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その日の訓練で、マリアの手の前に、不器用でいびつな水の柱が現れた。床から、マリアの胸くらいの高さまで柱が立ち上がっている。マリアの行使した、初めての魔法だ。
「すごい! すごいよ、できた!」
残念ながら興奮した声を上げたことで柱は崩れ落ちてしまったが、マリア本人には気にした様子もない。できたできたと小さな子供のようにはしゃいで跳ね回っている。
「すごいよウィル君! ありがとう!」
「喜んでもらえてよかったよ」
マリアからの感謝の言葉を受けて、ウィルは居心地悪そうに苦笑した。
マリアの左腕には、華やかな性格と容姿に似合わない無骨な銀色の腕輪がはまっている。訓練の前に、ウィルがマリアに渡したものだ。これまで訓練でいっこうに成果を出せなかったマリアが、腕輪をした途端、魔力を流して魔法を発動させるとこに成功した。
「すげえな。俺もこの腕輪したら、もっとうまくなるかな?」
「無理だよ、ハーツ。あくまで魔力の放出を補助する道具だから。普通に放出ができる人がつけても、意味はないんだ」
「ウィルの言うとおりだ。魔力の放出ができるようになってすぐに水の魔法が使えるようになったのは、腕輪の力じゃなくてマリアの実力だろう」
トウリが説明を補足している間に、ウィルはちらりとアンリに目をやった。正しい説明になっていたか、不安なのだろう。アンリはほかの皆に気付かれないように、小さく頷いてみせた。
「しかしこんなもの、よく手に入ったな」
「父が魔法士として仕事をしていて。マリアのことを話したら、貸してくれたんです」
ウィルは前日にアンリと考えておいた仮の経緯を語る。ウィルの父親が魔法士としてどのような仕事に就いているのかをアンリは知らなかったが、魔法士の用意したものだとだけ言っておけば、なかなか説得力がある。
実際には、この補助具はアンリが実用化寸前の試作品を、防衛局でミルナから借りてきたものだ。しかし、そんな出所を説明するわけにもいかない。それで昨晩、身内に魔法士がいるというウィルに協力を求めたのだ。魔法についての追加レッスンをだしにして。
期待どおり、トウリやほかの皆が腕輪の出所に疑問を持つことはなかった。
ちなみに、補助具の使用については、以前アンリが自分の魔法力をトウリに明かした際、ついでに許可を取っている。そのときにも実は、ウィルに頼まれて聞きに来た、という体にしてあった。昨晩の話を持ちかける前からウィルを出所にしようとしていたことは、当人には秘密だ。
「とりあえず部活動で使うだけなら何も問題ないだろう。マリアは二年になって授業で魔法をやるようになったら、ちゃんと病院で検査してみるといい」
魔力放出困難症の検査は、ある程度年齢が上がらないと正確な結果が得られない。そのため、検査が受けられるのはちょうど十六歳頃、中等科の二年生に進級する時期からとなっている。
通常は二年生から魔法使用の授業が始まり、授業でなかなか魔法が使えないと、検査を受けることになる。検査で魔力放出困難症が認められると、カリキュラム構成の変更や実技試験の免除といった特例が受けられる。
「先生。魔力放出困難症のための補助具というのは、一般的なものなんですか? ……僕は、初めて聞いたんですが」
エリックは驚きと感激に満ちた目で、マリアの腕を見つめた。アンリほどではないが、エリックも魔法知識に長けている。自分が聞いたこともない道具をごく一般的なもののようにマリアが使っている状況が、信じられないのだろう。
衝撃を受けるエリックを慰めるように、トウリが落ち着いて答えた。
「俺も、実物を見るのは初めてだ。噂には聞いていたが……。困難症はこれまでの生徒にもいたが、皆、諦めるしかなかった。これが広まれば、対応も変わるだろうな」
「先生、私これなら審査受けられるかなあ!?」
マリアが言うのは、防衛局での体験カリキュラムの参加審査だろう。これまでのマリアは、生活魔法を使えることという条件を満たせていなかった。
腕輪をつけたうえであれば、魔法が使える。審査を受ける条件を満たしたということだ。
しかし、トウリは苦い顔をした。
「難しいな。想定してないから、審査規定に補助具を使っていいなんて書いてねえんだよ」
「えええー」
「それに、他にも困難症の生徒はいるかもしれない。たまたま腕輪が手に入ったマリアだけ審査を受けられるってのは、不公平だろう。今回は諦めろ」
むう、と唸りながらマリアは口を尖らせた。仕方がないよとエリックがマリアを慰める。
そばで口を出さずに話を聞いていたアンリは、なるほど学園ではそのような配慮も必要かと、密かに感心していた。補助具をマリアに渡せば解決すると思っていたが、マリアが大手を振ってその補助具を使うには、もっと一般に普及していなければいけないのだろう。
魔法道具の開発に携わることはあっても、開発したものの実用化は他人に任せきりだった。そのためアンリは、実用化の初期にこのような困難が生じることを知らなかったのだ。
中等科学園で学ぶことなどないと思っていたが、思わぬところで新しい発見があったものだ。アンリは中等科学園で生活する意味を新たに見出したように思った。




