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 翌朝早くから、アンリたちは目的地に向けての移動を再開した。


 本格的にドラゴンの縄張りに入ったことで、緊張しているのだろう。二番隊の皆は前日に比べると口数が少ない。


 そんなに気を張る必要はないのに、とアンリは五人をリラックスさせる方法を考える。何か面白い話題でも提供できれば良いのだが。


 そうだ、とアンリは思いついて口を開いた。


「皆さん、中等科学園に通っていた頃のことを教えていただけませんか?」


 二番隊の面々も、きっとかつては中等科学園に通っていたに違いない。どんな学園生活を送り、どんな授業を受け、そのときのどんな経験が今に生きているのか。これこそ経験者に話を聞く、絶好の機会だ。そのうえこの緊張し切った雰囲気を払拭できるなら、一石二鳥ではないか。


 良い思いつきだと、アンリは自身のことながら感心する。


 ところが二番隊の面々はそうは思わなかったらしい。突然のアンリの発言に驚いた様子で目を丸くし、ついで苦笑を見せると、代表してケイティが呆れた調子で言った。


「こんな場所でそんなふうに暢気に構えていられるのは、アンリさんくらいですよ。まったく……」


 どうやらアンリの話は場を明るくするというよりも、アンリの異常さを際立たせることにしかならないらしい。


 思惑が外れて、アンリは「おかしいな」と首を傾げた。






 とはいえ真面目な五人は、アンリの問いを無視するようなことはしなかった。


「私は魔法が好きだったので、魔法が実践できる授業ばかり受けてましたよ」


 そう答えたのはアンジェラだ。当時から防衛局への就職を考えていたのかと尋ねると、「そうでもないですね」と笑う。


「戦闘職員への憧れっていうのはもちろんありましたし、魔法もけっこう得意だったので、なれるかなあなんて思ったりはしてましたけど。でも、そんなに具体的に、本当に防衛局に就職しようなんて考えていたわけじゃないんです」


 アンジェラはそれほど大きくもない町の出身で、通っていた中等科学園はアンリが通っているイーダの学園ほど大きくはなかったという。防衛局を本気で志す生徒など、十年に一度いるかどうか。その中で実際に防衛局に入れるかどうかといえば、アンジェラの知る限り、同じ中等科学園を卒業した先輩で防衛局の戦闘職員となった人は、一人もいなかったのではないかとのこと。


 その環境下においてアンジェラも、戦闘職員という存在に対する漠然とした魅力は感じながらも、それを現実的な進路として考えたことはなかったという。


「でも、君の実力なら絶対に行けるから真剣に考えろって。そう言ってくれた先生がいたんですよ」


 彼女が防衛局への就職を現実的に考え始めたのは、魔法戦闘の授業で、先生から防衛局に進むことを勧められたのがきっかけだったという。


 その先生は大きな都市の学園で働いた経験があり、その学園では多くの生徒たちが防衛局を目指していたそうだ。そうして実際に戦闘職員となった生徒も多く見てきたという。その経験をもとに、アンジェラに対して防衛局に進むことを強く勧めたらしい。


「中等科学園の魔法の授業で習うことなんて、だいたいここの新人研修だとか訓練だとかで学ぶことなんですよ。だから今思うと、授業そのものが今に生きているっていうのはそんなに無いように思いますね。でも、その先生に出会えたのは、やっぱりその授業を選んだからだって思いますよ」


 そんなアンジェラの言葉に「わかります、それ」と相槌を打ったのは、スレトウだ。


「やっぱり先生って大事ですよね。俺、授業は内容よりも先生で選びましたもん」


 えっ、とアンリは驚いてスレトウを振り向いたが、ほかの四人にとってはそれほど特異な考えではないらしく「そういう人も多いね」と頷いている。


 むしろ驚きを見せたアンリのほうが目立ってしまう形になって、ケイティが不思議そうに首を傾げた。


「アンリさんにはありませんか? この先生の授業なら受けたいとか、この先生の授業は受けたくないとか」


 言われてみれば、わからなくもない。


 たとえば歴史学の授業なら、今のアンリのクラスの歴史学を担当しているのは、年配で声の小さい、気弱そうな教師だ。彼には悪いが、アンリはその声を聞いているだけで眠たくなってくる。今までのところ何とか眠らずに授業を受けてはいるが、瞼は重くなるし、話の内容はあまり頭に入ってこない。


 選択科目の中にあの先生の歴史学があったとしたら。あまり、選びたくはない。


「先生って、選べるものなんですか?」


「生徒も先生も少ない小さな学園では難しいでしょうけど、イーダの学園みたいに大きいところなら、たぶん」


 曖昧に首を傾げながら答えたのはロイバルだ。彼曰く、たとえば同じ魔法知識の授業であっても、先生によって教え方が違う。教える内容こそ統一してはいるだろうが、教え方の合う合わないは、生徒によってあるだろう。


 大きい学園では生徒数の関係からも、同じ授業を二つ以上用意していることが多い。その場合に、同じ科目でもどちらの授業を取るかは生徒が選べるのだという。


「もちろん人気の先生っていうのはいるから、全部が希望通りにいくっていうのも難しいんでしょうけど。希望者が多いと、抽選とか、成績順とか……」


「成績順っ!?」


 アンリが思わず大きな声を出したので、二番隊の五人はぎょっとした様子でアンリを見た。アンリは慌てて口をつぐむ。初心者を引き連れてドラゴンの山脈を歩いているのだということを忘れかけていた。


 すみません、と身を縮めて声を低め、話を続ける。


「希望の授業が取れるかどうか、成績順で決まるんですか? それって、学年末の試験の点数とか……?」


「アンリさんは、二年生でしたよね?」


 呆れた様子ながらも丁寧に答えてくれたのはケイティだ。アンリが頷くと「昨年末に、成績表をもらいませんでしたか?」と続ける。


 そういえば、とアンリは思い出した。試験後、長期休暇の直前に先生から成績表を手渡された。それを見せろと、隊長にも孤児院の院長先生にも言われたように思う。


「成績というのは、あれのことです。試験の点数が中心にはなりますが、授業中の態度だとか実技の様子だとか、そういうのも加味した評価ですよ」


 なるほど、とアンリは感心して頷いた。普段の授業中の態度も加味されるとなれば、今年一年であればアンリも眠ることなく授業を受けているわけだから、それなりに期待ができるかもしれない。


 アンリは希望を抱いて表情を明るくしたが、ケイティ以外の二番隊の面々は「今気にすることか?」とか「これが上級か……」とか、信じられないものを見るような顔をしていた。


 アンリとの共同任務を多く経験しているケイティは、諦めた顔でため息をつくだけだった。






 その後もアンリは二番隊の気苦労など知らずに話を続け、中等科学園を卒業した先輩たちからの有用な情報を次々と手に入れた。


 授業の選び方は人それぞれであること。大人になれば授業の選び方どころか、どんな授業を取ったかさえ忘れてしまうこと。授業で教わるか教わらないかに関わらず、必要な知識であれば今後学ぶ機会はいくらでもあること。特に魔法関連の授業で学ぶ内容は、防衛局の魔法戦闘職員なら新人研修で完全にカバーできること。


 それでも誰も、中等科学園の授業が無駄だとは言わなかった。


「あとから学べるからといって、そのとき学んだことが無駄になるわけじゃないですからね」


「授業の内容っていうよりも、そのとき先生から聞いた豆知識とか、そういうことのほうが頭には残っていますね。意外とそういうのが役に立ったりするんですよ」


「そうそう。あと、さっき言ったような、先生からの言葉ですね。思い返せば大したことのない一言でも、当時の自分にとっては人生を変えるほどの大きな言葉だったんです。先生が背中を押してくれなければ、私、今ここにいなかったかもしれないんですから」


 どの授業を取ればそんな先生に出会えるのか、どんな言葉を得られるのか、それは運でしかない。アンジェラにとってはそれがたまたま魔法関連の授業で、魔法戦闘職員になることを勧める言葉だったというだけだ。


 教養系の授業で出会った先生からの言葉で進路を決めた人もいるだろう。進路とは関係なく、ただ先生の言葉に心打たれる人もいるだろう。あるいは、そうした教師に出会わずに学園を卒業する人もいるはずだ。


 だからアンジェラは「どの授業が良いかなんて、言えませんよ」と笑う。


「授業が自分のためになるかどうかなんて、結局のところ、運ですからね。悩むのはわかりますけど、あんまり思い詰めずに自分の勘を信じて、えいやって選んじゃうのがいいと思いますよ」


「私もアンジェラに同意です。……それより、あれですよね」


 それまでの気軽な会話を打ち切るように、ケイティが真面目な声で言う。彼女の指差すほうへ、全員が目を向けた。


 まだ少し距離はあるが、進む先に高く切り立つ崖が見えた。その崖の、ちょうどまっすぐ進んでいくとぶつかるだろうところに、細いひび割れのような谷がある。奥は暗く、様子を窺い知ることができない。その暗さは、陽の光が届かないからというだけではなさそうだ。


 そうですね、とアンリはケイティの言葉に同意して頷いた。色々と面白い話を聞いているうちに忘れかけていた任務を思い出す。


 珍しくドラゴンの山脈の中にできた魔力溜まり。

 アンリたちの今回の任務は、あれを解消することだ。

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