表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
359/467

(25)

 ウィルの三者面談の翌日が、アンリの三者面談の日だった。


 前日までは特段の緊張も気後れもしていなかったアンリだが、朝になって目覚めてみると、今日院長先生が来るんだという実感が湧いて、どことなくそわそわと、落ち着かない気分になった。


 朝食時の食堂でフォークを落とし、食堂からの帰り道の階段でつまずき、部屋に戻って直し損ねた寝癖を発見したアンリは、今日が朝の魔法訓練を予定していない日で良かったと胸を撫で下ろす。昨日はウィルに偉そうなことを言ったが、これではアンリも、魔法を使ったときに何をやらかすかわからない。


「大丈夫?」


「うん、大丈夫、たぶん……」


 昨日の自身の経験があるからだろう。ウィルは面白がることなく苦笑して、本心からアンリのことを心配しているようだ。


「落ち着きなよ。僕だって三者面談は緊張したけど、やってみたら大したことはなかったよ」


 アンリを宥めようと、ウィルが穏やかに言う。しかし残念ながらアンリは緊張しているわけではない。ウィルの言葉は的外れだ。


「違うよ、緊張しているわけじゃないんだ。それより、院長先生がレイナ先生に変なこと言ったら、どうしよう」


「何が違うのさ……。大丈夫、院長先生はアンリの悪口を言うような人ではないだろう? 今までアンリを育ててくれた人なんだから。信用しないと」


「それはたしかに、言われてみれば……でもさ、孤児院の後輩を連れてくるんだよ。どうしよう、俺を見て、やっぱり学園に行きたくないなんて言い出しちゃったら……」


 アンリにとって、学園生活は楽しいものだ。しかし今日来るという弟に、アンリはうまくそのことを伝えられるだろうか。学園の見学に行きたいとまで言っている意欲ある子なのに、もしもアンリのせいでその意欲が失われるなどということがあったら。

 大丈夫だよ、とウィルがやや呆れ混じりの口調で言う。


「アンリを見て行きたくないって思うくらいなら、きっとこの学園が向いてないってことだよ。アンリは十分、学園生活を楽しんでいるように見えるからね」


「そうだといいんだけど……」


「ほら、自信を持って。迎えにいくとき、一緒に行くから」


 ウィルが笑いながらアンリの肩を叩く。寄り添ってくれていることに安心しながらも、アンリはどことなく気恥ずかしさを感じた。


 院長先生が学園に来るのは、昼休みの時間帯を予定している。学園の正門まで迎えに行く約束だ。久しぶりに院長先生と会えることは嬉しいが、友人に付き添ってもらわないとその場に行けないというのはなかなか恥ずかしい。


 思えば昨日のウィルも、同じような気持ちを抱いていたのかもしれない。

 笑ってしまって申し訳なかったなと、アンリは自分の態度を反省した。






 昼休みに入ってすぐ、アンリたちは正門へと向かった。昼休みが始まる時間に行くから、食堂に案内してほしいと言われていたのだ。


「アンリさん、お久しぶり」


 すでに門に到着していたサリー院長は、アンリに気付くと微笑んで手を振った。隣で院長にくっつくようにしてあちこち視線をさまよわせているのが、来年入学を考えているという後輩に違いない。院長に何事かを耳打ちされた彼は、それで初めて自分たちに近づいてくるアンリとウィルに気付いたようだ。慌てた様子でぴんと背筋を伸ばすと、アンリたちに頭を下げる。


「は、初めましてっ! エルネスト・グリフと、も、申しますっ!」


 その緊張しきった様子に、アンリは思わず目を見開く。何も答えられずに唖然としてしまったアンリの横で、ウィルが笑いながら「そんなに緊張しなくてもいいんだよ」と穏やかに言った。


「初めまして、僕はウィリアム。君のお兄さんのアンリと、寮で同じ部屋に住んでいるんだ」


 そうしてウィルは院長に向き直り「いつも彼にはお世話になっています」と、礼儀正しく頭を下げた。あらまあご丁寧に、こちらこそアンリが迷惑をかけているようで……などと、院長は嬉しそうに応じる。


 迷惑は余計だとは思うものの、二人がアンリの仲介無しに話し始めてくれたことは、アンリにとって幸いだった。その間に、アンリは自分の弟分に改めて声をかける。


「ええと、初めまして。さっきウィルが言っていたけど、俺がアンリ。君と同じ孤児院を出て、今はこの学園に通っているんだ」


「は、はいっ。ええと……」


 緊張し切った様子のエルネストを見ていると、さすがのアンリも自分がそわそわしている場合ではないと思えてくる。彼の緊張がほぐれるように、できるだけ柔らかに笑う。


「この学園に入りたいんだって? 魔法、やってみたいんだ?」


「はいっ! 適性が、あるって言われたので、それなら魔法を使えるようになってみたいと思って……」


 魔法が使えるか否かは、生まれついての適性で決まる。体内に魔力を貯めることができるかどうかだ。エルネストは確かに、魔力を貯めることのできる体質のようだ。貯めることのできる量も年齢の割には多く、魔法の使い方をうまく覚えれば、優秀な魔法士になれるだろう。


「そっか、いいね。君ならきっと、いろんな魔法が使えるようになるよ。魔法が使えると便利だし、楽しいからね。頑張って」


 緊張に顔を強張らせていたエルネストだが、アンリの言葉にはぱっと表情を輝かせた。きらきらと輝く目でアンリを見上げる


「ほ、ほんとですか? ほんとに僕、魔法を使えるようになりますかっ?」


「うん、この学園には、良い先生がたくさんいるから。学園でちゃんと勉強すれば、きっと良い魔法士になれるよ」


 この言葉で、学園に通いたいと思ってくれるなら。アンリがそんな思いで口にした言葉に、エルネストはむしろ眉を八の字にして、悲しそうにうつむき加減に「そうですか」と呟いた。


 どうしたの、とアンリが尋ねる前にウィルと院長との挨拶がひと段落したようだ。食堂へ行こうと誘われる。


 早く行かないと昼休みが終わってしまうよとウィルに急かされて、アンリはエルネストとの会話を中途半端に打ち切ることになった。






 昼食は食堂で、マリアたちも含めてエルネストと院長を囲むようにして食べた。時間の限られる中ではあったが、これから入学しようというエルネストに対して誰もが興味津々で、会話は弾む。エルネストも最初の緊張が徐々にほぐれてきたようで、明るい顔を見せるようになった。


「エルネストって、魔法は使えるのか?」


「いえ、適性があると言われただけで、まだ全然……。やっぱり皆さん、入学前から魔法が使えるものなんですか?」


「そんなことないだろ。俺は入学してから初めて魔法が使えるようになったし。この中で最初から魔法を使えたのなんて……誰だっけ?」


 とぼけたことを言うハーツに対して、エリックが呆れた顔をして「僕とウィル君とアンリ君だよ」と答える。そういえば最初は六人のうち三人しか魔法が使えなかったのかと、アンリも感慨深く思い返した。


「魔法の使い方を授業で習うことができるのは、中等科学園の二年生になってからです。一年生のうちは半分以上の生徒が、魔法なんて使えませんよ」


 イルマークの説明に、エルネストはほっと安堵した様子を見せる。それから純粋な期待のこもった視線でイルマークに対して「じゃあ、皆さんも二年生から?」と問う。


 ところがこれに対して、イルマークは少々気まずそうに「あ、いえ……」と視線を逸らせた。


「ええと、私とハーツ、それにマリアは……その、実は授業で教わる前に、先生にお願いをして、特別に魔法を教えてもらったのです」


 そうして何かとてつもないズルをしたかのように、言いづらそうに一年生のときに皆でやっていた「魔法研究部」のことを話す。正式な部活動だったのだから、もっと堂々と話せば良いのに……とアンリは思ったが、イルマークにはそうは思えないらしい。


 しかしイルマークの説明の後に「ちなみに」と続けたエリックの言葉を聞いて、アンリもやや後ろめたく、気まずい思いを抱くことになった。


「ちなみに、僕たちがそうやって一年のうちに魔法を覚えることができたのは、ものすごく幸運なことだったんだよ。一年生が魔法を使えるようになりたいと言ったところで、たぶん普通の先生なら、二年生まで待ちなさいって言うだけだから。それを部活動っていう形でも許してくれる先生なんて、たぶん学園中を探してもほかにいないよ」


 そうだった、とアンリは頭を抱えそうになる。アンリたちが魔法研究部という部活動を作り、魔法を学ぶことができたのは、顧問をお願いしたトウリのおかげだ。彼の存在がなければ、あの部活動はそもそも生まれていなかった。


 しかしそのトウリは今年から教師の仕事に加えて防衛局の職を得ていて忙しい。今後、例えばエルネストが同じような部活動の立上げを企図したとしても、トウリに顧問として参加してもらうことはできないだろう。


 ということは、アンリたちと同じ方法で魔法を学ぶことが、エルネストにはできないということだ。


「そうですか……」


「ま、まあ、ほら。一年生の間の座学だって、魔法の基礎を知るには必要だろ。だいたい、周りは皆、二年生から魔法をやるんだし。無理して一年のうちに覚える必要はねえって」


 あからさまに残念そうに俯くエルネストに対して、ハーツが励ますように言った。エルネストもなんとか微笑んで「はい、ありがとうございます」とハーツの優しさに応える。


 それからふと、エルネストがアンリに目を向けた。何かを言おうと口を開きかけ、それから少し迷うような間を置いて、また口を閉じる。


「どうし……」

「あら、いけない」


 どうしたのとアンリが問いかけようとしたちょうどそのとき、それまで皆の会話を微笑みながら見守っていたサリー院長が声をあげた。


「もうこんな時間。皆さん、そろそろお昼休みが終わってしまうでしょう? 私たちも、この子の見学のために、学園の方と待ち合わせをしているんですよ」


 アンリたちははっとして時刻を確かめる。サリー院長の言うとおり、もう急いで教室に戻らないと間に合わない時間だ。会話が楽しくて、すっかり時間を忘れてしまっていた。


 また後で、と院長とエルネストに手を振って、アンリたちは早足に教室へと戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ