(12)
三人の先輩たちの話を聞き終えた。
それぞれ考え方と経験談とがてんでばらばらなので、これを参考にどうしようと一概にまとめるのは難しい。けれどもそれは決して、参考にならなかったという意味ではない。
「なんだか、特殊な事例の寄せ集めみたいになっちゃったね」
そう評したのはロイだ。変人扱いするなとヤンに言いながら、自分の例が特殊であることには自覚があるらしい。
そんなロイに対してアーノルドは「そうかな?」と疑問を呈する。
「誰に聞いたって、それぞれ事情は違うんだから。結局また違った話が出てくるだけで、普通はこうだ、なんて話はできないだろ」
そういうものか、とアンリは目から鱗が落ちる気分だ。「普通」を常に目指しているアンリにとっては、三人の例のうちどれが一番普通なのだろうかなどと考えていたのだが。アーノルドに言わせれば、そもそも「普通」というものは存在しないらしい。
「たしかに、アーノルドの言うとおりかもしれないね」
ヤンが苦笑しながら言った。
「僕は、自分のなりたいものに合わせて授業を選ぶ自分のやり方が、普通だと思っていたけれど。よく考えてみると周りの友達でも、僕と全く同じ考えで授業を選んだ人なんていないと思うし……まあ、魔法戦闘が苦手なのに戦闘職員になろうなんて人もあまりいないから、当然と言えば当然なんだけれど……」
「と、とにかく」
ヤンの声が暗くなっていくのを遮るように、ロイが改めて言った。
「今日の話が参考になったならそれでもいいけれど、できればもっと他の人の話も聞いてみたほうがいいんじゃないかな。聞けば聞くだけ、いろんな話があるから」
きっと君たちそれぞれにとって、しっくりくる話もあるだろうーーそう言いながら、ロイはふと視線を遠くに向けた。
「ほら、あいつにも聞いてみたらいいんじゃない? ……レヴィ! 今、時間あるかな?」
ロイの視線の先を追って、アンリたちも振り返る。
談話室の入口の外、寮の玄関ホールのところに、ちょうど魔法器具製作部の前部長であるレヴィ・キルピスの姿があった。突然呼び止められたレヴィは、驚いた様子でまん丸にした目をアンリたちに向ける。
「え、なに、ロイ……? あれ、知った顔ばっかりだね?」
ロイは立ち上がってレヴィを迎えに出る。そのまま困惑するレヴィの手を引いて、アンリたちの前まで連れてきた。
「今、僕たちの体験談を後輩たちに話して聞かせているところなんだ。レヴィも何か話してあげなよ」
ここに至った経緯をロイがレヴィに簡単に語って聞かせる。その間、アンリの心中には、驚きを伴う疑問がずっと渦巻いていた。
(この二人、いつの間にこんなに仲良くなったんだ……?)
アンリの知っているロイとレヴィといえば、魔法工芸部と魔法器具製作部との軋轢で、顔を合わせれば嫌味ばかり言うような間柄だった。それが、こんなに気軽に声をかけあう仲になっているとは。
アンリが驚きにぼんやりとしている間に、ロイから話を聞き終えたレヴィは「なるほどね」と深く頷いて、アンリたちを見遣った。
それから「僕の場合は……」と話を始める。
レヴィの話は、ロイの話ともヤンの話とも、アーノルドの話ともまた違ったものだった。
レヴィは卒業後、父親の主宰する魔法器具製作工房で働くことになっているという。そもそもレヴィは幼い頃から工房を継ごうと決めていたそうだ。
「ほかの工房で修行をしてから、という道も一応考えたんだけど。でもやっぱり僕は、父の工房が好きだから。父も、それで良いと言ってくれたしね」
そしてその進路に向けてこれまでに学園で受けてきた授業は、経営学や経済学、地理学、歴史学といった教養科目群が中心だったという。
ん? とアンリたちは皆一様に首を傾げた。
「魔法器具製作の仕事なのに、教養の科目なんですか?」
真っ先に口を開いたのはマリアだ。やはり、魔法器具製作の道を考えている身からすると気になるのだろう。
そうだね、とレヴィは頷いた。
「僕が目指しているのは魔法器具の製作者というより、工房の経営者だから。もちろん魔法器具作りは好きだし、これからもっと修行を積むつもりでいるよ。でも授業で学びたかったのは、どうやって工房を運営していくかっていう実務的なところだ」
経営学のように、直接工房の経営にも関わる授業。それから広く世間を知るための経済学や地理学、歴史学。魔法器具製作だけに没頭していては工房の運営はできないというのが、レヴィの考えらしい。
言われてみれば、確かにそうだ。
たとえばアンリが魔法器具製作に没頭できるのは、作った物を改良したり流通させたりという部分を防衛局の研究部にいるミルナや、最近ではアイラの父親であるマグネシオン家の当主に任せてしまっているからだ。魔法工芸でもそれは同じで、先日の交流大会でも、物を売るというところを店に任せたからこそ、アンリは作品づくりに集中することができた。
単なる魔法器具製作の職人、あるいは魔法工芸作家になりたいというのであれば、それでも良いだろう。
しかし、工房の運営者になるつもりなら、そうはいかない。
商品の流通について考えなければならない。職人の雇用について考えなければならない。工房の利益を守ることを考えなければならない。事業を拡大していくことを考えなければならない。
そのためには経営の基礎を学ぶとともに、広く世間に目を向ける必要があるのだろう。
「もちろん、魔法素材学とか魔法科学とか、いくつか魔法系の授業も取ったけどね。でも、力を入れたのは教養系の授業だよ」
「それで、その教養系の授業は、これからの役に立ちそうですか?」
マリアが前のめりになって尋ねた。そんなマリアを前に、レヴィは「うーん」と苦笑しながら首を傾げる。
「どうだろうね。全く役に立たないということはないだろうと思いたいけれど」
「わからないってことですか……?」
「そりゃあね。だって僕、まだ働き始めたわけじゃないんだから。君たちよりは先輩だけど、僕らだってまだ卒業はしていないんだよ?」
当たり前じゃないか、と言わんばかりのレヴィの言葉に、マリアははっとした様子で身を引いた。自身のそれまでの態度を恥ずかしがるように俯いてしまう。
そんなマリアに、レヴィは優しく笑いかけて言った。
「マリアが熱心になるのはわかるよ。魔法器具製作を続けたいんだろう? 部活動でも、人一倍熱心だよね」
でもね、とレヴィは続ける。
「僕の目指しているものと、マリアの目指しているものは少し違う。僕の夢は父の工房を継いで、これからも続けていくこと。職人さんたちが魔法器具を生み出す場を守ることだ。マリアの夢は違うだろう? 君の夢は、自身の手で、人の役に立つ魔法器具を生み出すことだ」
そうだろうと問われると、マリアは俯けていた顔を上げ、それからしっかりと頷いた。
「そうです。私、私みたいな人を助ける魔法器具を、自分の手で作りたい。私は、自分で魔法器具を作りたいんです」
強く言い切るマリアに、レヴィは「いいね」と笑った。
「やりたいことがはっきり見えているのはいいことだよ。あとは、それに向けてどうするか、だ。先生との面談とか、こうして僕たちから話を聞くことだとか……実際に魔法器具を作っている人から話を聞けるなら、一番良いと思う」
レヴィの最後の一言に、アンリたちははっとして顔を見合わせた。授業の選択について話を聞きたいと思ったから、先輩に声をかけた。けれどももっと大きな視野で考えれば、本当は、自分の進みたい進路にすでに進んでいる人の話を聞くべきなのかもしれない。
「……あれ? 僕、変なこと言った?」
アンリたちの反応を見て、レヴィが不安げに首を傾げる。マリアが慌てて「べ、別に変ではないです」と首を振った。ただ、学園の先輩以外の人から話を聞くことは思いついていなかった、と正直に話す。
そうか、とレヴィは意外そうに言った。
「僕たちに話を聞こうっていうくらい積極的なんだから、そのくらいしているかと思った。もし良ければ、父の工房の職人さんとか、紹介しようか。実は僕も、君たちくらいの頃に父や工房の人から話を聞いて、それでこういう授業を取ろうって決めたんだよ」
レヴィの提案に、マリアはまた身を乗り出して「いいんですかっ!?」と、期待に目を輝かせながら言った。自分の目指す場で働く人の話を直接聞くことのできる機会。マリアにとってそれは、夢のようなことだろう。
もちろん、とレヴィは頷く。
「マリアは防衛局の研究部にも興味はあるかな? うちの職人さんには研究職上がりの人もいるから、きっと参考になると思うよ。……とはいえ、僕が紹介できるのは魔法器具製作の職人さんだけだから。こんな話、ほかの職を目指している皆の役には立たないだろうけどね」
レヴィは肩をすくめながら、マリア以外の全員を見渡した。
役に立たないなんてことはない、とアンリは思う。
すでにその道で働いている人から話を聞くということ。その選択肢を教えてくれただけでも十分だ。




