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指導者か、とアンリはイーダへ帰る道のりで、隊長から言われたことを考える。
学園の教師という例を考えると、無理そうだなというのがまず頭に浮かんだ。アンリにとって身近な学園の教師といえば、昨年の担任だったトウリ、今年の担任のレイナ、そして魔法工芸部の顧問であるサミュエルだ。
誰もが皆、アンリにとっては有難い存在だ。アンリの魔法力を知りつつ、一生徒として扱い気にかけてくれるトウリやレイナ。そしてアンリたちの自由な部活動を寛大に見守ってくれているサミュエル。
彼らのことを思い浮かべると、学園の教師に必要なものが指導力だけではないという事実が感じられる。
いくら魔法ができても、魔法の指導力に自信を持って良いと言われても、彼らのような教師になれるとは思えない。
(じゃあ家庭教師……だとすると……)
アンリの知っている家庭教師といえば、先輩のスグル、そして同級生のアイラに個別指導をしていたエイクス・ラウンドリだ。
彼のような家庭教師なら、アンリでも目指すことができるだろうか。
(中等科学園の教師と違って、家庭教師なら魔法を教えるだけでいいかな。でも、エイクスさんって……)
初めて会ったときのエイクスのことを思い出す。彼はスグルやその同級生たちに魔法を教えていて、生徒たちの護衛も兼ねているようだった。それはいい、そこまでならアンリにもできるだろう。
(エイクスさんって、独自の教育論があるよなあ……)
初めて会ったのは森の中だった。初対面にも関わらず彼は、アンリたちの散策を危険だと言って、引率していたトウリを咎めた。また、模擬戦闘大会でアンリやアイラが魔法器具を使用していたことに対して、そんなことをしては魔法力が伸びないと言って反対していた。
(学園の先生を相手にしてもひるまないからすごいよな。自信を持って教えるなら、あんなふうに、自分の中で曲がらない信念みたいなのが必要なのかな……)
そう思うと、アンリには自信がない。
魔法を練習している人を前にして、相手が何に躓いているのかを見るのは得意だ。魔力の流れや、その人のやり方を見ていればわかる。
それに対して、どうすればその躓きを克服できるのか。そんなふうに教えていくのがアンリの魔法の教え方であって、決してエイクスのように魔法や教育に対して信念があるわけではない。
(そもそも感覚的に教えてるだけで、魔法教育っていうのがどういうものなのかはよく知らないし……本当に目指すなら、ちゃんと勉強したほうが良いんだろうな)
防衛局で研修をやってみないかと隊長は言っていた。面白そうだが、新人研修を臨時で少しだけ担当するくらいならともかく、今後も継続的に仕事としてやっていくなら、魔法教育に関する知識は少なからず必要になるだろう。
(……魔法教育か。たしか、そんな授業もあったような気がする)
イーダに帰ったら、選択授業の一覧をもう一度見てみよう。
授業を選ぶための指針がひとつ見つかったような気がして、アンリは前向きな気持ちで帰りを急いだ。
アンリが学園に戻って、数日が経った。
二者面談が終わり、試験前の部活動休止期間に入って、年末の試験に向けた勉強で皆ぴりぴりと厳しい顔をしていることが多くなった。
そんな中でも平気な顔をしていたウィルだが、今日に限っては朝から様子がおかしい。制服のボタンを掛け違えたり、授業のために持って出る教本を間違えたり、歩きながら深くため息をついたり。
その原因をアンリはなんとなく察していたが、あえて口に出して言うことはしない。ただそのうち何もないところで転ぶなんてこともありそうだと、そわそわしながら見守っていた。
そうして最初の事故は、いつもの中庭での魔法訓練中に起こった。
「あっ」
アンリが一年生三人やテイルの魔法を見ていたときだ。いつもは一人で静かに的撃ちに取り組んでいるウィルが、珍しく声を上げた。
見なくても、何が起きたかはわかる。的を外れた水魔法が、的よりもずっと遠くの地面にびしゃりと音を立てて落ちた。
「…………ごめん」
振り返ったアンリに、なぜかウィルが謝る。謝る必要なんてないけど、とアンリは笑いながらウィルのほうへ寄った。
「珍しいね、ウィルが的を外すなんて」
「なんだか集中できないんだよ……」
「それは、今日、お父さんが来るから?」
アンリが問うと、ウィルは気まずそうに視線を逸らしながらも頷いた。やはりそうかとアンリは面白くなったが、笑うのはなんとかこらえる。
今日はウィルの三者面談の日だ。今日の授業の後、ウィルの父親が学園へ来る予定になっている。レイナとウィルと父親、三人での面談があるのだ。
「……なんかアンリ、面白がってない?」
「そ、そんなことないって」
普段から冷静でそうそう物事に動じないウィルが、父親が来る程度で魔法を上手く使えなくなるほど動揺している。そのさまはアンリから見ると大変面白いものだが、そんな気持ちをそのまま伝えるほどアンリも馬鹿ではない。
疑り深い視線を向けるウィルに対し、アンリは「それより」と話題を変えた。
「こういうときこそ、魔法の訓練にはうってつけだよ」
あえて明るく言うアンリに、ウィルが首を傾げる。
「こういうとき?」
「緊張していたり、動揺していたりして、なかなか上手くいかないとき」
単に身体や魔力の調子というだけでなく、気持ちの問題で魔法が上手くできないときはある。そういうときに、自分の気持ちをどう整理するか−−その方法が掴めれば、どんなときでも安定して魔法を使うことができるようになる。
「何か自分のやり方で、心を落ち着かせる方法を見つけるんだ。今日はそれを探すための、絶好の機会だと思えば良い」
アンリも昔から、何かあればそう思うようにしてきた。朝食のおかずを孤児院の兄弟に盗られた日。ロブの罠にまんまと引っかかってしまった日。魔法で悪戯したことがばれて、院長先生からひどく叱られた日。
そんな日こそ、心を鎮めて魔法を使う。苛々する気持ちを抑えて、むしろその苛々を魔法の力にするつもりで魔法を使うのだ。
訓練の甲斐あって、今ではどんな心持ちのときでも安定して魔法を使うことができる。
「深呼吸して、リラックスして……あとはそうだな、魔法以外のことは何も考えないように、心を無にする。ほかにも自分で思いつくやり方があれば、試してみるといいよ」
アンリの言葉で、ウィルの気持ちに何かしらの変化があったらしい。「なるほど」と呟いたウィルは、大きく息をふうっと吐いた。それから改めて、的に向かって静かに立つ。右手を的にかざしたウィルに、もはや動揺は見られなかった。
放たれた水魔法が、正確に的の中央を射る。
「いいね」
アンリは感心して言った。普通は言われたからといって、すぐに実践できるものではない。それができてしまうのがウィルのすごいところだ。
ところが振り返ったウィルは「さすがアンリだ」と、嬉しそうに笑う。
「すごいよ、アンリの言ったとおりにしたら、本当にうまくいった。魔法を上手く使うのに、心の持ちようって大事なんだね」
もう一度やってみる、と言ってウィルは再び的に向かう。深呼吸して、右手を掲げた。
見なくてもわかる。この魔法は成功する。最初に失敗したときに比べて、魔力の流れが格段に滑らかだ。
果たしてアンリの予想どおり、ウィルの水魔法は再び正確に的の中央に当たった。
「アンリのおかげだよ、ありがとう!」
満面の笑みを浮かべて振り返ったウィルはそう言うと、また的に向かう。失敗があった分、成功がよほど嬉しいのだろう。何度も、何度も魔法を試す。その姿を見て、アンリは苦笑した。
(……俺はそうやって練習すればと言っただけで、すぐに上手くできるようなアドバイスは何もしてないんだけど)
どう考えても、上手くいったのはウィルの才能だ。それを伝えたいのだが、魔法に夢中のウィルに話しかけるのも憚られる。あとで、訓練が終わってから伝えるしかないだろう。
(隊長は俺の教え方がうまいと言っていたけど。俺の教え方より、教えられるほうの素質が良いってことが大きいんじゃないかな……)
よくよく考えれば今までアンリが魔法を教えたことのある相手は、ほとんどが一番隊や二番隊といった上のほうの隊員たちだ。つまり元々魔法の素養のある者たちが多いわけで、アンリの教え方がうまいのではなくて、教わるほうの受け取り方がうまいだけ、ということは十分に考えられる。
(自信を持てと、隊長は言っていたけれど……)
指導者も向いているかもしれない。そう言われて少しばかりその気になっていたアンリだが、どことなく、その自信を崩されたような不安な気持ちにさせられたのだった。




