(21)
ドラゴンとの対決を首尾よく終えたアンリは、意気揚々と二番隊の面々が待つところへ戻った。
「お待たせしました。ドラゴンの群れにも話はわかってもらえたようですし、もう心配ないですよ。あとは、元の魔力溜まりがちゃんと消えているかを確認すれば帰れますけど……なんだか皆さん、元気ないですね?」
二番隊の面々は憔悴しきったような青い顔をして、信じられないものを見るような目をアンリに向けている。問題は全て片付いて、後はもうほとんど帰るだけだ。そう言っているのに、そんなアンリの言葉に表情を明るくする者はいなかった。
「そんなに怖かったですか?」
「……当たり前です」
首を傾げるアンリに、ようやく声に出して物を申したのはケイティだった。
「我々はドラゴンの群れに対峙するのも初めてなんですよ、アンリさん。それが突然攻撃されて、怖くないわけがないでしょう。しかも……何なんですか、アンリさんのあの魔法は。この世の終わりかと思いました……」
「えっ、俺の魔法ですか」
ドラゴンの群れが怖かったというのは確かにわかる。はぐれドラゴンの対応くらいしかしたことがなくドラゴンの山脈に来るのさえ初めてだという二番隊が、いきなり五十頭のドラゴンの群れに襲われたのだ。それは怖い思いをしただろう。
しかし、それと並び立てるようにしてアンリの魔法に言及されるとは。味方を守り事態を解決するための魔法だったのに、それが怖がられてしまうなんて。
心外に思って、アンリは頑張って言い訳をする。
「ドラゴンたちの気が立っていて、説得しようにも全然話を聞いてもらえそうになかったんですよ。だから、まずは話を聞く気になってもらおうと思って」
ドラゴン社会は実力主義だ。力の強い者が上に立つ。話を聞いてもらうには、弱い人間だと侮られないようにしなければならない。
ドラゴンの群れと対立することになってしまった場合、アンリは基本的にいつもこうすることにしている。
「……それで、何の魔法を使ったんです?」
「ええと、思いつく魔法を適当に二十五個組み合わせて重魔法を……で、でもさすがに、撃ちっぱなしは危ないかなと思って、ちゃんと途中で消しましたよ」
ケイティの責めるような視線に耐えきれず、アンリは慌てて言い募る。二十五、という数を聞いた二番隊のケイティ以外の面々は、ますます信じられないような顔をしてアンリを見つめた。
「アンリさん……」
青い顔をしたまま、深くため息をついてケイティが言う。その深刻そうな声色に、アンリは言葉を止めて「はい」と殊勝に頷いて彼女の言葉を待った。
「……そもそも力比べでドラゴンを従順にさせること自体が我々からすると異常ですけれども、そのために二十五の重魔法を使うこととか、それを自在に消せるということも含めて、我々にとっては脅威です。解決してくださったことには感謝しますが、ちょっと、しばらく黙っていていただけませんか。心臓に悪いので」
ケイティの言葉に同意するように、二番隊の面々が黙って目を逸らす。
もはや言い訳すら許されなくなったアンリは、ただ重ねて「はい」と大人しく頷くしかなかった。
疲れた様子の二番隊の面々に代わって魔力溜まりの確認に行くことをアンリが申し出ると、青い顔をしながらも、リブルが同行を希望した。真面目と根性の塊のような隊員だ。
魔力溜まりが完全に消滅したことを二人で確認し、核になっていたと思われる小動物の骨を破壊した。ついでに先刻ドラゴンを燃やした場所を確かめる。
「ドラゴンの死骸は、魔力溜まりの温床になりやすいので。こういうところで退治したら、骨も含めて、一片の痕跡も残さずに燃やすのが重要です」
せっかくだからと、アンリはリブルに教えるつもりで説明する。時間が経ってリブルの気分もだいぶ改善したようで、顔色も良くなっていた。それでもアンリの説明には、また顔を引き攣らせるように苦笑する。
「ええと……アンリさんのような高度な火炎魔法が使えない場合には、どうしたらいいでしょうか」
「そのときには、火炎魔法が得意な一番隊の誰かに救援を頼むといいですよ。空間魔法で死骸を丸ごとどこかへ隠してしまうのも手ですけど、あれだけの大きさがあると、むしろそっちの方が大変ですし。……どのみちこの山脈でドラゴンの死骸を処理しなければならないなんて、そうそうある話じゃありませんから。さっきも言いましたけど、そうなったらもう、一番隊の案件です」
アンリは肩をすくめた。リブルが熱心だから色々と教えたくなるが、基本的には今教えているのは一番隊の仕事のことだ。二番隊のリブルにとっては不要の話かもしれない。
しかし、だからといってリブルがアンリの話を拒絶することはなかった。むしろ真剣な顔をして、アンリの答えに耳を傾けている。
それからリブルは「それなら」と、ややためらいがちに口を開いた。
「魔法の訓練を重ねて、ドラゴンの死骸を燃やし尽くせるほどの火炎魔法を使えるようになるか、あれくらい大きな物を空間魔法で隠せるようになったら、自分も一番隊になれますか」
リブルの言葉に、アンリは目を見開く。今さっきまでドラゴンの集団に怯え、震えていた者の言葉とは思えなかった。
「……一番隊になりたいんですか?」
「分不相応であることはわかっています。でもやっぱり、憧れなので」
憧れというだけで、恐怖を乗り越えて目指し続けられるものなのだろうか。アンリにはわからないが、リブルの目は真剣だった。本気で一番隊を目指しているのだろう。
「人事のことは、俺にはわかりませんけど」
アンリは誠実に応えるために、前置きした。一番隊への昇格は、実力がどうこうというだけではなく人事案件だ。そこにアンリが口を出せるわけでもないし、昇格要件のことはアンリにはわからない。
「ただ、一般的に一番隊に上がってくる人たちの魔法力のことでいえば……そんな火炎魔法も空間魔法も、使えない人は多いです。でも一番隊って、魔法力だけではないので。魔法の訓練だけじゃ、ダメだと思います」
一番隊の隊員たちのすごいところは、任務完遂力の高さだ。
一番隊にも魔法力が低い職員や、あるいは極端な例でいえば、魔法の使えない職員もいる。そういった職員たちに共通しているのは、総合的な能力の高さ。そして、与えられた任務を忠実に、確実に遂行する力。
「ほかの隊でどうにもならなかったことを最終的にどうにかする隊でもありますから。魔法力だけ高くても、任務を遂行できなければ意味がない。逆に言えば、任務を遂行する力さえあれば、魔法力が低くても一番隊にはなれるんじゃないですかね」
二番隊以下の隊と一番隊との明確な差異。それは、一番隊よりも上の隊が存在しないという事実だ。一番隊に任された仕事を、一番隊が「できない」と言うことは許されない。
「だから魔法の訓練も大切ですけど、やっぱり二番隊で経験を積んで、どんな任務にも対応できるようにするっていうことが大事なんだと思いますよ」
どのくらいの魔法力があれば良いのか、あるいはどのくらいの戦闘力があれば良いのか。そういう指標を示せたほうが、リブルのやる気には繋がるだろう。そうは思うが、真剣なリブルを前にいいかげんなことは言えなかった。結局のところ、一番隊になるために具体的に何が必要かという、リブルが最も欲しているだろう情報を、アンリは何ひとつ教えることができない。
それでもリブルはアンリの言葉に、文句を言うことも残念がることもなく、真面目に頷いた。
「そうですよね、一番隊になるのに、これだけできればなんていうもの、あるわけがない。……ありがとうございます。ちょっと、目が覚めた気分です。上ばかり見ていないで、目の前の仕事をちゃんとやらないと」
リブルの目は決意に満ちていた。今の話のどこに彼のやる気を引き出す要素があったのか。アンリにはわからないものの、意欲を削ぐ結果とならなかったことは何よりだ。
「頑張ってください。……じゃあ、もうここは大丈夫なようですし。とりあえず、戻りましょうか」
そうしてアンリはリブルを連れてほかの二番隊の面々が待つところへと戻り、ついでなので全員を連れてそのまま転移魔法で防衛局の支部へ移動した。近辺のドラゴンたちの説得が終わった今となっては、魔法を遠慮する必要もないーーそう説明したアンリに、リブルも含めて全員がまた表情を引き攣らせたものの、早くに帰還することに反対する者はいなかった。




