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 無事に予定通り学園に戻る目処が立ったことで、アンリは安心して心穏やかに首都へ戻った。アンリの気持ちとしては直接イーダに帰って試験勉強に打ち込みたいところだったが、さすがに隊長に何の報告もなくというわけにはいかないだろう。


「……というわけで、ちょっと当初の予定とは違っちゃったんですけど、魔力溜まりは無事に解消できました」


 ドラゴンの山脈で起こったことをいくらかかいつまんでアンリが説明すると、隊長は頭を抱えて深くため息をついた。せっかく二番隊に経験を積ませようとしたのに、予定が狂って結局アンリがほとんど片付けてしまったのだ。頭を抱えたくなるのも無理はないだろうと、アンリは隊長に同情する。二番隊の皆には、改めて別の機会にドラゴンの山脈での任務を経験させるしかないだろう。


「……一応確認だが、二番隊の奴らに怪我はさせていないよな?」


「もちろんです。ちゃんと俺の結界魔法も使って守りましたから。大丈夫ですよ」


「……可哀想に。トラウマにならないといいんだが」


 怪我はさせていないと言っているのに、何が可哀想なのだろうか。アンリは首を傾げるが、隊長はため息をつくばかりだ。


 ややあって、隊長は気分を変えるように首を振ってから改めてアンリを見た。


「それで、ドラゴンたちを説得したと言うが。またいつものように、魔法で脅したのか?」


「脅したなんて、人聞きが悪いですよ。……まあでも、やったことはいつもと同じです。魔法を見せて、話を聞く気になってもらってから、ちゃんと話をしました」


「どういう話を」


「仲間のドラゴンを退治したのは魔力溜まりで凶暴化したためで仕方がなかったんだっていうことを納得してもらって。あと、今後俺や仲間が来たときにも襲わないようにって」


「……いつもの話だな」


 隊長は呆れた様子でまた頭を抱えた。アンリは「そうです」と頷きながらも、いつものことなのになぜ隊長は頭を抱えているのかと内心で首を傾げる。


 実のところ、アンリはこれまでにもドラゴンの山脈で似たようなことをやったことがある。争いになったときにアンリの魔法力を見せつけると、ドラゴンたちは途端に大人しくなるのだ。そうすると話し合いがスムーズに進み、今後アンリやその仲間を襲わないようにという条件をすんなりと呑んでもらえる。


 もちろん山脈に棲むドラゴンの群れは一つではないので、全てのドラゴンがアンリのことを認識しているわけではない。しかし群れによってはアンリのことを認識していて、そういう群れと今回のような争いになることは、基本的にはあり得ない。


「……地域的に手下のドラゴンに出くわす心配はないだろうとは思っていたんだが、甘かったか。まさか、新たに手下を増やして帰ってくるとは」


「手下じゃないですよ、人聞きの悪い」


「二番隊の奴らはびっくりしただろうな。これが一番隊の標準だなんて、思わないでくれるといいんだが。あとでよく説明しておかないと」


 アンリの言うことなどまるで聞かずに、隊長は勝手なことばかり言う。流石に聞き捨てならず、アンリは強く反論した。


「待ってください。そもそもこの方法を教えてくれたのはロブさんですよ。俺しかやらない方法みたいに言わないでください」


「アンリ、お前な……ロブだって、やってみろとお前をけしかけただけで、実際に自分でやったことなんてなかったぞ。お前だけだ、そんな無茶苦茶なことをやっているのは」


 初めて聞く事実に、アンリは唖然とする。

 そんなアンリを前にして、隊長は改めて深くため息をついた。






 とはいえよく二番隊を守って任務を果たしてきてくれたと、隊長も最終的にはアンリのことを褒めた。


「アンリを付けていて良かった。ドラゴンの群れに襲われたにもかかわらず、全員無傷で戻って来られたうえに、ちゃんと魔力溜まりの解消までできたんだからな。助かったよ、ありがとう」


「……それにしては、文句が長かったような」


「仕方がないだろう。ドラゴンの群れに襲われること自体、想定外だったんだ。こんなイレギュラーな任務になる予定じゃなかったんだよ」


 隊長は苦りきった様子で眉をひそめた。


 そもそも隊長の予想では、魔力溜まりはまだ谷からはみ出るほどに成長していないはずだったのだ。場所がドラゴンの山脈であるというだけで、作業としては単純な魔力溜まりの解消のみと考えていた。

 それが凶暴化したドラゴンの退治やら、その後現れた群れの対応やらに発展してしまったのだから。頭を抱えたくもなるし、色々と文句も言いたくなるだろう。


「ドラゴンの山脈では何が起こるかわからないな。やっぱり、二番隊に仕事を振るのは考え直したほうが良いか」


「でも隊長。俺、一応ちゃんと話しましたよ。今回みたいなことが起こったら……というか起こる前に、起こりそうになったらということも含めて。もしものときには逃げて一番隊に引き継ぐべきだって、ちゃんと説明しました」


「お、そうだったのか」


 アンリの言葉に、隊長は意外そうに眉を上げた。


「アンリのことだからてっきり、こうやって対応するものだとか何とか言ってドラゴンに向かって行ったのかと……」


「何言ってるんですか。俺だって、ドラゴンの相手をするのにそれなりの力が必要なことくらい、わかってますよ」


 ロブくらいの力があれば良いという認識が誤っていたことを知ったのは、つい今し方ではあるが。それでも、少なくとも二番隊の案件でないことくらいはわかる。


 アンリの反発に対して隊長は「意外だな」と目を丸くした。


「意外と周りが見えているんだな。能力の高い奴っていうのは、自分と同じことが周りもできて当たり前と思っている節がある。アンリもそういう面があるかと思っていたけれど、案外、そうでもないな」


「さすがに、誰にでも俺と同じことができるなんて思いませんよ」


「でもロブにはできると思っていたんだろ?」


「そりゃ、ロブさんですから……」


 アンリが防衛局に入った頃から一番隊に所属し、アンリに魔法のイロハを教えた職員たちのうちの一人。ロブの人格は全く信用ならないが、その魔法技術は信用に値する。他の職員の魔法力とは一線を画す力がロブにはある。


 そういう意味では、隊長も同じだ。ほかにも数人顔が浮かぶ。その人たちの魔法力は、アンリほどではないにしても、他の職員に比べれば格段に高いはずだ。


「ま、ロブに対する認識はさておき。ほかの人間がそこまで魔法を使えるわけじゃないって、それをちゃんと認識しているなら良いだろう」


 これまでずっと、そんなことすらわからない奴だと思われていたのだろうか。アンリとしては情けなくもあり不服にも思えることだが、隊長はそんなアンリの気も知らずに飄々と「これなら研修も任せられるかもしれないな」などと言う。


「研修?」


「そう。新人職員に対する魔法研修だよ。毎年、一番隊から講師として職員を一人出す決まりになっているんだ。一番隊が行くと新人たちのやる気が増すからね。……来年の研修、アンリも少しやってみないか? 学園が休みの日にでも」


 唐突な話だったので、アンリはただ目を丸くした。


 一番隊の職員が、ほんの少しの期間ながらも新人研修に携わっていることはアンリも知っている。新人に指導するのが面倒くさいとぼやいたり、あるいは逆に初々しい新人を相手にするのが楽しいとはしゃいだり、仲間たちがよく話題にしているからだ。


 しかしこれまで、アンリにその役目が回ってきたことはなかった。そもそも、まだ子供と言って良い年齢のアンリが防衛局に在籍しているという事実が半分機密のような扱いなのだ。新人職員の前に気軽に姿を現せるはずもない。


 それを急に、やってみるかと言われても。いったい今度は何が起こったのだろうか。


「そう警戒するな」


 アンリが疑念を抱きはじめたところで、隊長が苦笑して言った。


「大丈夫、今回のはただの提案だ。アンリが嫌なら、無理にとは言わない。ただ、アンリも体格は大人に近くなってきたから。そろそろ周りに顔を出しても問題はないだろう」


 それに、と言葉が続く。


「学園で同級生や後輩に魔法を教えているんだろう? ロブからも、アンリの指導はなかなかだと聞いている。それを活かして今までよりも広い範囲の仕事をしてみないかという提案だ。卒業後のことを考えると、色々な仕事を知っておくのも悪くはないんじゃないかと思ってな」


 これまでアンリは、子供だから、外に知られてはいけないからと、一番隊所属とはいえずいぶんと限られた範囲の仕事しかしてこなかった。具体的には戦闘業務や救助業務、アンリの魔法力を生かせる魔法器具の操作業務などだ。そのうえそうした仕事の中でも、アンリに認められた権限は一番隊の他の職員たちに比べると限定されている。


 そうした仕事の範囲を今後、ほかの一番隊隊員と同様のところまで広げていかないか、ということらしい。


「もちろん卒業までは学園生活が優先だ。あと、これをやったからと言って卒業後に必ず防衛局に戻らなければならないという話でもない。ただ、卒業後も一番隊に残るという選択肢が全く無いわけでないなら、無駄なことじゃないと思うんだ。どうかな」


 最初こそ流れで思いついたかのような口振りだったが、どうやら前々から考えていたことではあったようだ。アンリに直接話す機会を窺っていたのだろう。


「……ちょっと、考えさせてください」


 アンリが言うと、隊長はただの提案という言葉のとおり無理強いすることなく「そうか」と穏やかに頷いた。


「将来のことも関係してくるからな。答えはいつでも良いから、ゆっくり考えてくれ」


 それから隊長は、ふと何かに気付いた様子で首を傾げ、呟くように続ける。


「それにしても、アンリは意外と魔法を教えるのが上手いからな。周りの人間の魔法力に対する認識さえ間違っていないなら、案外、指導者なんていう道も向いているかもしれない」


 指導者、という言葉に馴染みがなくて、アンリは目を瞬かせた。学園教師とか家庭教師とかと隊長が例を挙げるにいたって、ようやくその意味が飲み込めるようになってくる。


「誰かに魔法を指導する仕事ってことですか。魔法を教えるのが上手いなんて、あんまり言われたこともないんですけど……」


「そうか? 今までも一番隊の新人だとか、任務で一緒になった他の隊の誰かだとかに魔法を教える機会はあっただろう。アンリの教え方はわかりやすいと、評判だよ」


 初めて聞いた。隊長は、アンリが目を丸くしているのを面白そうに眺めながら続ける。


「ロブからのお墨付きもあるし、指導が上手いのは間違いないから自信を持って良い。唯一心配だったのが、初心者や魔法力の低い者に対して一番隊と同じ水準を求めるようなことがないかってところだったんだが。それも大丈夫そうだからな」


 だから指導者という道を志す手もあるのではないか。そんなことを明るい表情で語った隊長は、最後にはっとした様子で、慌てて言い換えた。


「いや、待て。指導者と言ってもだな。防衛局の中でもそういう仕事はできるから。アンリが望むなら、防衛局でも研修講師の仕事だとかを多めに用意することはできる。なにも、学園教師だとか民間の家庭教師だとか、防衛局の外の仕事を積極的に選ぶ必要はないからな」


 アンリの選択を尊重すると言い、実際にアンリの将来を親のように考えてくれている隊長ではあるが、やはり本音ではアンリに戻ってきてほしいと思っているのだろう。それは言葉の端々からも窺える。


 それでいてアンリに、防衛局以外の選択肢があるのだということを示してくれるのだ。

 隊長の親心をありがたく思いながらアンリは「わかってますよ」と笑って頷いた。

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