は、授業以外の時間なら生徒に貸出しされている。手続きさえとれば、自由に使うことのできる部屋だ。学年末の試験を控えたこの時期、魔法力の実技検査に向けて訓練室を借りる生徒も多い。混んではいるだろうが、借りられないほどではないはずだ。むしろエルネストにとっては、たくさんの学園生が訓練に励むさまを見られて、刺激になるかもしれない。


「それ、良いな。端っこで見てるだけなら、歩き回ることもないし」


「せっかく学園の中で過ごすのに、ただの休憩の時間にするのはもったいないですからね」


 ハーツとイルマークが、マリアの妙案に賛成する。一方でエリックが「どうだろう」と困ったように首を傾げた。


「僕たちだって、訓練室を使うには色々申請して許可が必要なのに。入学前の子の見学なんて、許可がもらえるかな……」


 魔法の訓練をするのになぜ訓練室を使うかといえば、危険だからだ。種類にもよるが、一般的に破壊力の高い魔法は多い。特にまだまだ魔法力の未熟な学園生は、魔法に失敗することもある。


 下手な魔法で建物や人に被害が及ばないよう、防護壁で守られた訓練室を使うのだ。安全性への配慮から、部屋を使うときには訓練する魔法の種類や訓練方法などを細かく申告することになっている。


 入学希望者とはいえ部外者であるエルネストを連れて入ることを許してもらえるだろうか。


 エリックの言葉はもっともで、アンリにも難しいのではないかと思えてきた。不安に思って眉をひそめていると、一緒に歩いていたウィルが「悩んだって仕方ないよ」と明るい声で言う。


「どのみちこれから教員室に行くんだから、レイナ先生に聞いてみようよ。ダメなときは、食堂でお菓子でも食べながら待っていればいいじゃないか」


 ウィルの言葉に「それもそうか」と全員が納得して頷いた。






 教員室の前で待っていたエルネストは、アンリたちが来るのを見つけるとぱっと顔を輝かせた。隣のサリー院長が、アンリたちが全員で来たことに驚いた様子で「あらまあ」と目を見開く。


 そんな院長にマリアが「待っているあいだ、エルネスト君が退屈してしまうんじゃないかと思って!」と、ここまできた理由を元気よく説明した。


 サリー院長は優しくにっこりと微笑むと「それはどうもありがとう」と嬉しそうに言う。


「この子にはちょっと我慢して待っていてもらおうと思っていたのだけれど、相手をしていただけるのなら助かるわ。よろしくお願いします」


 それからアンリに向き直り、「安心しました」と改めて笑顔を浮かべた。


「こんなに優しいお友達がたくさんできて、本当に良かった。学園での生活は楽しいでしょう? 勉強も大切ですけれども、お友達との日々の生活を楽しく過ごしなさいね」


 当の友人たちが周りにいる中で真正面からそんなことを言われて、アンリは面映ゆく思って俯く。そんなアンリに院長が「あらあら、恥ずかしがり屋さんね」などと言うものだから、周りでは皆の笑いが起こった。


 アンリはいっそう恥ずかしく思って、顔が上げられない。そんなアンリに「あ、あのっ、アンリさんっ……!」と思い切ったようにエルネストが声をかけた。


 さすがに弟分に呼ばれて、応えないわけにはいかない。どうにか平然とした顔を保って、アンリは顔を上げる。


「…………なに?」


「えっと、その……」


 アンリが言葉少なに対応したからか、エルネストは身を縮めて言葉を止めた。その様子を見て、アンリは気付く。エルネストはたぶん今の話とは全く無関係に、最初に会ったときからずっと何か言いたそうにしていた、その何かを、今度こそ勇気を出して口にしようとしたのだろう。


 このままではまた同じことの繰り返しだ。冷たい反応をしてしまった自分を反省し、アンリは改めて、心を落ち着けて声を和らげる。


「ごめん、別に怒っているわけじゃないよ。どうしたの?」


 アンリの言葉に、エルネストはぱっと顔を輝かせた。「あの、お願いがあるんです!」と、姿勢を前のめりにして、アンリに強く訴える。「お願いって?」とアンリが優しく首を傾げると、エルネストは勢いよく続けた。


「僕、アンリさんの魔法を見てみたいんです! 面談の後で、魔法を見せてもらえませんかっ!?」


 唐突なお願いに、アンリは驚きながらも「ええと、うん、それはいいけど……」としどろもどろに答える。

 その間に、勢いのついたエルネストはさらに「お願い」を追加した。


「あと、もし僕が入学できたら、魔法を教えてほしいんです! 孤児院の弟たちみたいに、僕にも魔法を教えてくださいっ!」


 勢い良く言い切ったエルネスト。アンリはびっくりして言葉を見失った。一瞬の後、アンリはようやく理解する。エルネストはずっと、これが言いたかったのだ。学園で先生に教われば魔法が使えるようになるという話をしたとき。魔法研究部の話をしたとき。

 学園で先生に教わるよりも、アンリから直接魔法を習いたいーーどうやらエルネストは、そう思っているようだ。たしかにアンリならエルネストが二年生になるのを待たず、入学してすぐに魔法を教えることもできる。しかし、この場でそれを「孤児院の弟たちみたいに」などと言われてしまうのはまずい。


 アンリは孤児院で、幼い弟たちにこっそり魔法を教えてみたことがある。エルネストはそれを、教わったことのある誰かから聞いたのだろう。しかしアンリが魔法を教えていたのはあくまで「こっそり」であって、サリー院長の許しを得たものではない。


 アンリは咄嗟に、院長の顔色を窺った。都合良く聞き逃してくれていたりはしないだろうか。しかし、院長はびっくりした様子で目を丸くしている。この顔は、エルネストの言葉をちゃんと聞いていた証だろう。


 なんと言い訳をしようか。アンリは考えを巡らせたが、答えが出る前にもうひとつ問題が生じた。


「アンリ・ベルゲン。つまり君は、入学前から人に魔法を教えるようなことをやっていたのか」


 突然後ろから降ってきた声に、アンリははっとして振り返る。


 いつの間にか教員室の扉が開いていて、そこにレイナが立っていた。






 心配するほどのことはなく、エルネストの訓練室見学はあっさりと許可された。レイナはアンリにも「面談が終わったら行ってあげなさい」と言ってくれた。


 友人たちがエルネストを連れて廊下を去っていくのを見送り、アンリは改めてレイナと院長の顔を窺う。二人がアンリを見る目は特段厳しいものではなかった。というよりも、レイナとサリーとで初対面の挨拶を交わしていて、アンリのことなど見てはいなかった。


 ひとまずすぐに怒られることはなさそうだ。アンリはほっと胸を撫で下ろす。


「では、面談に移りましょうか。指導室のほうへお願いします」


 レイナがサリー院長に声をかける。その声色は、普段生徒に向ける厳しい声とは全く異なり、柔らかく丁寧なものだった。


 このあとの面談が、この調子のまま進みますように。アンリは祈るような気持ちを抱きながら、二人のあとを追うように指導室へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ